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おにぎりセラピー

私が働いている飲食店では「おにおばセット」なるものが存在する。
玄米のおにぎりに海苔をまき、味噌汁と日替わりの副菜を2種類つけただけのシンプルなセットで、あまりにシンプルすぎるから、作ってるこっちも「ほんとにこれだけでええんか」と不安になるくらいだ。

「シンプル」とは言っても、握らなくても良いものをわざわざ握るのは結構面倒で、ランチタイムの忙しい時間に注文がくると「うわ、おにぎりやん!面倒くせぇ!」ってなる。(でもちゃんと美味しく握ってるよ。)

私は注文が入るたび、
「茶碗に盛ってもどのみちただの米の味なんだし、一体全体何が良くて人々はこれを注文してるんだろう」と不思議でならなかった。
そしてその謎を解き明かすため、ある日賄いで「おにおばセット」を食べてみることにした。

熱々の米に胡麻をまぶし、濡れた手に粗塩をつけて握ってゆく。
「あちちあちち」と握るうちに、私は自分へおにぎりを握るのがものすごく久しぶりであるということに気がついた。

小さい頃の私はら家族と外出するたびに小さなおにぎりやサンドイッチを作ってはそれを車で食べるのが好きだった。
遠足みたいでワクワクして、その特別感が最高に美味しかったのだ。

それがなんだ…。留学とか仕事とか、忙しなくすぎてゆく日々と積もりゆくタスクの中で、いつの日からか「わざわざ握らなくていい米をどうしてまた握るんだ!」なんて言い出して。
ああ嫌だ、怖い怖い。

自分で握る久しぶりのおにぎりは大きめの三角形で、噛むと海苔がパリッと割れて、プチプチと弾けるゴマの食感が楽しかった。
程よくしょっぱくて、噛むと甘くなって、粗塩が少しずつ米に馴染んでいくのを感じながら、私は黙々と食べ進めた。

そうしておにぎりと向き合ううちに、疲れてギスギスした心が癒されて満たされて
「あーなんかこれ作れる自分って天才だ!最高だ!」なんて思えてきて、まさかおにぎりにこんなヒーリング効果があったとはと驚いた。
これはハク様が千尋におにぎりを渡したのも納得である。

まあ私は自分で自分に握れるけどね。
全然一人二役でイケるけどね。

自己肯定感爆上がり「おにぎりセラピー」の誕生だ。

この日以来、私はできるだけ毎日自分でおにぎりを握って食べるようにしている。
休日で賄いがない時にはわざわざ家で米を炊いて握る。
どんなに落ち込んでいても、疲れていても、
私は「自分のためにおにぎりを握れる女」なんだと思うと凄くいい気分になれるのだ。

聞くところによると、世は空前のおにぎりブームらしく、都心ではおにぎり専門店に行列ができているらしい。
皆心にハク様を求めているのだろうか。
そりゃ誰だってよしよしされたいよね、
皆さんホントににお疲れ様です。


冒頭に戻ると、
握らなくていいものをわざわざ握る理由、
それは多分「愛」意外の何者でもないと思う。

壮大な話、
皆誰かのためにおにぎりを握ることはあっても、自分のために握ることは凄く少ない。
自分に愛をあげるって、思ってるより難しくて複雑で、後回しにされがちだから。

だから私は今日も握る。
丁寧にぎゅっと握って、自分の心にハク様を飼うのだ。

炊飯器から揺蕩う湯気をかき分けて、白銀の米を茶碗によそう。
「あちちあちち」とおにぎりを握るその時間はとても穏やかで、皿の上で輝るそれは今日も確かな愛に満ちている。

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