クソバカ日記1
「歪んでる…何もかも…」
この台詞は、とある勇者が自分だけが救われてしまって廃墟になった世界で呟いた闇堕ち確定演出ギュインキュインキュインキュイン、ではなく、僕が受付を済ませて暖簾をくぐるまでは何もかもが優しかった柔和な整体師によって呟かれたものである。
もう一度言おう。
世界も勇者も闇堕ちしていない。
闇堕ちしたのは整体師だった。
そして、その元凶を作ったのはまさしく僕だった。
僕こそが魔王だった。
僕は中学数学の最終テストで5点を取ってしまう大バカなので、この事実に気づくまでには少しの時間がかかった。
「え、歪んでるって何がですか?」
「首のハリも凄い…肩も…臀部も…凄い…背骨も…何もかも…すごいです。こんな人初めて見ました」
「あははそんなに褒められても」
「褒めてません」
「えっ」
「歪んでるのはあなたです」
『間違っているのはあなただ!』と犯人に向かって叫ぶ敏腕刑事の姿が頭に浮かんだ。
きっと場所は東尋坊に違いない。
日曜の昼下がりにマダムたちが見ている連続ドラマだ。
そんな世界に身を置き換えてみると、僕は今から東尋坊の海の下に身を投げ出そうとしている犯人である。
「……ん?」
つまり僕は……
「あなたが、歪んでいます。とてつもなく。だから私はあなたを治します」
「……!!!!!」
銃口を向けられている!
崖から落ちる1秒前!
止めてくれるのは刑事のみ!
僕の命が惜しい唯一の存在である僕もなぜか自分の命を手放そうとしている!
=死!
=し、死!!!!!!??????
=銃殺!!!???!!!??!!?!!??
「え!?死にたくない!」
思わず僕は叫んだ。
あと一歩外してしまえば東尋坊の海に真っ逆さまなのである。けれど歪んでいるのは自分だと言われた手前、バカな頭では咄嗟に何を正したらいいか分からずアタフタする。死にたくない!という必死な叫びが現実世界においては非常に「どうした?」な言葉であることも忘れて叫んでしまった。
しかし、あろうことか整体師と僕の会話はズレながらも正しく進んだ。
「死なせないために私がいるんです!良いですか、今からちゃんと矯正(身体のこと)していきますからね!時間はかかりますが、一緒に頑張りましょう!」
「き、矯正(人格と犯罪歴のこと)。矯正ですね!分かりました!僕、頑張ります!」
「一回では治らないので、おそらく2ヶ月ほど(整体院に)通ってもらうことになるかと」
「に…2ヶ月(も更生施設に)……あのう、通うってことは、住むとかはできないんですか…?」
「ああ、すみません病院ではないので、そういった施設はないんですよ」
「ア……そうなんですね」
とにかく、と整体師は膝を打った。まだ東尋坊に居ると勘違いしていた僕(バーーカ)は、今から捕まって矯正されるんだなと思うとラオウのような表情になった。
よし、覚悟は決まった。
どんなプログラムだってこなしてやるさ。
──そう決めた僕は、きりりとした目で整体師の言葉を待った。
「こちら当院の回数券になります。6回分なんですけど、通常料金かつ同じ回数でお支払い頂くよりも5000円安くなっております」
「あっ更生施設ってお金かかるんですか?????」
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