見出し画像

「学校と妹」 3


なかなか国語の点数が合格ラインに到達しないことに焦った母は、僕を個別指導の塾に入塾させた。僕の受験科目は国語と算数の二科目だったため、どちらも塾で面倒を見てもらうことにした。しかし、週一で行う90分授業で二科目の受験対策をやってもらうということは単純計算で一科目に45分しか使えないということになる。つまり塾に入ったは良いが結局は一週間のうちの多くの時間を自学自習で対策していかなければならないという点においてはこれまでと全く変わってなかったのだ。僕としては居場所のない家にいるよりかは幾分かマシであると思ったため入塾に対しては決して否定的ではなかった。

三回ほど塾に行って徐々に慣れてきた頃、小学校最後の夏休みが始まろうとしていた。終業式が終わり友人と一緒に家まで帰っていた。友人に夏休みのどこかで遊ばないかと誘われた。行きたい気持ちが先行してついその誘いを了承しそうになる。
しかし夏休みは受験勉強のために全ての時間を費やさなければならないことを思い出す。正しくは「思い出した」のではなく「思い出したくなくて頭の片隅に仕舞い込んでいた記憶を仕方なく引っ張り出してきた。」という表現の方が適切なんだが。そんなどうでも良いことが一瞬の間によぎる。「いいよ。」という言葉を抑えて友人に「ごめん、中学受験の勉強でずっと忙しくて。」と申し訳ないという気持ちを言葉に乗せて返答した。その時見せた友人の悲しそうな表情が家に着いた後も頭にずっと残って離れなかった。

気づけば僕は夏休みの多くの時間を塾で過ごしていた。冷房の効きすぎた学習室は暑がりだった僕を少しだけ爽やかな気持ちにさせてくれる。そしてさっき自販機で買ったサイダーの蓋を開けてゴクゴクと飲む。僕の喉を通過していく炭酸たちが、「わざわざ塾に来て受験勉強するために時間を費やしている。」という紛れもない事実とその事実に対する苦痛さを少しの間だけ忘れさせてくれる。こんな調子で塾に来てもあまり勉強せずに、少し勉強してはまた休むというサイクルを塾にいる間はずっと繰り返していた。「そろそろ母が迎えに来る時間だな。」と時計を見て思った僕はリュックの中に筆記用具や教材を詰め込む。そしてパンパンに膨れ上がったリュックを背負って塾を出て母の車のナンバープレートが駐車場に止まってないかを探す。運転席に座る母の姿を確認し少し小走りで車まで向かい後部座席に乗り込む。母はおかえり、の一言も言わずに「今日はどうだった、ちょっとは勉強進んだ」と少し嫌味な感じを匂わせながら僕に尋ねる。正直毎日このやりとりを繰り返している僕にとってこの時間は非常に退屈であった。しかしそんなことを心の中で考えているということを悟られまいと機械的にこう答える。「昨日よりは随分と捗ったよ。」その言葉だけでは母が納得しないことを知っている僕は「今日は国語の文章問題を五つも解いたし。これで少しは国語の点数も上がっていくかな。」と明るい声で大きな嘘をついて返す。
「そう。」とだけ冷たい声で言い車を発進させた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?