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〔台本〕戦場のレミニッセンス


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前置き


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一人用台本。小説としても。

所要時間

声劇で25分ほど

登場人物

ハーバー(男女不問);天才科学者


本編

____
ハーバー:2045年。皮肉にも終戦からちょうど百年経ったこの日に、人類は同じ過ちを冒した。
百年…むしろよく百年も耐えられたものだ、人間の本質は争うことだから、ここまで耐えられたことを賞賛するべきだろう。
よくやった、人類。
そして、何度言えばわかるんだ。
もう二度と戦争はおこさないようにとあれほど話し合ってきたじゃないか…
いや、戦争が悲しいだなんてことは、一部の気狂いを除いてはは皆、みんなが分かっていることだ。
それでも私たちは戦うことを辞められない。
何故って?
大事な人に生きていてほしいから。
「その他大勢」と「大事な人」を命の天秤にかけられた時、人は「大事な人」を選ぶ。
大事な人を守るために、人は拳をふるう。
何より大事な自分を、そして愛する人を守るために結託し、人を殺す。
だから、私も同胞たちのために、拳を。
だけど、もし、「拳じゃない何か」で戦争に決着が着くとしたら?
この大きな流れに逆らえなくとも、なにか、一研究者として少しでも救いのある結末へと導くことができたら?
戦争の墓石に名を連ねようとも、やれることをやってみよう。
0:♢
ハーバー:2045年8月31日
私の研究所にも協力要請が来た。大勢の兵士が既に亡くなった。が、どの国も核兵器を使おうとはしない。国際法を守ってだろうか、過去の過ちを省みて(かえりみて)だろうか、既に戦争を始めたくせに何とも偽善的だ、笑ってしまう。
国際法を破ったところで罰する者は誰もいないのに。
まだ、両国に人を愛する心が残っているということだろうか?
もしそうなら、少しは救われる。
0:♢
ハーバー:2045年9月15日
凄まじいスピードで研究が進んでいる。みな戦争を終わらせようと必死なのだ。
だが、同胞たちのために作るこれらの毒薬は、そう簡単に百年生じ続けた摩擦による傷を治しはしてくれそうもない。
早く戦いを終わらせるために人殺しに加担する。
相手が解毒剤を作れば、より強力なものを用意する。
……私は何をしてるんだ。
人を救うために薬学を専攻し、研究者になったのに、これじゃあ、子供の頃に読んだ本にでてきた、憎たらしいサイエンティストと同じじゃないか。
結局、百年前と同じことをしている。
久しぶりに日記を綴ったが…余計に鬱屈とするだけで虚しい。
0:♢
ハーバー:2045年10月31日
今日はハロウィンだ。同僚のキャシーが「トリックオアトリート」なんて言ってまわるものだから、研究所の空気が少し軽くなった。
当然、キャンディもチョコレートもなにも持っていなかったけれど。いつもコーヒーを入れてくれるキムに代わって、今日は私がコーヒーを入れた。
トリックはごめんだからな。
キャシー曰く、キムのいれたコーヒーの方が美味しいらしい。
私はあまり変わらないと思ったが…せっかくのトリートなのに。
ハッピーハロウィン。
0:♢
ハーバー:2045年11月8日
日記を綴るのはハロウィン以来だ。忙しかったからなかなか時間もとれなかったし、思うように研究が進まず、手帳を開く気にもなれなかった。
だが今日は、思わず日記に書き留めたくなるくらいいいことがあった。
特殊ガスの開発に成功した。
敵国のガスマスクでは処理しきれない細かい微粒子のガス。
これは人を殺さない。
ずっと望んでいた、「殺戮によらない終戦」が、このガスによって実現される。
これはいわゆる「眠り薬」。このガスを吸うと三ヶ月は眠りこける。体内の臓器は動き続けるが、目を覚まさない。脳も動いたままだ。
これを戦場で使うことができれば、みんなが目覚める頃には自国の勝利で終わる……かもしれない。負けることにはなれど、敵国の兵士だって死なない。素晴らしいことだ。
生きていることが何より幸せなのだから。
実用に向けて手続きを進めよう。
0:♢
ハーバー:2045年12月3日
私は英雄になれたかもしれない。
特殊ガスの効果は絶大だ、戦死者を以前より大幅に抑えて、勝利へ近づいている。
ガスが開発されてからの軍の一歩は大きい。
正体不明のガスから逃げきれず眠ってしまった敵国の兵士はできる限り保護している。眠っている間は栄養をあげなければいけないし…
何はともあれ「人道的な戦争」が行われているように思う。
敵国は特殊ガスの眠りから兵士を目覚めさせる方法を血眼(ちまなこ)で探していることだろう。
よくできた薬だ、そう簡単に仕組みがわかるとも思えないが…
より良い、人を殺さない戦争のあり方を実現できるよう、力を尽くそう。
0:♢
ハーバー:2045年12月25日
メリークリスマス。
メリー…とは言ったが、あまりクリスマスを祝える気分でもない。哀しい知らせが入った。
私の「眠り薬」によって眠ってしまった兵士を、敵国では臓器移植に使用しているらしい。
眠って戦えないのであれば、生きて戦える者の臓器になれ…ということだそうだ。
とんでもない国だ。
そんな、同胞たちでさえ殺すような国と戦争をしていたのか、私達は。
「眠り薬」にかかった者たちは、死んでいないのに…脳死とは違うんだ、彼らは眠っているだけで、脳も、臓器も、生きている。……敵国の兵士に情けをかけた私が馬鹿だったのかもしれない。
もう、人を殺さない兵器を目指すことは、辞めてしまおうか…
早く戦争を終わらせるために、強力な化学兵器を作った方が…自国のためになるのでは無いだろうか…もういっそ、核兵器でもなんでも……
いや駄目だ。馬鹿か私は。
でも、もうどうすればいいのか分からない。泣きながら文字を書いている自分が憎たらしい、お前の薬のせいで、彼らは移植に利用され死んだのだ。もっとマシなものは作れなかったのか?
本当に泣きたいのは死んだもの達だ、お前が泣くな。
まして、殺戮兵器を作ろうなどと…そんな…化学者としての誇りも持ち合わせていない人間だったのかお前は。
大人しく、お前に出来ることをしろ。
そう、私に出来ることを。
0:♢
ハーバー:2046年2月2日
馬鹿馬鹿しい。
戦争が終わった。
戦争は国際協定を破って核兵器を使用した自国の勝利に終わった。
たくさんの人間が死んだ。
兵士だけでなく、民間人も。
あれだけ多くの人間が核兵器の使用に反対していたのに、トップの独断で全てが決まった。
0:手帳に涙(?)の跡のような染み
ハーバー:私のやった事は、全て無駄だった。
0:♢
ハーバー:2046年2月17日
おかしい。
私の眠り薬を吸ってからもう三ヶ月経ったというのに、一人も目覚めない。
脳は活動している、臓器の動きも正常だ。眼球も動いている、夢を見ているような動き…
だが、誰一人として目覚めない。経過を観察しつつ、原因を探る。
0:♢
0:以降、空白のページが続く。最後のページ。
0:♢
ハーバー:2066年5月19日
やぁ、二十年ぶりだな。
お前の作った薬の「被害者」が、今日初めて死んだよ。一応、「老衰死(ろうすいし)」ということになっている。
今日亡くなった彼は、一度も目覚めることは無かった。
そして保護した兵士の中で、目が覚めたのは42人だけ。そのうち半数以上は重大な後遺症が残っている。
……なんと言えばいいだろう。
二十年前の自分にむけて、手紙でも書けばいいのだろうか…無意味だろうが。

32歳の、ハーバーへ。
お前は、たくさんの人を殺すことになる。
お前が作った「眠り薬」は「永眠薬」だ。しばらくしたら自国からも敵国からも石を投げられることになる。「人道的な観点から問題あり」「倫理観の欠如」「眠らされた者達の維持費による財政圧迫」…各国の新聞の一面をお前が飾ることになるよ、おめでとう、悪魔のハーバー。
五年くらいして、私の苦悩を理解し、寄り添ってくれる者が多くなったが…最終的にやった事は変わらない。
お前は、たくさんの兵士を殺した。
お前は、罪人だ、悪魔だ。
なぜ二十年経ってからこの手帳を開いたかって…これが、遺書になるからな。
そこらにある紙に想いをつづったって良いとは思ったが、二十年前の己の様子も一緒に書き留めてあった方が、幾分(いくぶん)かマシな内容になると思うから。
やったことは、ちっとも変わらないが。これは、私の精一杯の懺悔だ。

私の発明によって失われてしまった命達へ
申し訳ない。これが、当時の私の考えた最善だった。どうか安らかに。
そして、これは貴方達にとってなんの慰めにもならないだろうが、せめて同じ苦しみを味わうべく、私も貴方達と同じ方法で眠ろうと思う。どうか、貴方達の見ている夢が悪夢でありませんように。それも、私自身が数時間後に知ることになるでしょう。たとえ私の見る夢が悪夢であれど、どうかあなた方は幸せな夢を。
……
今日は、美味しいものを食べようと思う。最期に食べたいと思うものを食べて、会いたいと思う人達と会って、見たいものを見て、聴きたいものを聴いて、書き残したいと思うものを書き残して。
それすら出来なかった貴方達に向けてこんなことを書くのは残酷だろうか。
0:この後は遺産に関して、家族に対してのメッセージが続く。
0:♢
0:一本の線が引かれ、消去された一文
ハーバー:神よ。どうか憐れな私をお赦しください。

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