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二世帯住宅が完成しない #19 対等

私は、とあるエッセイ本にハマっている。

三五館シンシャの職業日記シリーズ。

私の連載を読んでいる方は「家」にご興味がある方が多いと思うので、シリーズの中ではこちらがオススメ↓↓ 住宅業界の内情も垣間見れるので面白い。

職業日記の著者たちは、皆50代~80代一般の方。人生の酸いも甘いも経験した彼らが、自身の職業で経験した辛かったことを中心に日記形式で1冊の本に綴られている。

現場ならではの理不尽な出来事や涙ぐましい苦労。大きなものや境遇には逆らえない「人の弱さ」。そして文章から漂う「哀愁」は、この歳でないと書けないだろう。

1冊の本の中には、職業を通して、とてもサクセスストーリーとは言えない著者のリアルな生き様が描かれている。

異業種の世界や内情を見ることができるし、不憫な境遇でも、自身の職業に誇りを持って日々をこなす著者たちのことは、応援したくなる。

色んな職業があり、様々な現場で汗水流す人がいるおかげで、社会は回り、私たちは日常生活が送られているのだなと改めて思う。

二世帯住宅を建てるにあたっても、私は携わってくれるたくさんの「人」たちに感謝の気持ちでいっぱいだった。

だから、私はとても設計士Sさんを責めることはできなかった。


「…タテアナクカク?」

私の脳は変換候補を挙げられず、思考が停止する。

「役所に建築確認申請を出したタイミングで見落としが発覚しまして…。」

目の前には、設計事務所の社長とSさんが座っていた。両親と夫と私とともに、大人6人(+赤子)が我が家のテーブルを囲う。

「計画中のこの二世帯住宅は、準防火地域での3階建て。そして床面積が200㎡以上となりますと、法律上『竪穴区画』を設けなくてはいけなかったのです…。」

我ら施主一団は、頭の上に「?」を浮かべる。

「竪穴区画とは、階段部に居室と隔たりを設ける壁のこと。イメージとしてはビルの非常階段のような階段室です。」

『竪穴区画って…縄文時代みたいな言い方だな』と、私の思考は現実逃避する。

Sさんは、半年かけて、私達と打ち合わせしながら詳細設計を進め、難しい構造計算を仕上げてくれた。都心部に近い土地のため、建築条件も多い中、工夫を凝らして私たちの要望を叶えてくれた。

しかし、上司のチェックも済んだ上で、Sさんが役所に完成させた設計図を提出すると、建築条件がクリアできていないと突き返された。そこでミスが発覚したそうだ。

社長も説明を続ける。

「戸建住宅に階段室を設けることは、現実的ではありません。床面積を200㎡未満にすれば、建築条件をクリアすることができます。」

ほう。

「つきましては、床面積を減らすため、図面を少々変更させていただきたいのです。」

な~んだ、そんなことか~!
あ~はっはっは!!

…はあ?!

と、眉間にシワを寄せる中川家のノリツッコミをしそうになったが、事態がもっと深刻であることを私達は瞬時に理解した。

「それは…希望していた工期に間に合うのでしょうか…。」

図面を変更するということは、あの時間がかかる厄介な構造計算をやり直してもらうということだ。

私は、翌年春に育休復帰の予定だったので、それまでに家を完成してもらうよう口酸っぱく伝えていた。図面変更が必要なかったとしても、すでに我々のお尻には火がついていた。

「構造計算のやり直しに時間がかかることは、ご存じのとおりです…。」

社長は苦々しく答える。翌年春に復帰ができなければ、保育園の申込すらできない。我が家は破産する。私は目の前が真っ暗になった。

「奥様の復帰予定もありますし、我々の責任でご迷惑をおかけすることはできません。」

社長は、まっすぐ私たちの目を見た。

「そのため、弊社の受注する他案件の作業を全て止め、全スタッフ一丸となってこの二世帯住宅の設計図を修正し、完成させたいと思っています。」

社長とSさんは、誠意をもって頭を下げた。
どうすることもできない私達は、半ば放心状態でよろしくお願いした。


「家の中はなるべく広くしたい」と夫が要望していたため、床面積は可能な限り広く設計してもらい、二世帯分の床面積は合計205㎡となっていた。

床面積が広いと固定資産税も高くなる。それに私は、楽に掃除がしたいので少々狭くてもいいと思っていた。しかし、夫は「実家より広い家にしたい」と希望した。これが男のプライドというやつか。

夫の実家はまあまあ広い。実家に対抗意識を持つ夫のことは謎だったが、夫の家でもあるので彼の希望は叶えたかった。

別に夫のことは責めていないが、この欲が裏目に出るとは…。

たった5㎡削るだけでも、構造計算はやり直しとなってしまう。

削り白となったのは、悔しくもあれほど揉めた仏壇スペース。あっけなく削除され、基準を満たす床面積にした。

そして設計事務所は、本来何か月もかかる構造計算を、2週間で仕上げてくれた。

住宅需要がひっ迫し注文を多数抱えていると聞いていたが、本当に私たちの家だけに注力してくれたと思うと、なんだか嬉しかった。


しかし、設計事務所という看板のお店でもこんなミスがあるとは…。

人がやることだから、ミスが起こることは仕方がない。それに設計の自由度を高めるということは、おのずと設計の難易度も上がる。

「施主様のご要望をここまで聞き入れる会社は、他にはなかなかありませんよ。」が社長の口癖だった。確かに狭い土地であるに関わらず、私たちの要望は全て聞き入れてくれた。

結局、設計事務所のミスは工期に影響することはなかったので、私たちもヨシとしている。
のちに社長から改めてお礼を言われた。

「あの時、Sはすごく気を病んでまして、皆さん(施主)の懐の深さには本当に感謝です。厳しいお叱りを受けても仕方ないことでしたから。」

ただ放心状態なだけであったが、冷静な態度と見られたようでホッとした。

Sさんが普段から舐めた態度をとる人間だったら、この話を受けたとき私の中の未知やすえが巻き舌で「脳みそチューチューすったろか?!」とキレ、のちに「怖かった~(泣)」とSNSで顛末を拡散していただろう。

ただ、Sさんは最初から最後まで真面目で勉強熱心な方だった。本気で「いい家を建てたい」という気持ちが伝わってくる方だった。

もちろん、こちらは大金を積んでいる客。真面目に仕事をしてもらうことは当然のこと。しかし、どんな主従関係であっても、結局は人と人であり、つきつめると対等なのだ。

気持ちに任せて相手を傷つけるようなことを言ってはいけない。言うとしたら、相手のためを思った言葉で伝えなければいけない。今回の件も、結果オーライなので、彼女の経験値アップの踏み台となってくれたらと思う。

…とそれっぽいことを言いながら、私の中で「対等」という言葉はゲシュタルト崩壊しつつあった。私たち夫婦関係において。

ここまでお読みいただきありがとうございました!これは二世帯住宅を通じて、「家族」について考える連載エッセイです。スキをいただけたら、連載を続けようと思います。応援よろしくお願いします!

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