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僕には何もない何も出来ないと思えてから全てが上手い事いくようになった!

僕がハノイでインタビューに答えた内容を話します。ある日1人の日本人女性から連絡があった。彼女はハノイ旅行中で合間の半日を使ってベトナムで働いている日本人にインタビューをしたいと言う。僕はその行動力に関心してインタビューを受ける事にした。彼女は大学卒業後間もない新社会人で海外で仕事をする事を考えているようだ。待ち合わせのカフェに行くと先客が居て僕以外にも何人かにインタビューをお願いしている事を察した。

インタビューが始まり彼女からのベトナムでの生活や仕事についての質問に答えた。しかし僕は話す内容を事前に考えていなかった為にインタビューの予定時間を余らしてしまった。これから海外で活躍する事を考えている若い女性に僕は何を伝える事が出来るだろうか?少しの沈黙を挟んで僕は彼女にゆっくりと語りだした。

今日あなたのインタビューに答えた人達はきっとベトナムに来た理由を海外で自分の実力を試したかったと言うだろう。僕は彼らとは違う、彼らみたいにカッコ良くはない。僕は居場所のない日本から逃げて来ただけだ。
30歳を過ぎて現状に不満と焦りがあった。
日本で仕事はあったがマンネリ化していた。
友達は遠くへ引っ越したり結婚していき疎遠になった。
僕は元カノに未練たらたらで次の彼女が出来なかった。
ってか元々女性にモテない。
大阪の町は何処に行っても元カノの面影を呼び起こし苦しかった。だから自ら出来るだけ遠くへ行き疎遠になった友達と必然的に縁を切って、元カノの面影が現れない場所を探した。そして辿り着いたのがたまたまベトナムだった。ベトナムにはあなたのインタビューに答えない僕みたいな日本人も沢山いる。

そうしてベトナムに来た僕は30年間の経験を武器に仕事に励んだ。
でも人生はそんなに甘くない。30年間磨き続けた僕の自慢の剣は何も切る事は出来なかった。僕の周りでも1人また1人と敗れて日本に帰って行く人を見た。そして僕もこのベトナムで全てを失った。

しかしベトナムは何もない何も出来ない僕に優しくしてくれた。ベトナムで出来た日本人の友達もベトナム人の友達も僕からは離れなかった。「お金なんて無くてもベトナムで生活はできる」と言い僕を生かしてくれた。

今まで僕は頑張らないと人は付いて来ないと思っていた。でもそれは間違いだったとやっと気付いた。そしてみんなに支えられて生きている僕はみんなの為に僕が出来る事をした。そこから仕事の依頼が増えて小さなチームを作るまでになった。

若い時はみんな自分は何でも出来るどんどん挑戦して成功してやると思い行動する。でもいつかきっと頭を打つ時が来る。その時に世の中や誰かのせいにするのではなく何も出来ない自分を認めて、みんなに生かされていると気付く事が出来ればそこから成功への道が始まると僕は思う。

僕の言葉は優秀な彼女にとって何の役にも立たなかったかもしれない。しかしもし誰かの苦しみや悩みを少しでも和らげる事が出来るならと思いnoteにしておく。

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