「プリズンガードORCA」第1話

あらすじ

人類が他の惑星やスペースコロニーに移住して久しい、西暦3050年。
環境が劣悪化した地球は丸ごと惑星監獄『ブループリズン』として運用され、宇宙じゅうの極悪人が集められていた。
第3監獄(旧北アメリカ大陸)の看守として働く美女、シャチ・ヒライは今日も大忙し。当然のように囚人が脱獄し、懲罰を与えては牢屋にブチ込む日々。凶暴な囚人から常に命を狙われる地獄のような生活だが、鯱は楽しげ。初めはビビっていた新米看守ちゃんも、段々とこの血生臭い生活に慣れていく。
囚人とバトル、新入り囚人の歓迎、よその監獄へ出張、宇宙海賊が攻めて来たり、極悪人口率99%の地球は毎日イベント盛り沢山!


西暦3050年

人類が地球を捨て、テラフォーミングした惑星やスペースコロニーに移住してから長い年月が経った。
宇宙で人々が豊かな暮らしを送る一方で、地球は資源が底を尽き、度重なる災害と温暖化により人が住める環境でなくなっていた。
腐敗の星と化した地球を活用する方法は、二つしか無かった。一つはゴミ処理場。
そしてもう一つは、地球圏の極悪人を集めて監獄として使うことだった。
ここはブループリズン。
外は嵐と雷、獄中は悲鳴と暴力が渦巻く、地獄の惑星監獄である。


第3監獄(旧北アメリカ大陸) エリア15

夜。
ジリリリと警報のベルが鳴り響き、灯りが点く。
女看守のシャチ・ヒライは房の見回りをしていた。ベルが鳴り響くなか、陽気に鼻歌を歌いながら歩く。
「先輩!鯱先輩~!」
少女とも言うべき小柄な看守が、大慌てで走って来る。彼女は猫小ネッコ・アマギ、今年から入った新米看守だ。
「大変です先輩!」
「ん?」
大声で呼ばれてようやく気がつき、鯱は後ろを振り向いた。猫小は膝に手をつき息をあげた。
「おつかれーどしたの猫小ちゃん」
「どうしたのって、ベル聞こえてないんですか?」
「そういえば鳴ってるねぇ」
「脱獄です!」
来た道を指さし、猫小は涙目で叫んだ。
「エリア33の囚人が集団脱獄しました!」
床が震え出す。激しい足音が近づいていた。
鯱は猫小の隣からひょこっと顔を出し、廊下の先に目を凝らす。ツナギ姿のおびただしい数の男たちが、津波のように押し寄せて来ていた。
「逃げるぞォォ!」
「オラどけぇ!」
「ブッ殺すぞ!」
「ミンチにするぞゴルァッ!」
「シャバ吸引させろやぁ!」
彼らは思い思いの罵詈雑言を吐きながら猛ダッシュする。鯱は呆れたようにため息を吐いた。
「今日は多いなぁ。これで連続498日か~記録更新しそうだねぇ」
「呑気にメモしてる場合じゃないですよ!」
先頭の囚人が鯱を見つけ、ドスの利いた声を張り上げた。
「見つけたぞ鯱ぃぃ!」
猫小が「ぴぃぃっ」と悲鳴を上げて鯱の背後に隠れる。鯱は友達を見つけたように、笑顔で手を振った。
「あ、極助ゴクスケさんじゃん。また出たの?1年ぶり?」
「2年ぶりだゴラァ!てめぇに折られた膝のリハビリに時間かかったんだよボケ!」
「わお!全快おめでとう!」
「ああ、お見舞いありがとな!じゃねぇよクソがぁぁぁ!今日こそてめぇをボコボコにしてブチ犯して殺してシャバに出てやるからなぁぁ!そこのチビもだぁぁ!」
「ぴぃぃ~~!」
「いや、エリア33からここまで来ると出口に遠回りしてない?どんだけ私のこと大好きなの?」
「うるせぇぇ!こっちはてめぇに一矢報いねぇと脱獄してもし切れねぇんだよ!」
「今日は嵐が酷いから日を改めた方が良いと思うけど」
「もう出ちゃったんだからしょうがねぇだろうが!」
「そっか、じゃあしょうがないね」
「しょうがなく無いですよ!?」
鯱はやれやれと肩をすくめた。
「見てよあの押しかけるファンたち。モテる女はツラいね」
「死ぬほど嫌われてるだけだと思いますよ」
「だってわざわざ別れの挨拶しに来るんだよ?」
「ただのお礼参りですよ……」
鯱はメガホンを取り出した。
「極助さん、今回は何人で出て来たの?」
「前の五倍の100人だゴラァ!」
「前回の五倍なら150人だろ。で、実際のとこ何人なの猫小ちゃん?」
「破られた房は200個です」
「全然違うじゃねぇか」
ベルと喧騒に叩き起こされた房内の囚人は、一緒になって罵声を浴びせたり、囚人同士で賭けをしたり、迷惑そうに毛布を被ったり、猫小をナンパしたりなどした。
「こらこら賭けないの、セクハラもしない!もう~どうしようもない人たちだなぁ」
「先輩来ます!来ますって!」
「はいはいわかったから、猫小ちゃんもビビりだなぁ。私がやるから下がってて~」
メガホンを猫小に預け、鯱はベルトからトンファー型の警棒を抜いた。
「じゃ、今度は膝は折らないであげるね、極助さん♡」
「いけぇぇ!ぶっ殺せぇぇぇぇ!」
「うおおおおおッ!」
脱獄囚の波が雄叫びを上げて迫り来る。
先頭が鯱に接触した次の瞬間、極助がポーンと宙を舞った。
「はべらはぁぁんっ!」
顎を砕かれた極助が房の鉄格子に叩きつけられ、昏倒した。
他の囚人からブーイングの嵐が起こる。
「一撃で負けたー!」
「ダッセー!」
「クソ雑魚じゃねぇか!」
「気絶しながら泣いてやがる」
「何がしたかったんだ」
「うわぁ来るぞ!鯱が来るぞお前ら!」
「ぎゃあああっ!」
「ごめんなさぁぁぁいっ!」
鯱は殺到する囚人を手当たり次第に殴り飛ばした。警棒を巧みに操り、囚人の攻撃をいなして急所に打撃を叩き込む。
後ろの猫小はあちこちに飛ばされる囚人を必死に躱した。
100人倒した辺りで警棒が壊れると、猫小の手からメガホンを取って囚人を殴った。メガホンが壊れると、囚人のツナギを剥ぎ取って捕縄術で応戦した。面倒くさくなると、あとはだいたい拳で叩き伏せた。
凶悪な囚人と殴り合う間、鯱は笑顔を絶やさなかった。
「いいよいいよ!どんどんおいで!」
ブループリズンの設備は地球環境の厳しさと老朽化に伴い退廃していた。そこに物資不足が重なり、改修の見込みも無い。あまりに酷いブループリズンの生活水準は、スペースコロニーより千年遅れているとさえ言われる。
21世紀レベルの厳しい生活を課されるこの環境は、受刑者たちにとってはまさに地獄。そしてやはり、彼らを管理する看守たちにとっても、ここは地獄だ。
劣化した警備システムは役に立たず、老朽化した檻はすぐに壊される。広い監獄のどこかで毎日誰かが脱獄し、鍵を持つ看守は常にその身を狙われている。
囚人、看守ともに常に戦場にいるかのような極限の生活。暴力と絶望にまみれたこの世の果てが、惑星監獄ブループリズンである。
しかし、そんな地獄の日々にやり甲斐を見出し、凶悪な囚人たちをも恐れず、笑顔で職務に臨む1人の看守がいた。
鯱・ヒライ。
かつて、あらゆる戦場にその名を轟かせた元傭兵。
極度の戦闘狂バトルジャンキーである彼女にとってはむしろ、ここでの生活は天国だった。
雨風を防ぐ屋根があれば、ベッドもある。清潔な衣服が支給され、食事も用意される。武器もある。
彼女に言わせれば――これほど恵まれた戦場はない!
「ふぅ」
帽子を拾い、埃を払って被り直す。ひと仕事終えた鯱の顔は晴れ晴れとしていた。
「制圧完了!」
死屍累々200人の脱獄囚の中心で、鯱は手を叩いた。
「はいはい、重傷者は担架で運んで。歩ける囚人は自分で房に帰る!迷わないでね!医務室では順番を守ること!ほら皆も早く寝なさい、朝の点呼遅れたら殴るからね!」
彼女は血まみれだったが、全て返り血だった。
囚人たちは肩を貸し合い帰路につく。
「ほら、行こうぜ」
「今日も駄目だったな」
「歯ぁ1本で済んだからラッキーだ」
「良いなぁ俺なんか18本だぜ」
「久しぶりに運動したわ~」
「今日は鯱のエロい体見れたし満足だわ」
「それな」
「相変わらずデケェ乳してやがる」
「毎日ゴミ処理ばっかでやってらんねぇからなぁ」
「あの腰のくびれ見たら明日も頑張れる……」
「もうちょいでケツ触れたんだけどなー」
「今夜はあれでいいや」
「あれ以外無くね」
「ま、一目見れただけでも充分目の保養になったろ」
「そうだな」
「帰ろ帰ろ」
鯱がぼやく。「目も潰しとけばよかったかなー?」
「急いで帰るぞお前らー!」
「目ぇやられるぞ!」
「あいつマジでやるぞ!」
「走れ走れ!転ぶなよ!」
「……ったく、これだから囚人という奴は」
猫小がタオルを渡す。
「お、お疲れ様です先輩」
「猫小ちゃん生きてたんだ」
「な、なんとか」
「大変だったねぇ。一気に200人も出たの久しぶりだな~」
猫小はトボトボ歩く囚人たちを横目に見た。
(むしろここまでやって脱獄できないのは、なんかもう気の毒だな)
顔をゴシゴシ拭き、鯱は猫小の手を引いて歩き出す。
「よし、じゃあ見回りもう一周するよ!」
「えぇ!?」
「騒ぎに乗じて脱獄してる奴がいるかもしれないでしょ!ほら行くよ!終わるまで寝れないからね!」
「やぁだぁぁ~帰りたい~」
「はいはいキビキビ歩く~」
「嫌です離して下さ……力っよ」
こうしてブループリズンの夜は明けていく。


おはようございます。私は猫小・アマギ。
この世の地獄ブループリズンの新米看守です。
ネッコってふざけた名前だと思いました?ブチ殺しますよ。
看守の朝は早いです。
4時に起床、支度をして寮の食堂へ。まだ眠そうな顔の先輩たちとご飯を食べます。皆鬱屈な死んだ目をしています。元気そうなのは鯱先輩だけです。今日も苦手な魚の骨を鯱先輩に食べてもらいます。
ロッカーで制服に着替えて監獄へ行きます。
まずは管理室。ここには監視カメラのモニターがあるのですが、カメラはほとんど壊れてるのでだいたいテレビゲームに使われています。夜勤の人と代わり、モニターに異常が無いかチェック。5秒で終えて会議室へ行きます。
毎朝のミーティングが始まります。それぞれ担当の仕事を確認します。それから新たに判明した施設の故障や不備、看守と囚人の負傷者を挙げていきますが、多過ぎるのでだいたいいつも省略されます。真面目にメモしてるのは鯱先輩だけです。

6時。
ベルを鳴らして囚人を起こします。ずらりと並んだ囚人の点呼をします。5分以内に房の外に整列していない囚人は叩いてOKです。早く叩いてあげないと鯱さんがシバきに来ます。急いで叩いて助けてあげましょう。
囚人は大食堂で朝食を摂ります。どの席で食べてもいいし会話も許可されています。独房暮らしの囚人にとっては、貴重なコミュニケーションの場です。
看守は怪しい動きをしている囚人がいないかを見張ります。必ず喧嘩が起きるので、どっちかが弱るまで待ってから止めに入ります。タイミングを見誤ると鯱先輩が止めに入って重傷者の数が増えるので、しっかり見ておく必要があります。
「作業場の近くの床に穴が空いててな、水が流れてるのが見えた」
「下水道か?」
「あの臭いは間違いねぇ」
「通りで臭ぇと思った」
「だから俺の屁じゃねぇって言ったろ?」
おや?
ご飯を食べながらヒソヒソ話をしている囚人がいます。ちょっと近づいて聞き耳を立ててみましょう。
「あの穴を広げれば下水道に降りられる」
「ナイスアイデアだ」
「おいおいクソまみれになるのはご免だぜ?」
「ここに居るよりゃマシだろ」
「下水はどこに繋がってるんだ?」
「てめぇのケツの穴だよ」
脱獄計画を企てているようです。
「ここが作業場。便所はここ。浄水場はここだから、おそらく下水道はこのルートで通ってるはずだ」
「なるほど」
グリーンピースを使って地図を描いてます。看守が近づいたら食べて誤魔化せます。囚人がよくやるやつですね。
「でもそこは鉄格子があって、人は通れないよ?」
鯱先輩が会話に加わりました。
「マジかぁ。じゃあ迂回するかな」
「こっちのルートは?」
「そこも鉄格子あるな~」
「じゃあどっから行きゃいいんだよ」
「どうせ錆びてるから壊せるんじゃないか?」
「ノコギリを造ろうぜ、作業場から廃材を持ち帰って」
「良いねぇどこに隠すの?」
「シーツの下だ」
囚人が顔を上げます。鯱先輩に気がつきました。
物凄い汗をかいています。鯱先輩はニコニコです。
「あ……」
囚人がグリーンピースをパクッとしました。味はしなさそうです。
鯱先輩がテーブルに頬杖して言いました。
「お前ら後で懲罰房な♡」
「……はい」
私はまた囚人を救えませんでした。

8時。
囚人は刑務作業をして過ごします。居住惑星やスペースコロニーから運ばれて来る廃棄物の処理作業です。重機や手作業で分別し、各処理場へ運びます。処理場では特別教育を施された囚人がオペレーターとして働いています。ベテランの彼らは囚人のカーストでも上位です。
作業は過酷を極めます。
「うわ!ゴールデンゴキブリだ!」
「めっちゃ輝いてるけどキメぇ!」
「そっち行ったぞ!」
「殺せ殺せ!」
ゴミが放つ悪臭や混入している虫なども大敵です。嗅覚と衛生観念がサヨナラする囚人が後を絶ちません。
作業中も看守は囚人を監視しなくてはなりません。一応マスクをつけていますが何の意味もありません。臭いです。マジで臭いです。臭過ぎます。この世の物とは思えな……オエッ。
マスクをしていないのは鯱先輩だけです。
「筋肉に酸素を取り込むんだよ」
とか言ってヘラヘラしています。頭がおかしいんでしょうか。
あまりにキツ過ぎる刑務作業は日曜日だけお休みです。祝祭日は特に関係ありません。正月や大晦日も普通に働いています。なんならゴミの量が増えるので繁忙期ですね。クソが。
辛過ぎて脱獄したくなる囚人の気持ちはわからなくありません。正直私も脱獄したいです。ここにいると気が狂ってしまいます。平気なのは元から頭のおかしい鯱先輩くらいです。他の先輩たちもだいたい病んでいます。カウンセラーは毎日大忙しです。
そんな劣悪なクソ時代遅れの設備しかないブループリズンですが、医療だけは最新です。朝から晩までゴミ処理、夜は不衛生な房で眠る囚人は常に感染症のリスクに晒されるため、強力な抗生物質を定期的に投与されています。病気にはほぼなりません。なるとしたらだいたい心の病です。カウンセラーは毎日大忙しです。
しかし心の病気よりも多いのが、物理的な外傷です。囚人たちは気性が荒く常にトラブルを起こし、また懲りずに脱獄を試みるため看守にボコられています。連日の緊急手術で心を病むドクターも少なくありません。カウンセラーは毎日大忙しです。
カウンセリングのし過ぎで心を病むカウンセラーもいます。カウンセラーは毎日大忙しです。
「猫小ちゃんどうしたの?」
「あ、先輩……」
「元気無いねぇ」
「その、お世話になっていたカウンセラーの人が、病んじゃって」
「あらら」
「これで5人目です。この間はカウンセラーのカウンセラーが病んだって聞きました」
「大変だねぇ。私で良かったら相談に乗ろうか?」
「良いんですか?」
鯱先輩はクッソイカれてるけど基本は優しいです。
問題はイカれてることです。
「殴ればいいんじゃない?」
「蹴れば?」
「その警棒は何のためにあるの?」
何を相談してもこう答えます。
「とりあえず、チ○チ○狙っておけばなんとかなるよ」
どうやって生きて来たらこうなるんでしょう?
Q.昔の職業は?
「私は昔ね、傭兵やってたんだ。その前は正規軍だったんだけど、クビになっちゃって」
Q.どうして傭兵を辞めたんですか?
「えっと……戦場を出禁になっちゃって」
戦場を出禁って何だよ。毒ガスかお前は。
Q.どうして看守に?
「合法的に人を殴れるって聞いて。そしたらここは天国だったよ!毎日囚人を殴り放題!」
A.やっぱりイカれてました。

21時。
入浴と自由時間が終わり、囚人は就寝します。
だいたい寝ないで毛布の中でゴソゴソしたり、脱獄の準備をしたりしています。
夜勤の看守は見回りをします。怪しい動きをしていたら叩いてOKです。見間違いでも多少は叩いてOKです。特に女性の看守はオカズにされないよう注意しましょう。
私は見回りをしていると「俺はロリコンじゃねぇ!」とか「鯱と代われ!」とか理不尽な暴言を吐かれます。こっちは仕事をしているだけなのに。1人や2人くらいならブッ殺してもバレないかな?
脱獄は毎日起きます。
「ひぃぃっ、ごめんなさい!ごめんなさい!」
「ま~たこんなトンネル掘って~!」
「もうしません!勘弁して下さい!」
「塞ぐのも大変なんだよ~?もう~何度言ったらわかるんだか」
「へぶっ!ごふぇっ!」
鯱先輩が明らかに過剰な暴力を振るっています。たぶん、鯱先輩が強過ぎて軽く叩いたつもりでも私の全力パンチより威力があるんでしょう。
囚人の口からみるみる歯が減っていきます。薬を濡ればまた生えるとはいえ、見てるこっちも痛くなってきます。
「あ、猫小ちゃん。そっちの見回り終わった?」
「はい、まあ」
「猫小さんさっきはごめん!助けて!俺が悪かった!」
「こらこらよそ見しないー」
「ぼぐふぇぇっ!」
極悪人とはいえ、ちょっとだけ可哀想になってきます。
私はこの光景に慣れつつある自分がちょっとだけ怖いです。


ジリリリ。
「あ、警報。先輩、また誰か脱獄したみたいですよ」
「505日目。新記録まであとちょっとだねー」
「先輩って警報鳴っても驚きませんよね」
「まー慣れたっていうかー。もう飽きちゃったよねー」
「警報に飽きないで下さいよ……」
「毎日聞いてるとどうしてもねぇ。違うメロディに変えられないかな?」
「そんなアラーム音みたいなノリで……」
鯱と猫小は休憩室から出た。
「脱獄が起きたら休み時間中も出ないといけないの、本当イヤですよね」
「そう?持ち場気にせずに出動できるから、私はウェルカムだよ」
「わー文化の違い」
「猫小ちゃんは嫌いなの?」
「何がですか?この世界がですか?ええこの世界は嫌いですよ。滅べばいいです。ノストラダムスの言ってた恐怖の大王は何百年遅刻すれば気が済むんですかね?」
「わぁお怒涛の早口」
「この世はZIGOKU」
「Z派なんだ。私はJIGOKU派」
囚人が作業に出ている時間帯の廊下は静かだ。罵声が飛び交わないので話がしやすい。
「じゃなくってさ、脱獄嫌い?」
「脱獄が好きな看守なんているんですか?職務的にも倫理的にも嫌いに決まって――」
「私」
「いた……」
「でも今日の脱獄はちょっと遠いから、着く頃には片付いてるかもねー」
「そんな今日のワンコみたいに言われても」
「う~んそっかぁ嫌いかぁ」
「毎日あって良いもんじゃないですからねフツー。この監獄が異常なだけで……いやもう地球圏にはこの監獄しかないから、フツーの監獄が存在しないか」
鯱は腕を組み、難しい顔をしている。
「どうしたらいっかなぁ~」
「先輩が悩むなんて珍しいですね」
「いやね?日に日に猫小ちゃんの元気が無くなっていくから、心配だなぁと思って」
「えっ」
「一緒に脱獄観に行って楽しめればって思ってたんだけど」
「スポーツ観戦かな?」
「でもよく考えたら、猫小ちゃん、脱獄の時いっつも楽しそうじゃなかったなって」
「気づくの遅くないです?楽しんでるの、あなたと傍観してる囚人だけですよ?当事者の囚人は皆命懸けだし」
「猫小ちゃんのストレスを和らげるために、私に何かできたらと思ったんだけど……」
「先輩……」
「ごめんね、不甲斐ない先輩で」
(言えない……ストレスの半分くらいは先輩だなんて……)
鯱は本気で心配そうな顔をしている。
「猫小ちゃん、私にできることないかな?先輩として力になりたくて」
(先輩にも後輩を想う気持ちがあるなんて……)
「職務内容は変えられないけど……そうだ、猫小ちゃん、休みの日はいつも何してる?」
「寝てますかね……あとはゲームとか」
「寮から出ないの?」
「出たら死ぬでしょ。今週はメガトンハリケーンがうろついてるんですよ?」
「今度の休み、一緒に遊ばない?」
「えぇ~どこで何して遊ぶんですか?」
「ほら、職員用の体育館あるでしょ」
「あ~インドア派だから行ったことないですね」
「運動しよ!私、休日はいつも体育館でトレーニングしてるんだ!」
「休みの日まで動きたくないですよ~。仕事で毎日走り回ってるのに」
「え~楽しいよ~」
「絶対やだー。何のトレーニングしてるんですか?」
「天井登り」
「せめて壁登りだろ」
「あとは重量挙げとか」
「私がやったら腕折れそう~。ちなみに何キロですか?」
「600を超えた辺りから数えるのやめた」
「ば、バケモノ……」
ベルが鳴りやむ。
「あ」
「あ~終わっちゃったね~」
「良かったー」
「休憩室戻る?」
「いやーもう休憩時間終わるんで、持ち場行きましょ」
「だねー。あーあ、お散歩しただけになっちゃったねー」
「今日はもう脱獄起きないと良いなぁ」
「……」
鯱が何かを思いついたように目を輝かせた。
「そうだ!今日の○○みたいな毎日の楽しみがあればいんじゃない?」
「え?」
「ほら、私は毎日脱獄を楽しみにしてるじゃない?」
「狂ってる……」
「だから私はいつも元気なワケ。脱獄が無い日は逆に落ち込んじゃう」
「人類の感覚と違い過ぎる」
「だから猫小ちゃんも、毎日何か楽しみがあるといいんじゃない?そういうのある?」
「いやー別に……」
「ご飯とかは?」
「まぁ一つの楽しみではありますけど、美味しいし。でもどうせなら、何て言うんですかねぇ……もっと癒しが欲しいというか」
「癒しかー」
「毎日と言うからには飽きないものじゃないと……そんなの、それこそワンコとかニャンコくらいですよ」
「う~ん寮はペット禁止だしねぇ。あ、でも番犬のマンチカンくんいるじゃん」
「いやあの子めちゃくちゃ怖いし品種改良でムキムキだしアホみたいにデカいしどう考えても愛玩ではないでしょ。なんであの見た目でマンチカンなんですか?猫じゃないし」
「そっかぁ駄目か~」
「先輩は可愛いと思うんですか?マンチカンくん」
「いや全っ然。ブッサイクだよねあの子。うるさいし」
「こいつ……」
猫小はため息を吐いた。
(いっそ先輩くらい吹っ切れた方が楽しいのかな……こんな地獄みたいな生活をエンジョイできる先輩が羨ましい)
「癒し……癒しねぇ……あ」
「?」
鯱が立ち止まり、バッと両手を広げた。
「猫小ちゃん!」
「え?何ですか?」
「おいで!」
「え??」
「抱き合うとリラックスできるって知らない?」
「聞いたことはありますけど……オキシトシンがどうとか」
「だからほら、カモン!」
「いや……カモンて言われても。恥ずかしいし」
鯱はニッコニコでウェルカムしている。
(そもそもストレスの原因である先輩にハグしても……)
猫小は鯱の顔から少し視線を落とし、目を血走らせた。
(デッッッ)
「猫小ちゃん?」
ゴクリと喉を鳴らす。
(身長差……これちょうど顔が……当たるのでは?)
「目ぇキマってるけど大丈夫?」
(い、良いのか?囚人が何人かかっても指一本触れられないあの天然ツインクッションに……一滴も血を流すことなくダイブしていいのか?)
「猫小ちゃーん。おーい」
(くっ、これが据え膳てぇやつですかい旦那ぁ……!)
猫小は赤面して目を逸らす。
「で、でも同僚とハグするのは、どうかな……私も大人だし」
「猫小ちゃんまだ18じゃん」
「18も大人ですよっ」
「ふーん。イヤ?」
「……」
「……」
「い、いいんですか?」
「うん、猫小ちゃんなら別に。女の子だし」
「……」
猫小は顔を背けたまま両手を広げる。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「はい、ぎゅー」
「ぴぃッッ!?」
鯱が猫小をぐいっと引き寄せ、抱きしめた。
(ふぉぇああああ!)
「猫小ちゃんあったかいねー」
(や、柔らかああああ!?スゴ、何これ……制服の上からでもこんなに……んあああ、なんかいい匂いもするぅぅ……!)
鯱が猫小の頭を撫でる。
「ぴッ!?」
「よしよし」
(ママァ……ッ!)
「猫小ちゃんは毎日頑張ってえらいねぇ」
(うぅっ……そうなんです、毎日頑張ってるんです。毎日頑張ってるのに横から全部ぶっ飛ばすヤベー先輩がいるんです……)
「私はいつも、頑張ってる猫小ちゃん見てるからねぇ」
(うぅ……そりゃ見てるから横槍入れるんでしょうねぇ)
「あと言い忘れてたんだけど、制服にタグ付いたまんまだよ」
(もっと早く言えや……ッ!)
「あとトイレットペーパーが切れたなら、ちゃんと補充しておいて欲しいな」
(さらっと不満を混ぜてくんな!ごめんなさい!)
「あとうちの寮の壁薄いから……夜、その……聞こえてるから、ちょっと声のボリュームを……」
(ああああああ忘れて下さいいいいいいいい)
鯱が猫小の背中をトントンする。
「結構イイねぇ。癒される~」
「そう……ですね」
「実家で飼ってた金星ベンガルトラ思い出すなぁ」
「どんな家庭?」
鯱が提案した。
「こんなんで良かったら、毎日する?」
「え!?つまり今日のおっぱい!?」
「今日のハグだろそこは」
「い、良いんですか?」
「うん、むしろ私がお願いしたいくらい」
「じゃ、じゃあ……お願い、します」
「うん!」
(マジか……毎日先輩のカラダを堪能できるとか……これが優越感!ザマァみやがれクソ囚人どもめ!)
「ちょうど休憩時間終わるね、そろそろ仕事戻ろっか」
「はい……」
長い抱擁が終わり、鯱が離れる。猫小の体にはまだ鯱の体温が残っていた。
「ふぅ~」
猫小は汗を拭う。鯱が尋ねた。
「どうだった?」
「精通するかと思いました」
「新手の脅迫?」
翌日から毎朝ハグしてもらい、猫小は仕事に精を出している。

ジリリリリ!
「あ、また脱獄」
「二回目!?」
ここは宇宙の掃き溜め。
「おらどけどけぇ!」
「看守どもブッ殺してやる!」
今日も囚人が元気に脱獄する。
「あ、あそこだ!行こう猫小ちゃん!」
「手ぇ引かないで下さ……力強っ」
ここは地獄のブループリズン。
「うわぁ多い!」
「よーし、かかっておいで!」
これは、そんな最悪の監獄で働く看守たちの物語である。

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