「プリズンガードORCA」第2話

第3監獄 エリア24

朝。
猫小はモニターの前にいる看守に話しかけた。
「おはようございますロズさん」
「あ、猫小さん。おはよー」
彼はロズ・ボーン。
ご多分に漏れず死んだ目をし、体じゅうに湿布を貼っている。
「夜勤お疲れ様です」
「やっと交代か~。よっこいせ」
腰を庇いながら立ち上がる。
「はぁ~イテテ」
「大丈夫ですか?」
「いやぁ~深夜に囚人とやり合ってさぁ」
「警報鳴ってましたもんね」
「同時に四カ所で脱獄だよ。ほん~と疲れたわ」
「え、全部1人で対応したんですか?」
「その方が早かったし」
「何人くらい?」
「百ちょい」
「強っよ」
「毎日が筋肉痛~。ここにいると寿命が縮むわ」
「わかります」
「どう?もう慣れた?」
「なんとか。慣れちゃう自分が怖いですけど」
「はは。そのうち慣れ過ぎて恐怖すら感じなくなるよ」
(ロズさん目が闇に堕ちてる……!)
鯱が入って来る。
「ロズくんおはよー」
「おっはー」
「夜勤だったんだ?」
「百人脱獄イベント貰っちゃったわ」
「え~私も行きたかったぁ」
(脱獄をイベント扱い……)
ロズがヨボヨボと歩き、敬礼する。
「じゃ、医務室寄って帰るわ。がんばー」
「おやすみー」
「お疲れ様です」
鯱がタブレット端末を猫小に渡す。
「猫小ちゃんこれ」
「今時タブレットとか……」
「今日来る新しい囚人のリストね。目ぇ通しておいて」
「わかりました」
「あっ、そうだ」
「?」
鯱が猫小を抱きしめた。
「ぴわぁっ!?」
「今日のぎゅー♡」
「ぁわわわ」
「……」
(長い……っ)
他の同僚の足音が聞こえると、鯱は猫小を離した。
「ぷはっ」
「ふぅ~癒された。ありがとねー。皆来たし、会議室行こ~」
「はぁ、はぁ……」
猫小は唇を拭った。
「……今日も一日頑張れるぜ」


第3監獄宇宙船ターミナル

広大なターミナルは比較的整備が行き届いている。自律型ロボットが居るのもここだけだ。
猫小は感心した。
(めちゃくちゃ旧式だ……あんなロボまだ動くんだ)
鯱が囚人リストを見ながら話す。
「猫小ちゃんは初めてだよね?新囚人の受け入れ」
「はい」
「緊張してる?」
「また凶悪な囚人が増えるのかと思うと……しかも300人て」
猫小はガックリ肩を落とした。
「また賑やかになるねぇ」
「うわー嬉しそー」
「着いたらまず整列させて、そこのロッカーで着替え&ボディチェック。医務室で健康診断したら、収容エリアへゴー。今回はエリア29だね」
ランプが回転し、ブザーが鳴る。
「あ、来たね」
「わっ、でっか」
巨大な護送宇宙船がゲートの防塵バリアを通過し、ロボットの誘導に従ってターミナルに着艦した。
鯱は船からかなり離れた場所で立ち止まった。猫小は首を傾げた。
「ここで良いんですか?」
「こんくらい離れてた方がいいよ。これ持っててー」
端末を渡し、鯱は警棒を抜いた。
「んん?何が起きるんですか?」
「移送中って、トップ3に入るくらい脱獄が発生しやすいんだよねぇ」
「つ、つまり……?」
鯱はニコッとした。
「もう『出てる』と思うよー」
降り始めたタラップの向こうから響き始める足音、罵声、怒声。
猫小は青ざめた。
「行くぞオラァアア!」
大量の囚人が傾斜したタラップを駆け上がり、ターミナルへダイブした。
「おりゃああああ!」
「逃げるぞぉおおお!」
「誰がブルプリなんかで働くか!」
「この時を待ってたぜ!」
「看守が2人しかいねぇ!」
「大チャンスだ!」
「ぴぃいい!」
猫小は鯱の後ろに隠れた。
「なんで枷外れてるんですか!?」
「なんでだろねー。いっつもなんだよねー」
「呑気過ぎ!」
「搭乗員生きてるかなー」
囚人が雨のように降って来る。
「ひゃっほう女だ!」
「剥いてやる!」
「ガキの方は俺が貰うぜ!」
鯱は蚊でも払うように、囚人を殴り飛ばした。
「へぶあ!?」
「痛ぁい!」
囚人が次々と叩き落とされる。タラップが降り切ると、囚人が津波のように押し寄せた。
「こいつ強ぇぞ!」
「数で押せ!」
「いくぞおお!」
「自由はすぐそこだああ!」
そこからは、いつも見ている光景でした。(猫小談)
鯱はあっという間に制圧した。
「今回も生きの良い囚人だね!」
「洗礼……」
猫小は恐る恐る船内を覗いた。
「逃げない囚人もいますね?」
「皆が皆脱獄するわけじゃないしねー」
(そりゃそうか)
「まぁ、うちにいればどんな模範囚も脱獄しようとするけどね」
「更生とは」
奥の座席にいた囚人がこちらへ歩いて来る。妙に貫禄のある男たちだった。
そのうちの1人、モヒカンヘアの男が船の外を眺めて言った。
「ここが噂のブループリズンか。人類の始まり、そして終わりの地」
猫小はごくりと唾を呑んだ。
(ポエムを詠み始めた……)
「この荒くれ者どもをあっさり鎮圧とは。地獄の獄卒はデビルの如し、か」
(まだ言ってる)
「フフ、今宵は楽しめそうだ」
(まだお昼)
鯱がその男に言った。
「ギッド・ニキョラス。殺人で有罪、懲役562年。今日からあなたの番号は29-836ね」
「フッ、この俺を番号で呼ぶか」
「じゃあギッドさん、案内するのでこちらへ」
「あっ、名前で呼ぶんだ」
素に戻りかけたが、ギッドはすぐに調子を取り戻した。
「従う気は無ぇよネーチャン」
ギッドは関節を外して手錠を抜き、見せびらかすように捨てた。
「タイマンが俺の流儀でね。虎と龍が――」
「いいから早く降りろ」
鯱はスタスタとタラップを上がり、ギッドを警棒でバコォンと殴打した。ギッドは悲鳴も上げずに昏倒した。
(ポエムキャンセル……)
今度は長髪のハンサムな囚人が喋り出す。
「彼を瞬殺とは大したものだね」
「ジョン・パーム。強盗殺人で懲役669年」
「名前を覚えてくれて嬉しいよ。君の名前は?」
「早く降りろ」
バキィ。
「僕の顔がぁぁっ!」
ピアスだらけの囚人が話しかける。
「イカした制服だな!脱いで見せてくれねぇかい?俺ぁ昔ファッションデザ――」
「ピアス外せ」
「痛い痛いちぎらないでぇぇぇぇっ!」
結局、鯱は残りの囚人もボコった。
猫小はリストと照合して囚人を数えた。
「299人。あと1人いますね」
「まだ中かな?名前は?」
「サンテ・マーライ。うわ、危険人物って書いてあります。誘拐殺人138件。懲役千年超えの殺人鬼ですよ!」
「へー」
「反応薄っ」
警官が台車に固定した痩身の男を運んで来る。彼は拘束衣を着せられ、目隠しと口輪が付けられていた。
猫小はゾッとした。
(一目でわかる。このヒト、ヤバい)
サンテが喋る。優しい声だった。
「着いたのかな?」
「ようこそブループリズンへ」
鯱が目隠しを外す。
「ありがとう。光を見たのはいつぶりかな」
「じゃあ、他の拘束具も外してくねー」
「え?」
「え?」
流石のサンテも驚いている。
「え?外すの?」
「うん。自分で歩いて」
「あ、そう……」
拘束帯を外そうとする鯱に、猫小は掴みかかった。
「ちょ!?ちょちょちょっと待って下さい!」
「どうしたの」
「殺人鬼ですよ!?危ないですって!」
「拘束衣って管理がすっごいメンドくさいんだよ」
「いやいやいや!何されるかわかりませんよ!?」
「でもうちの囚人は皆外してるし~」
「え?」
「うちで拘束衣着てる囚人見たことある?」
「無いですけど。え、このレベルの囚人、他にもいるんですか?」
「ゴロゴロいるよ」
「ぴえぇ!?」
「だから大丈夫だよ~暴れたら黙らせればいいし」
鯱は手際良く拘束を解く。
「ぁわわわ、本当に外しちゃうんですか?ヤバくないですか?」
「平気平気~」
「わぁ~怖い怖い、サンテさん何もしないで下さいね。本っ当に何もしないで下さいね!」
「あはは。僕はこれでも義理堅い方だ。戒めを解いてくれた恩人に失礼はしないよ」
「ほ、本当ですか?」
「信じてくれとは言わないけどね」
(サイコパス特有の紳士的態度!)
自由の身となった彼は、感慨深そうに言った。
「やっぱ自分の足で歩くのは良いもんだね。あちこち凝ってるよ」
「医務室で湿布貰えるよ。持病もあったらその時言って」
「僕の病気は頭の方さ」
「サイコギャグ?ウケる~」
(全然ウケない)
鯱が先導してタラップへ向かう。猫小は警戒して彼の後ろを歩いた。
「そういえば」
サンテは言った。
「ここの求人を見かけたことがある」
「人手不足だからね~」
「看守の試験があるそうだね」
「うん。あ、囚人は試験受けられないからね~」
「噂で聞いたんだ。なんでも、軍の特殊部隊クラスじゃないと受からないとか」
「大変な仕事だからね~」
「しかもそれが最低ライン。看守全員が精鋭ってわけだ」
「お喋りだねぇ。そこを降りたら発言禁止だよ」
「君の暴れっぷりを見て納得した。と同時に疑問が湧いた」
タラップから降りる直前で、サンテは立ち止まった。
サンテがギョロリと猫小を見た。
「君に看守が務まるかい、猫小さん」
「えっ?」
ニタリ。
ギザギザの歯が露出する。
「恩人に『は』手を出さない」
鯱がハッと声を上げた。
「ヤバっ、その子は――」
「小さい女の子は好みだ、味見させておくれ」
サンテが猫小に噛みつきかかった。
突然のことに猫小はキョトンとし、目を見開く。
「え――」
ガチンッ!
サンテは虚空を噛む。
「!?」
猫小が目の前から消え、サンテの背後に立っていた。
両手には血の滴るカランビットナイフ。
「ごぶぁっ」
全身から血飛沫を上げ、サンテは倒れた。
「あ」
猫小はポカンとした。
鯱が苦笑する。
「あっちゃあ~」
「うわあああ!ごめんなさい!つ、つい!」
「やっちゃったねぇ」
「わ、わざとじゃないんです!」
「見事な脊髄反射だったねぇ」
「どどどどうしよう!殺しちゃった!」
「まだギリ生きてるし、医務室運ぼっか。あ、もしもし葵?輸血の準備お願い。瀕死1名」
「ぁわわわわどうしようどうしよう」
「あとパニックが1名、鎮静剤よろ」

猫小・アマギ
火星アメリカ陸軍特殊部隊マーズフォースの元隊員
公式殺害数46人
非公式殺害数2000人以上
性格:臆病
悩み:(加減ができないため)囚人(を殺して上司に怒られるの)が怖い

「うわぁ~看守長に怒られちゃう~!」
「まずは囚人の心配しよ?」

一命を取り留めたサンテは、ちょっとだけ更生した。

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