見出し画像

メガネと筋トレの話。

一見なんの脈絡もないように思えるメガネと筋トレ。
実はこれは私が受けているコーチングで出てきたワードです。人は何かの物事を捉えるとき、自分の過去の経験から基づく憶測で判断しようとする。誰しも「こうあるべきだ」「こうしなくてはいけない」など、自分のフィルター=心のメガネを持っているそう。その心のメガネというものは非常に厄介で、ときに自分自身を苦しめてしまうもの。

誰もが持っている心のメガネ

心のメガネって何ためにあるんだろう。
私は自分にも他人にも「こうあるべき」「こうしてはいけない」などの感情を抱いてしまう。こんな厄介な性格自分でも辞めたい。そのため、コーチングで私のこの「息苦しさ」について吐き出してみた。
するとコーチは「AIKIさんはすごく大切にしているメガネがあるんですね」と言ってきた。

??

メガネは邪魔だからコンタクトレンズ一択だし、一体何お話しで?という気持ちに。笑いそうになりながら(失礼)話を聞いていくと、どうやらコーチが言いたいことは視力矯正のメガネではないらしい。

「誰しも何かの物事を見るときには、心のメガネを通して見ているんですよ。」ということだった。
なるほど、コーチの言うメガネというものは、物事を捉えるときの自分のフィルターのことだったのか。私の日々の息苦しさは自分の頑固さによるものだと思っていたけど、心のメガネをガッチリと装着していたせいなんだ!と妙に納得した。


心のメガネ=これまでの人生の価値基準

そんな心のメガネなんていらないや!ポイ!
と捨てたいところだけど、これはこれですごく大切なものだそう。心のメガネ=これまでの人生における価値基準。いわばこれまでの自分の人生で起きた色んな出来事から、自分の心を守ってくれた大切なメガネだということ。そんな話を聞くと、さっきまで憎たらしかった自分のメガネが愛おしく見えてきた。
そうか、考えてみると今まで物事を善悪で判断してきたし、自分の価値観を基盤に他人の言動を見てきた。「この人はどうしてこんな物言いが出来るんだ?」「これはこうすべきだろう」という思考に苦しめられ、しまいにはそのブーメランは自分に返って来た。なんてカチンコチンな頭なんだ!


心の筋トレで軽やかで柔らかな自分に

自分で自分に向けて投げるブーメランはすごく辛かった。完璧主義だとは思ってこなかったが、大抵のことは自覚がないもの。実際には完璧に出来る事なんて何もないくせに、人に厳しい自分が嫌だった。大きな気づきを得て泣きそうになる私に、コーチは「心のメガネはの着脱や着せ替えをするには、心の筋トレが大切ですよ」と言う。心の筋トレというものは、思考のクセを矯正していくことらしい。
これまでの価値基準は無くせるものでなければ無くす必要もない。けれど、まず自分には思考のクセがあって、しかもそのクセは人間誰もが持つものだということを理解し、認めることが心の筋トレになるんだとか。なるほど、そうやってメガネを少しずつ外す時間が増えたり、違うメガネをかけてみれば、もう少し軽やかで柔軟な自分になれるのかな。



メガネと筋トレ、関係なさそうだけど内省にはとっても大切な要素。今後ジムでメガネかけて筋トレしている人がいたら思い出すだろうなぁ。笑


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?