「プリズンガードORCA」第3話

移送車が大陸間トンネルを亜音速で走る。
「猫小ちゃんは初めてだよね?別の監獄」
「はい」
「まぁどこも変わらないけどねー」
「どこもああなんだ」


第4監獄(旧南アメリカ大陸)
管理棟

「移送対象は紅・グァン。詐欺罪の懲役が終わったから、うちに移って暴行罪の懲役を始めるの」
「こっちは窃盗犯が多いんでしたっけ」
「そうそう」
「いいなぁ。うちは凶悪なのばっかだし」
「隣の大陸は青いってやつ?」
「スケールでか」
鯱が看守長室をノックする。
「失礼しまーす」
机でモニターを眺めていた大男がこちらを向く。
「来たか」
第4監獄看守長 ダグ・モーニングスター
彼は大儀そうに立ち上がり、煙草を点けた。
「君の顔を見ると古傷が痛むよ、オルカ」
「その呼び方はやめて下さいよ」
「オルカ?」
「吾輩たちは昔同じ戦場に居てね。オルカはコードネームだ。あの時は敵同士だったがね」
「て、敵ってことは……」
「こちらダグ看守長。監獄長のパシリです」
「ヤな言い方やめろ」
「過去を引きずる男です」
「だからヤな言い方やめろ」
「引きずってるのは足でしたか」
「殺すぞ」
ダグの右足は義足だ。
猫小は驚いた。
(凄い……片足で済むなんて)
鯱が端末を差し出す。
「紅・グァンの引取に来ました。指紋で押印をお願いします」
「断る」
「は?」
「え?」
「彼女は渡せない」
猫小が尋ねる。
「渡せないってどういう……」
「何故なら」
ダグは机のモニターをこちらに見せた。
「彼女は我が監獄が誇るプリズンアイドル『インフェルノ☆スター』の次期センターだからだ!」
そこには歌って踊る女囚たちが映っていた。
「プリズンアイドル!?」
「囚人と職員の士気にも繋がる画期的な活動さ。吾輩がプロデュースしている。作詞作曲も吾輩だ」
(この甘ったるい歌を!?)
※あのアルカトラズ刑務所にもバンドチームがあったのは有名な話
「この右が彼女だ。先日の人気投票で1位に輝いた」
「☆とスターって被ってない?」
「黙れ」
「こういうのうちに無いですよね?」
「うちの囚人は喧嘩の方が好きだからねー」
「というわけで紅は渡せない」
「そんな……」
「服役はここで続ければいいだろう」
鯱は呆れた。
「規則なんですけど」
「そこら辺を上手いこと誤魔化せと言っているんだ」
「こいつ本当に看守長か?」
「インスタのメンバーが欠けることは死活問題なのだよ」
「その略し方大丈夫か?」
鯱が詰め寄る。
「いいからさっさと押して下さいよー」
「義足を蹴るな」
「指ちぎって指紋貰いますよ?」
「本当にそういうことやるから嫌いなんだよ。……やめて、触らないでっ!」
「どうするんですか先輩?」
「困ったねぇ」
鯱はモニターの適当な囚人を指さした。
「センターはこの子で良いんじゃない?」
「何ぃ?」
「皆同じ顔だし誰がやっても一緒でしょ?」
「あァ?」
ダグの顔にビキンと青筋が浮く。
怒ったのは猫小だった。
「先輩、なんてことを!皆個性的で歌声も違うのに!」
「見ろこの眩しい笑顔を!一際輝きが違うだろうが!」
「激しい踊りでも疲れを全く見せず、ファンにウィンクまでしてるんですよ!誰にでもできることじゃないんです!」
「そうだそうだ!」
「なんで猫小ちゃんそっち側なの?」
鯱はため息を吐いた。
「もう何でもいいから渡して下さい。聞かないなら力づくで連れて行きますよ。いま囚人は作業場ですね?」
「なんて横暴な!この囚人泥棒!」
「初めて聞いたワード」
「先輩、よその監獄で暴れるのは流石に」
「だってさぁ」
「吾輩もそう思うぞ」
「喋んな」
ダグは煙草を素手で鎮火し、胸に付けたポケット灰皿に収めた。
「ならばこういうのはどうかね?」
「なんで上からなんすか」
「決闘したまえ。君が勝ったら――」
「オッケーわかりました、じゃあ始めますよ」
鯱がダグの胸ぐらを掴む。
「違う違う!吾輩とじゃない!」
「右手と左手どっちがいいですか?」
「ひぃいい!誰か!誰か助けてくれ!」
ドガァンと壁が壊され、若い女看守が突入して来た。
「SOSを察知。ご無事ですか看守長」
「吾輩の部屋の壁……」
「看守長を放しなさい。さもなくばアレしますよ」
「どれだよ」
鯱が看守に向かってダグを投げる。
看守にスッと躱されたダグは床に顔面を強打し、悶絶した。
「避けるなよ!」
「えっ……すいません」
「すんごい不服そうな顔。まぁいい、ちょうど君を紹介しようと思っていたところだ」
猫小は固唾を呑んだ。
(あの人……)
彼女の鋭い目に睨まれ、猫小は冷や汗をかいた。
(なんて冷たい目なの……)
「彼女はアイス・アイス=アイスだ」
(なんて冷たい名前なの……)
鯱が握手する。
「よろしくね3段アイスちゃん」
(早速あだ名付けた!)
「あなたがオルカことミセス鯱ですか。お噂はかねがね」
「独身だわ」
ダグが咳払いした。
「彼女は我が監獄の独自技術を結集したサイボーグ看守なのだよ」
「さ、サイボーグ看守!?」
「囚人制圧から外敵排除、炊事洗濯まで何でもこなすハイパースペックだ!」
(ただの器用な人!)
「3ちゃんはシャンプー何使ってる?」
「エンジンオイルです」
「臭いと思った」
「オイそこ勝手に談笑するな!」
ダグは自慢げに胸を張る。
「彼女は精鋭だ。強いぞ?全盛期の吾輩には及ばんがね」
「及びますけど?」
「戦略分析システム搭載。鋼の骨格に高強度皮膚アーマー」
「及びますけど?」
「体内エンジンは7段階!フルパワーは重機をも――」
「及ぶが?」
「ごめんて。吾輩が悪かったから」
鯱は興味無さそうな顔をしている。
「で、その子と決闘すればいいんですか?」
「その通り……オイ、勝手に吾輩の椅子に座るな」
ダグはニヤリと笑みを浮かべた。
「くく、雪辱を果たす時だ。彼女が勝てば、紅は今後もこちらで収監する」
「私が勝ったら?」
「紅を譲ろう」
「いや、元々貰うつもりですし。こっちは付き合うメリット無いんですけど」
「バレたか」
ダグは閃いたように猫小を指さした。
「よし、君が勝ったらその後輩をインスタのセンターに迎えてやろう!」
「えぇぇ!?」
「それメリットか?」
「我が監獄では看守もアイドル活動をしている。何も問題は無い」
「わ、私がアイドルなんて」
「君ならきっとスターになれる」
「でも……観るのはいいけど自分がなるのは解釈違い」
「あ、そういうタイプか。なんかごめん」
鯱が指をパチンと鳴らす。
「じゃあ、3ちゃん貰っていい?」
「何だと?」
「うちも人手不足なんで、凄腕なら是非」
「そんなこと許すわけ……」
「構いませんよ」
「アイス!」
「勝てば問題ありません。私も是非戦ってみたいのです。ミスター鯱と」
「女だよ」
戦場出禁垢BAN兵士の実力がどれほどか。興味があります」
鯱はアイスを見つめ、ニッとした。
「乗った。看守長、勝ったらちゃんと3ちゃん頂戴ね」
「クク、よかろう。後悔するがいい。では運動場を貸し切って、ギャラリーも集めよう。盛り上がるぞ」
アイスが構えを取る。
「対人モードオン。戦闘を開始します」
「吾輩の話聞いてた!?」
「参ります」
「待て!ここでおっ始めるな!」
アイスの蹴りが机を粉々に吹き飛ばす。鯱は椅子の背を倒して蹴りを躱した。
「ぴぇっ!」
「吾輩の机ぇぇ!」
「わお。スゴいパワー」
(私の蹴りを見切った!?)
鯱が立ち上がる。
「猫小ちゃん警棒貸して」
「あ、ハイ!」
鯱は両手に警棒を構えた。
「悪いね。こっちは生身だからサ♡」
「構いません」
「くそ……っ。アイス、使って良いのは4速までだぞ」
「変速。5速駆動」
「無視しないで!上司だよ!?」
アイスの猛烈な貫手ラッシュを鯱が警棒で捌き、火花が散った。
猫小は戦慄した。
(流石サイボーグ、なんて精密な動き!)
(なんでオルカは平気で捌いてんだよ)
出し抜けにアイスが放った足刀が、鯱の頬を掠った。
「やりますね、ミスオルカ」
「3ちゃんもね」
「非常にアレです」
「語彙壊滅してない?」
(……本当に強い。生身の人間とは思えない)
アイスが帽子を脱ぐ。
(加減できる相手ではない!)
アイスはズボンを下ろし、メカニカルな脚を晒した。
「あ、ピンクのレース」
「看守長見ちゃダメ!」
「きゃああ破廉恥!」
アイスの眼がカッと光る。
「変速。7速駆動。発電開始」
「フルギアだと!?アイス待て――」
足にバチバチと電流が迸る。
「いきます」
「おいで♡」
バチッ。
次の瞬間、アイスが消えた。
鯱が目を丸くする。
「ありゃ?」
アイスは天井に逆さまに着地し、真下にいる鯱を目がけて跳んだ。

霆槌脚トールハンマー

電流を伴った踵落とし。
落雷のような衝撃が起き、インテリアが吹き飛んだ。
(吾輩の部屋……)
粉塵が晴れる。鯱は警棒で踵落としを受け止めていた。
「うわ!警棒折れちゃった」
(私のフルギアが相殺された!?)
(なんで警棒以外は無事なんだよ)
鯱がもう一本の警棒を振りかぶる。
「はっ!?」
「えいっ☆」
アイスは壁に人型の穴を空け、隣室までぶっ飛んだ。
「はい、私の勝ち~」
「強っよ」
「壁に穴が……」
アイスが壁を蹴破って戻って来た。
「3秒ほど意識が飛びました。私の負けです」
「また穴が……」
「今日からうちの看守だね♪」
「約束は守ります。ダグ、転属の手続きを」
「切り替え早過ぎだろ。呼び捨てすんな」
「ほら早く押印して看守長」
「手続き、早く」
「畜生が。修繕費そっちの監獄に請求してやるからな?」
警報が鳴り始めた。
「脱獄ですか?」
「音が違うねぇ」
職員が勢いよくドアを開けた。
「大変です看守長!うわ何だこの部屋!?」
「大変なのはこっちだ!」
「それどころじゃありません!不審船が接近、恐らく宇宙海賊です!」
「何ぃ!?」
職員の端末に映っていたのは、紅色に塗装した武装宇宙船だった。
「この色……ハッ、まさか推しカラー!?熱狂的なファンが紅を攫いに来たのか!」
「囚人は避難、職員は迎撃準備に入りました」
「許せん。他の監獄ならまだしも、野蛮な海賊などに紅を渡してなるものか!」
鯱と猫小とアイスはスタスタと部屋を出る。
「じゃ、私たちは紅さん拾って帰りますんで」
「いや加勢しろや!」


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