一番うまかった酒

弱くもなく、強過ぎることもなく。
食べ物に比べるとこだわりは弱めのわたし。
ただ、甲類の焼酎を割ったような安酒を飲むくらいなら
オレンジジュースかコーラでいいです、とは思っている。

今のところ人生で一番美味しかった、思い出深いお酒の話をしたいと思う。

大学生の頃、家族旅行で京都に行った。
父の退職祝いだったような気がする。
とにかく贅沢づくしの旅で、2日目の夜に先斗町のお高めのお店を予約していた。
確かフグだかカニだか海鮮系の鍋物だったと思う。

ところが店に着くと、座敷の席に案内されそうになった。
当時母が膝を痛めており、父が事前に椅子席を予約していたのに。
受付のスタッフも横柄な態度で尚更父は機嫌を損ね、
こんな店キャンセル!だと踵を返した。
キャンセル料だのそんなの勝手だのと店員に文句を言われながら。

威勢良く店を後にしたはいいものの、
父は内心途方に暮れたと思う。どうだろう。
でもそんな素振りは見せず、何事もなかった顔をして、
10分くらいかな。家族4人でさまよった。

家族には何の相談もなく、唐突に店は決められた。
「蛸長」という小綺麗なおでんやだった。

しつこいがフグだかカニだかを楽しみにしていたのに。

「おでんかよ!」と当時思ったことは覚えている。
(急遽のキャンセルで気まずい雰囲気もあったため口には出さなかった)

ところが出されたおでんの出汁は透き通って、
煮崩れせずに一品一品が作品のように出てくる。
小さな店のカウンターの一辺を埋め尽くし、
その美味しさに夢中で頬張った。
一番印象深いのは季節野菜だったであろう海老芋で
その後お目にかかっていない、また食べたいものの一つ。

そこで飲んだ何の変哲もない熱燗。

無個性な蛇目の猪口に、
銘柄も超定番の白鶴だったような。
それなのに家族で何合イったことか。
後にも先にもあんなに美味しい熱燗には出会えていない。

後日、池波正太郎が通ったという老舗だったことが分かり
今は亡き父の「酒呑みの勘」にあっぱれである。



-ー追記ー-ーーーーーーーーーーーーー
予約していたお店は海鮮でもなんでもなく、軍鶏だったらしい。

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