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情を手放し・・・慈悲を生きる

(メインブログ「神様達と共に」で2019年8月27日にアップした記事「情を手放し・・・慈悲を生きる」の内容を、一部修正&加筆して再アップしております。)


いやぁ・・・最近はホント、いろいろと大きな事件やニュースが出てきていますね。

そこから目をそらして生きるのは簡単なのですが・・・今の時期、あえて真正面から受け止めることで、未来の変化も乗り越えやすくなるように感じています。

ですから、このブログでは・・・この世で起きている暗い出来事も、必要だと感じた分は、できるだけ扱っていこうと思っています。

ちなみに・・・昔は、暗いニュースがあっても、ほとんど気にしてなかったのですけどね(笑)

でも、あれから僕も一歩ずつ成長してきた中で・・・少しでも縁を感じたことからは、できるだけ目をそらさないで、心を開いて向き合うことが大切だと理解してきました。

ただもしかしたら、それだと生きることが苦しすぎる・・・と思う方もいらっしゃるかもしれません。

そういう方はもちろん、ご無理はなさらずに・・・このブログはご参考程度にされて、どうかご自身を大切にされることを、重視されて下さい。


これは、僕が学んできたことですが・・・生きている中で、なぜ苦しいと感じるのか・・・その一つの原因には、『情』という要素が深く関わっているようです。

情と慈悲(愛)は異なるもので、情は喜怒哀楽というプラスとマイナスの二面性を持っていますが・・・愛と慈悲は、二面性を超越した要素です。

スピリチュアルでは、よく議論されることかと思うのですが、光が強くなるほど闇も強くなると・・・だから、光と闇は表裏一体だと・・・。

実はこれは、まだ心が情の次元にある視点で・・・もし魂を育み続けて情を手放して、愛と慈悲を力強くしていくことができれば、徐々に心の中に光だけを宿して生きていくことも可能なのです。

一歩ずつ情を手放し、愛と慈悲を大切に生きてくことができれば・・・その分、心の次元が高まって、苦しみが少なくなり、穏やかで、あたたかな心理状態に変化していけます。

多くの方がすでに感じていらっしゃるように、困難を乗り越えた分、心があたたかくなっていき・・・すると、人生はよりスムーズに調和し・・・穏やかな幸せが深くなっていくもので・・・これは、やはり普遍的な真理だと感じています。


ただ、かつての古い神々は・・・滅びゆく宇宙の中で、あえて打算的に闇の影響力を持って、全て人類に自分達の闇の基準を押し付けていました。

(この点については以前、聖母マリアさんの方から「暗闇を手放して」という記事の中で、明らかにして下さっていましたよね。)

ですから・・・お釈迦様も、キリストさんもあれほどまでに迫害されましたし・・・特にお心が優しい人ほど、なぜか過去に非常に苦しい体験してきた傾向があります。

これは実は、あくまでも古い神々の影響力で・・・彼らがいなければ、本来は心に光があるほどに、現実も幸せになるのが自然な宇宙の法則なのです。

ここ数年でしょうか、やっと古い神々の影響力が無くなり・・・自然な宇宙の法則が反映されるようになってきて、お心が優しい方の人生がだんだんとお幸せへと高まるようになってきました。

しかし・・・すると今度は変化の時代がはじまりまして・・・先日のお釈迦様の記事でもありましたように、末業の課題に直面する人が増えてきました。


今、自分自身のより深い部分の課題が見えてきて・・・それを癒そうと頑張っている方が、とても多くいらっしゃるように感じています。

また、さまざまな暗いニュースが増えてきて、人々の心も波立ちやすくなってきましたし、それを受け止めるのが苦しい・・・という状況も出てきたように思います。

この時に、『情を手放し・・・慈悲を生きる』という核心が、いよいよ大事になってきたと思うのです。

古い神々が去りまして・・・今はこの生き方に反対する神はいませんし、全ての神々、仏様がこの方向性に協力してくれるはずです。

これはホント、スピリチュアルの核心だと感じています。


しかし、だからこそなかなか扱いが難しい内容でもありまして・・・ですから、今まではあえてこのブログでは、深く触れてこなかったのですね。

今・・・日本が多くの困難に直面している中で、お客様や読者様の中でも、この『情』に向き合っていらっしゃる方も増えてきているのを感じています。

そして・・・この『情』をいかにして手放し・・・いかにして愛と慈悲の生き方へシフトするのか・・・という部分が試されている方がとても多いと感じるのです。

本当は、真実をよく理解することができれば・・・情を手放していくことは、そこまで難しいことではないと思っています。

魂の運命の中には、段階的に情を手放して、愛と慈悲を育んでいくプロセスがあらかじめ用意されていて・・・それは本来、自然なものだからです。

逆に今の世の中に、あまりにも不自然な情報が多すぎて・・・それが、この自然なプロセスを邪魔していたり、脇道に誘惑するので・・・なかなか情を手放せずに、苦しんでいる方が多いように感じています。


今回、すでに天の係長の方から、このテーマでメッセージをお届けしたいという意向を受け取っていました。

これまでなかなか神様達からのGOサインがないので、あえて保留していたテーマですが・・・この核心をお届けできないと、ブログも先に進めないので・・・「やっとお届けできる」という感じです。

ではでは、天の係長にきて頂きましょう。

どうぞよろしくお願いします。

(*ちょっと長くなりましたので、お時間がない方は、ゆっくり読んで頂けましたら、ありがたく思います。)


天の係長「ありがとう・・・こうして皆さんへ・・・メッセージをお届け出来ること・・・嬉しく思います・・・。

今の時期は・・・とても急を要する時期で・・・一人一人の中で・・・早急に準備して・・・新しい時代の変化を受け止めていく必要があります。

なぜ今まで・・・このような『情』に関する情報をお届けしなかったのでしょうか・・・?

なぜなら・・・あえて『情』に深く関わって・・・『情』とは何かをよく知るべきプロセスの人も多かったからです。

もし私達から・・・情を手放すことを強く伝えれば・・・かえってそのプロセスを邪魔してしまうかもしれません・・・。

ですから・・・まず最初にお伝えしたいのは・・・必ずしも情が悪いわけではない・・・ということです。

もしあなたの中で・・・今は情を学んでいると・・・もしくは・・・今はこの情を持って人と関わるのが自然だと・・・そう感じるのでしたら・・・どうぞそうされて下さい・・・。

難しいのは・・・全ての人が・・・それぞれのプロセスを進んでいるということで・・・特に若い方は・・・まだ情を持っていることが自然なケースも多いのです。

年齢を重ねても・・・特に調和するのが難しい人間関係においては・・・とりあえず『情』を持って・・・関わらざるを得ない場合もあります。

なぜなら・・・人が一旦・・・本当に『情』を手放すプロセスに入ると・・・周囲との軋轢や・・・問題の難しさが増してくるからです・・・。

ですから・・・まだ準備ができていない段階では・・・あえて情を持っていてよいのですが・・・。

心の次元が高まってきた人の場合・・・その人の愛と慈悲が・・・より大きく育まれてきたので・・・あえてトラブルの中で・・・『情』を手放すチャンスを招き寄せているケースがあります・・・。

今・・・多くの人の中で・・・このような状況があるようです・・・。

今まで苦労してきた人や・・・人間関係の中で・・・なかなか報われなかった人すらも・・・今・・・あえて苦しんでいるのは・・・もうこの『情』のステージを突破して・・・よりしっかりと愛と慈悲のステージに登ろうとしているからなのです・・・。

そうだとしたら・・・これは本当に素晴らしい挑戦で・・・あなたの魂が・・・より高度に成長しようとしていることを意味しています。

この時に・・・人生は・・・山登りに例えることができます・・・。

裾野から出発して・・・少しずつ高いところへ登っていきますが・・・いつも歩むペースは一歩ずつで・・・無理をせず・・・自然な歩幅で歩んでいくことが大切です。

休むべき時は休み・・・耐えるべき時は耐え・・・頑張りどころでは頑張る・・・。

山登りも・・・人生も・・・そういう点が非常に似ているのです・・・。

また・・・裾野の方が人が多く・・・頂上に近くなるほど・・・人が少なくなる点も似ていると思います・・・。

つまり・・・人生も山登りも・・・先へ進み・・・辿り着くべき頂点に近くなればなるほど・・・心を触れ合える人が少なくなり・・・しかし周囲の空気は清らかに澄んでいきます・・・。

孤独や・・・寂しさに耐え・・・それでも先に歩み続ける時に・・・その景色は美しくなっていきます・・・。

これはまさに・・・人の魂が成長していくプロセスもそうなのです・・・。

心を磨き・・・愛と慈悲を重んじて・・・魂が成長してきますと・・・だんだんと価値観を共有できる人が少なくなっていきます・・・。

すると・・・周囲に人がたくさんいても・・・孤独を感じたり・・・自分が一人で生きているような感覚になったりします・・・。

しかしその分・・・不思議な導きや・・・インスピレーションを感じることが増えてきたり・・・。

特に・・・人の優しい心遣いや・・・神々の清らかなサポートなどに・・・とりわけ感謝できるようになっていきます・・・。

これはすでに・・・魂の次元が高まるプロセスが進んでいるからで・・・情が手放されていることを意味しています・・・。

情が強いうちは・・・山の裾野もそうですが・・・色彩が豊かで・・・エネルギーも雑多で・・・いろいろな交流もあります・・・。

喜怒哀楽が強く・・・楽しい時はとても楽しいのですが・・・悲しい時はとても悲しく・・・怒る時はとても怒ります・・・。

しかし・・・魂の次元が高まるほどに・・・このようなアップダウンが少なくなっていくのです・・・。

喜怒哀楽はありますが・・・自然な範囲になってきて・・・あまり怒ったり・・・悲しんだりせず・・・一方で・・・あまり喜びすぎず・・・楽も強く求めなくなります・・・。

今まさに・・・あなたが情を手放す試練に向き合っているとしたら・・・。

それはつまり・・・愛と慈悲の歩みで・・・一歩先へ登るのか・・・それとも情を強めて・・・一歩下へ降りるのか・・・という分かれ道でもあるのです・・・。

やはり・・・愛と慈悲の歩みを続けることは大変なことです・・・。

山を登っている人が・・・いつまでも登り続けられるわけではありません・・・。

ですから・・・一時的によく休んだり・・・自分を大切にする時間を持ってもよいのです・・・。

あまり無理をしたり・・・頑なに間違ってしまうと・・・場合によっては・・・転げ落ちるように堕ちていく人もいます・・・。

もちろん・・・それが悪いとも言いません・・・なぜなら・・・そこにこそ重大な教訓がある場合もあるからです・・・。

しかし・・・基本的には・・・やはり・・・スムーズに一歩ずつ登っていけた方がよいのです・・・。

なぜなら・・・それは私達神々と共に歩む道であり・・・これからの変化の時代でも・・・私達の加護を受け取れる道でもあるからです・・・。

考えてみてほしいのです・・・多くの神々が・・・これから・・・この世界は大きく変わっていくと言っています・・・。

今はまだ・・・多くの人達が半信半疑ですが・・・本当にそうなのです・・・。

その変化の中で・・・山の頂上近くまで登っていた方は・・・その時に受ける衝撃は少なくなります・・・。

逆に言えば・・・あらかじめ山を登って・・・必要な変化を終えている分・・・いざ大きな変化がはじまった時の衝撃が少ないのです・・・。

むしろ・・・新しい時代の到来にワクワクして・・・そこから人生に前向きになれるかもしれません・・・。

それはつまり・・・情を手放し・・・愛と慈悲を育んで生きてきたので・・・周囲の人達が大きな感情に飲み込まれていたとしても・・・自分はそこに乱されずに・・・落ち着いていられることを意味しています。

もちろん・・・そういう人が上だとか・・・差別的なことを言いたいわけではありません・・・。

これはごくごく自然なことで・・・人は本当の意味で自然に生きていたら・・・不要な『情』手放し・・・自分らしい愛と慈悲を育んで生きていけるものなのです。

不要な情とは何かと言えば・・・強過ぎる喜怒哀楽であり・・・そこに拘る観念でもあります・・・。

人は・・・拘れば拘るほど喜怒哀楽が強くなるものです・・・。

たとえば・・・『助けてほしい』という気持ちに拘れば・・・私達神や・・・人が助けてくれない時に・・・怒りや哀しみが強くなります・・・。

そして・・・逆に助けてもらえると・・・喜びや楽な気持ちも強くなります・・・。

魂の成長過程の中で・・・その状態がまだ自然な人もいますが・・・もう手放していくべき人もいます・・・。

私達神々は・・・なぜ苦しんでいる全ての人達を助けないかの理由も・・・一つにはこの辺にあります。

なぜなら人は皆・・・魂を磨き育む道を歩んでいて・・・自らの運命の中で・・・段階的に情手放す課題と向き合い続けているからです。

実際・・・自分の内面と向き合って・・・情と拘りさえ手放すことさえできれば・・・スッと楽になれることが多いのです。

義務や責任・・・ということも・・・情と密接に関わっている場合があります。

親だから・・・子供をしっかり育てなければ・・・と・・・強い義務や責任を持ちますと・・・子供への情が強くなってしまいます・・・。

すると・・・どうしても子供のことが気になり・・・喜怒哀楽が強くなり・・・それによる苦しみも増えてくるのです・・・。

ただ難しいのは・・・必ずしもそれが悪いわけではないということです・・・。

もし最初から・・・つまり・・・まだ情を学ぶ前から情を捨ててしまえば・・・子供に無関心な・・・冷たい親になってしまいますし・・・それはそれで・・・子供の心に傷を残してしまうことでしょう・・・。

ですから・・・実は情を持って生きるプロセスは・・・愛と慈悲の次元を高める上でも・・・周囲と正しく関わっていく上でも・・・最初は重要なプロセスなのです。

多くの人の場合・・・子供と向き合うことを通して『情』を知り・・・子供が自立する頃から・・・徐々に情を突破して・・・愛と慈悲のステージに上がっていきます・・・。

ごくごく平凡な人でも・・・愛と慈悲の次元が高い場合があって・・・逆に・・・世間的に評価され・・・成功している人でも・・・まだ情をしっかり握りしめている人もいます・・・。

何がよい・・・何が悪いと・・・簡単に言うことはできませんし・・・その人なりに・・・精一杯人生に向き合っていれば・・・それでよいとも言えます。

情を手放すプロセスは・・・基本的に自然とやってくるもので・・・多くを求めずに・・・争わずに耐えていれば・・・多くの場合・・・自然と情を手放していけるのです。

相手に多くを求めず・・・不平不満を手放すことも・・・情を手放す上で・・・重要なプロセスです。

人は・・・多くの場合・・・苦しい時ほど心が乱れやすく・・・普段は考えないような考えが・・・思い浮かぶのですが・・・。

その時こそ情を手放すチャンスで・・・心の奥を見つめ・・・自分が何に拘っていたのかに気付くことができて・・・思い切ってそれを手放そうと・・・そんな風に決心することができればグッと楽になれるのです。

この部分は・・・今・・・多くの人に必要な情報だと思います。

たとえば・・・他人から愛されたいと思う時・・・愛を求める気持ち自体が・・・拘りになっている場合があります。

その拘りを手放そうとすると・・・自分がそもそも愛されない存在なのではないかと・・・怖くなるのですが・・・。

しかし・・・あなたはいつも・・・愛されるべき存在で・・・これは本当の真実です・・・。

私達は・・・いつもそのように言っていますよね・・・?

あなたのことを・・・大切に思っていますよと・・・あなたを愛していますよと・・・。

あなたはそのままで・・・素晴らしい存在だよ・・・と・・・。

とても多くの神々が・・・これまで伝え続けてきたと思います。

このことを・・・本当に心から信じられた時・・・愛を求める拘りも・・・手放しやすくなるのではないでしょうか・・・?

それによって・・・私達の愛を受け取りやすく・・・心に受け入れやすくもなります・・・。

強く愛を求めていても・・・自分が愛されていることを信じていないとしたら・・・。

それはやはり・・・心で信じていることが現実を創造するのですから・・・愛を受け取りづらくなってしまうのです・・・。

かつて・・・イエス・キリストが・・・『信じるものは救われる』と言いましたが・・・つまり・・・こういう意味だったのです。

神はいつも人を愛し・・・人を大切に想って見守っています。

しかし・・・情のステージを生きる人は・・・愛とは情であると思っていますので・・・神に情を求めるのです・・・。

つまり・・・喜怒哀楽の喜や・・・楽を刺激するような・・・そんなエネルギーをほしがるのですよね・・・。

でも・・・私達は・・・すでに情のステージにいないのです。

ですから・・・私達が届けるのは・・・ただただ純粋な愛と慈悲であり・・・ほとんど喜怒哀楽を刺激するものではありません・・・。

喜怒哀楽は全て繋がっている感情で・・・一時的に・・・喜や楽が得られても・・・いずれ努や哀もやってくることになります。

一つの感情が強くなれば・・・その裏側の感情も強くなってしまうのです。

だとすれば・・・私達がもし喜や楽という・・・情のエネルギーをたくさん与えたら・・・それはかえって人を迷わせていることになりますよね・・・?

人は皆・・・魂の成長という山を登っていて・・・段階的に喜怒哀楽を手放し・・・より清らかで・・・より力強い愛を慈悲を育む道を歩んでいます。

もちろん・・・完全に喜怒哀楽を手放す必要はなくて・・・自然な範囲での情は残ります。

情とはつまり・・・魂の本質である・・・愛と慈悲を表現するための・・・一つのツールなのです。

ですから私達はむしろ・・・魂の道を歩むためのサポートをお届けしています。

以前・・・ピースさんの神様が・・・『スピリチュアルとはマラソンで言うところの給水所だ』とおっしゃっていました・・・。

まさにその通りで・・・人は自分の足で一歩ずつゴールを目指す必要があって・・・私達神々は・・・そのプロセスの中で・・・皆さんが迷わないように・・・あきらめないように・・・サポートをお届けすることができます・・・。

山登りで言えば・・・水がなくなったときに・・・湧き水の場所を教えたり・・・。

食べ物がなくなれば・・・果実がなっている場所を教えたり・・・。

もしくは・・・この先に進むために・・・登りやすいコースへのヒントを届けたりします・・・。

自分で歩み・・・自分で考えることも必要なので・・・あまり具体的に・・・全部をしてあげることはできないのです。

ただ私達神々は・・・縁を大切にしますので・・・人がこちらを信頼してくれれば・・・その分・・・支援をお届けしやすくなります。

そこに見返りはなく・・・ただただ皆さんを愛しているから・・・そのようにするのです・・・。

その人のプロセスによっては・・・受け取りやすいものとして・・・少しの情を届けることもありますが・・・あまり多くを届けることができません・・・。

その人が生まれ持った運命・・・一歩ずつ山を登っていく道筋を・・・情が見えなくさせてしまうこともあり得るからです・・・。

そういう意味では・・・あえて情は届けずに・・・ただただ愛と慈悲で見守り・・・必要な分・・・そのエネルギーをお届けしながら・・・ヒントと導きをお届けするのが・・・私達の役割と言えるでしょう・・・。

この時に・・・もしかするとあなたも・・・私達と同じように・・・関わっている人に・・・あえて情を届けずに・・・いかに愛と慈悲で見守れるかが試されていると・・・そう気づくかもしれません・・・。

そう・・・その人は生まれながらに・・・魂を成長させる運命を持っていて・・・自分で自分の山を登っていく必要がある・・・というところまで考えた時に・・・。

私達は・・・あえてあまり差し出がましいことを・・・すべきではないかもしれません・・・。

自分自身が情を勉強するために・・・それが自然だと感じるうちは・・・情を届けることも必要ですが・・・。

次第に・・・そのような在り方に違和感を覚えるようになってからは・・・徐々に情を手放し・・・ただ愛と慈悲と共に・・・相手を信じて見守るような姿勢が重要になってきます。

心から相手を信じられた時・・・もしくは・・・心から相手の心を思いやれた時・・・人は内側に・・・愛と慈悲を持つことができます・・・。

本当は辛いだろうけど・・・苦しいだろうけど・・・でも・・・これはその人が乗り越えるべき課題なのだと・・・それを越えることこそが・・・その人にとって・・・本当の幸せに繋がっていくのだと・・・。

そう考えた時に・・・あなたはきっと情を手放し・・・愛と慈悲を持って・・・その人をあたたかく見守ることができることでしょう・・・。

これは・・・人として生きていく中で・・・非常に難しいことの一つです。

どうしても・・・不安になったり・・・心配になったり・・・もしくは・・・不満や哀しみが出てくることもあります・・・。

しかし・・・それでも信じ抜くことができれば・・・自分と謙虚に向き合うことができれば・・・。

あなたは必然的に・・・その情を手放し・・・また一歩・・・大きな愛と慈悲を育むことになるのです・・・。

それは・・・あなたの魂の実質的な成長で・・・とても貴重な経験です・・・。

あなたが・・・縁ある全ての人の魂の成長を願い・・・全ての出来事は・・・その成長のために必要で起きていると信じる時・・・あなたは情を手放し・・・愛と慈悲で生きられるようになっていきます・・・。

もちろん・・・縁のある人間関係の中で・・・自然とアドバイスをしたり・・・心に寄り添ったりすることも・・・よいことかもしれません・・・。

あなたの魂のプロセスの中で・・・自然な情であれば・・・それはむしろ・・・表現されるべきものです・・・。

あなたらしく・・・一歩ずつ・・・このプロセスを歩んでまいりましょう・・・。

多くの人が今・・・この情を手放すプロセスを歩んでいますが・・・無理をせずに・・・まず落ち着いて・・・心を整えることからはじめてよいのです・・・。

だんだんと・・・気持ちが落ち着いてきたら・・・自分の心の奥を見つめてみましょう・・・。

そこに・・・情を強めてきた拘りや・・・なにかを求める気持ちがあったのなら・・・それをよく感じ・・・よく認識した上で・・・手放すように・・・決心してみて下さい・・・。

そのプロセスは・・・やはり苦しいのですが・・・ただ・・・その苦しみは・・・今まさに情を手放しているサインでもあります・・・。

何かを求めることは・・・悪いことではありません・・・。

人は・・・求めることを通して・・・希望を抱き・・・前に進めるものだからです・・・。

ただ・・・そこに強く拘らずとも・・・本当に必要なことは・・・ちゃんとあなたの運命の中に存在しています・・・。

ですから・・・どうか安心して下さい・・・。

逆に・・・運命の中で・・・あなたに必要ではないものは・・・手放すようにされた方が・・・よりあなたらしく・・・幸せに生きていけるのです・・・。

神は・・・あなたらしい幸せに辿り着ける様な・・・そういう運命を用意して下さっています・・・。

つまり・・・世間一般で言われているように・・・努力して多くを求めずとも・・・最初から・・・あなたの中に答えがあって・・・あなたは自らの運命という・・・魂の挑戦に沿って生きていけばよいのです・・・。

よかったら・・・その道を・・・私達神々と共に・・・一歩ずつ歩んでまいりましょう・・・。

あなたが山を登っていく中で・・・私達は・・・あなたの心の力を信じながらも・・・どうしても必要な支えや導きを・・・お届けさせて頂きます・・・。

このメッセージを・・・お届けできて・・・本当によかったです・・・。

受け取りづらい方もいらっしゃるかもしれませんが・・・その場合は・・・ゆっくりでかまいませんので・・・あなたの歩幅で歩んでいって下さい・・・。

その中で・・・きっと全ては一つずつ・・・調和し・・・変わっていくことでしょう・・・。

これからの変化も・・・きっと私達の導きの中・・・皆さんは越えていけると信じています・・・。

ありがとう・・・あなたのお心と共に・・・私達はあります・・・これからも・・・ずっと・・・。」


天の係長、ありがとうございましたm(_ _)m

いやぁ・・・奥深いロングメッセージだったと思います。

かなり濃い内容だったので・・・降ろして、ちょっとヘロヘロになっております(;^ω^A

やはり僕自身も、このブログを続けていく中で、常に情を手放すプロセスを試されてきたなぁと感じています・・・。

特に、潜在的な「認められたい」という拘りは・・・情を強めていたなぁと思います。

これまで、少しずつ情と拘りを手放せてきたことで・・・自然といろいろなトラブルも解消されて、なんとか、この仕事を続けられている実感もあります。


たぶんブログにせよ、一般的なエンターテイメントにせよ・・・情のエネルギーが込められていた方が、人気が出ると思うのですよ。

よく観察すれば、全体的にそういう傾向があることがわかると思います。

でも、このブログを進めていくうちに、だんだんと僕の中で情のエネルギーを込めることに、違和感が出てきまして・・・。

特に最近は、いろいろな方々のお気持ちを感じると・・・こういう時期だからこそ、あえて情を込めずに、まずは気持ちを落ち着けることが大事で・・・それは、僕自身の心の癒しを深める上でも大事なことだと感じています。


情のエネルギーってたぶん・・・癒しを深めたり、人との信頼関係を深める上では、弊害になることが多いと感じています。

情は喜怒哀楽で繋がっているものですから・・・一時は、喜と楽の状態でも、いずれは努や哀が必ず出てきて・・・すると、いろんなトラブルが生じやすいと感じるのです。

ですから基本として、情を手放して落ち着いて生きていくことが大切で・・・それは情を否定したり、フタをするわけではなくて、素直なあたたかい心を中心に生きていくことが大事なのでしょう。

『愛と慈悲』って言いますと、なんだか高尚な感じがしますが・・・ツールとしての、自然な情はあってよいわけですから・・・実は、シンプルな心の中に、すでにちゃんと答えがあるように思います。


ただ・・・これってシンプルなんですけど、実際にやっていくのは奥が深いんですよね。

あるじは時にスパルタなので、僕はこれまでヒーヒー言いながら情を手放してきましたし・・・つい最近もそうでした(笑)

つくづく、この人生という山を登るって・・・大変だなぁと思うこともあります。

でも、この山を登っていればこそ・・・時には一息・・・お茶でも飲みながら・・・キレイな空気を吸いながら・・・美しい景色を楽しみながら・・・神様達と心を重ねながら、歩んでいくこともできるのです。

世間一般を見渡すと、ちょっと寂しいこともあるかもしれませんが・・・魂の山登りには、それはそれで、世間にはない楽しみ方があるわけですね(^^)


今回のメッセージが、あなた様のお心の中で・・・必要な理解として届きましたら・・・嬉しく思います。

そしてよかったら、これからも共に・・・自分らしい運命の山登りを・・・一歩ずつ続けてまいりましょう。


ご覧下さりまして、ありがとうございました。


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