涙のカノン(前編)
この3曲に共通するものは?
答えは後編の最後に。
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1969年か70年の頃、高校生だった僕は映画館の暗がりの中で一人、封切りのフランス映画を観ていた。
『夫婦』というタイトルの、マリナ・ヴラディというセクシー女優が主演する不倫系(!)メロドラマだったと思う。
倦怠期の夫婦を襲う危機を扱った映画であって、健全な男子高校生が鑑賞して心あたたまる映画だとは思えないが、当時の僕はフランス映画なら何でも良かったのだ。
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この映画が今でも記憶に残っているのは、内容は別としてテーマ音楽に鮮烈な印象を受けたからだ。
演奏はレイモン・ルフェーブル・オーケストラ。
クラシックファンなら誰でも知っている曲だ。
何とも悩ましいロックバラード調だが、それぞれに家庭をもつ男女が、この音楽をバックに室内の照明を落としてチークダンスを踊るうちに〈ただならぬ関係〉に陥っていく…という筋書きだったと記憶している。
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クラシックの知識が一般には普及していなかった当時、この曲はレイモン・ルフェーブルの『涙のカノン』として、ラジオの洋楽ヒットチャート番組を通して広まって行った。
その原曲が、実は1680年代に作られた通称『パッヘルベルのカノン』(原題『3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調』)という高貴にして優雅なるバロック音楽であることが一般に知られようになるのは、もう少し先のことだ。
バロック時代は、このような比較的簡素な演奏スタイルだった。
しかし、あの映画を観てしまった僕にとって、『パッヘルベルのカノン』は高貴にして優雅なバロック音楽というよりも、官能の海に誘われる妖しいチークダンス・ミュージック、という刷り込みから逃れることができないままである💦
罪つくりな映画だった…