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魔法のラムネ【超短編小説】

 僕は小さい頃から、怖がりで緊張しいな性格だ。
 雷が鳴り響く夜は、父と母に挟まれながら川の字で寝ないと眠れなかったり、楽しみにしていた小学校の遠足でさえ緊張で朝から泣いていたほど。
 どんな些細なことでも、自分にとって不安と感じたらすぐに泣いてしまい両親を困らせていた。

 そんな時よく母は、一粒のラムネを僕に見せながらこんなことを言っていた。

 「ほら、いっぱい泣くならこれを食べな。これを食べたら、強くて優しいヒーローになれるよ」

 僕の手の平にのった中くらいのラムネは、どこにでも売っているなんの変哲もないラムネ。ほんのりピンク色をしていて、甘酸っぱい味が口の中でシュワシュワと溶けていく。
 不思議なことに、母から貰ったこのラムネを食べると自然と涙が止まり、落ち着きを取り戻せた。今までどうしてこんなに泣いていたんだろうと思ってしまうほど、不安や緊張がなくなる魔法のラムネだったのだ。


 十数年後。

 母の言っていたことは当たっていた。
 

 「そろそろ、撮影が始まります。準備のほう、よろしくお願いします!」
 「はい、わかりました」
 
 スタッフの人から声をかけられた僕は、机の上に置いてある台本を手に取り準備を始める。
 
 そして鞄の中から小さなラムネを一粒取り出して、口に入れた。それはどこにでも売っている、何の変哲もないラムネ。シュワシュワとしながら口の中で溶けていく。いつもの食感、いつもの味。
 
 
 僕は、本当に強くて優しいヒーローになった。


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