七草にちかへの感情を綴ったら、W.I.N.Gを見に行ったモブ男性の怪文書になってしまっていた。

(4/5,12:00.アイドルマスターシャイニーカラーズというゲームで、新キャラクターとして『七草にちか』というアイドルが追加されました。ゲームで彼女に触れてみて、もう、なんか、感極まったので、超ライト層のくせに怪文書を書きました。ネタバレ注意)

ーー


同僚に連れられ、W.I.N.Gの決勝に行って彼女――七草にちか――のパフォーマンスを見た。
その瞬間、俺は、君に心を奪われてしまった。
けれどこれは、君の担当、すなわちファンになった、ということではない。

何に惚れたか。
単純だ。

執念だ。


自分には何もないと思って生きている。そんな人間は普遍的で、かくいう俺もそのとおりだった。
人生には数多の道があるが、俺は光さすような、そういう道は歩めなかった。かといって暗澹たる道でもない。普通の一般群衆、虫けらのようなモブの道だ。
そんな俺は、同僚からアイドルのコンサートに誘われた。

同僚は言った。
「今日出るさ、七草にちかって娘、おすすめなんだよね」
「へえ。なんか凄いのか?」
「いいや。何も。才能は無いと思うよ。でも凄い」

見ればわかるさ、と奴は言ったが、腑に落ちなかった。
そもそもアイドルにスカウトされたりオーディションを受けたりする人は少ない。
いくらこの世界が芸能活動活発だからってこんな仕事につけるやつ滅多にいない。アイドルなんて、全員が全員天才に近いはずじゃないかと。
いや、アイドルに限った話じゃないんだ。野球の選手でも動画配信者でもなんでも、憧れられる職業の裏には諦めた人が多く存在して、妥協しながら日々を貪ってるんだ。
才能が無いだなんて、栄光と呼ばれるW.I.N.Gの決勝の舞台に立てた奴が?
それはあまりに諦めた人に失礼じゃないか?
そんな苛立ちを抱えながら、指定されたチケットの場所まで移動した。

結論から言おう。そういう疑念は、始まって数十秒で打ち砕かれた。

彼女は最後に登場した。だからこそ、皮肉にも俺でもわかった。
前に登場したどのアイドルよりも、光るモノが無いと。

いや、完成度が低いわけじゃない。むしろ、完成度は高い。
けれど、なんだろうか――ステップ、ボーカル、ビジュアル、その全てが、頭打ちに見えた。
成長性が無い。そのことが、はっきりと見えてしまった。

ああ、彼女には才能が無い。わかった。わかってしまった。
磨けば光るものもない。彼女の本質は、ただの、憧れた、素人。
後に同僚に聞いた話じゃ、敏腕であるプロデューサーに平凡と言わしめたパフォーマンス。

けれど、なぜか、涙で視界が歪んだ。

なぜ、なぜなんだ。才能などあるはずもないのに。そこまで頑張るのか。

きっと彼女にとってアイドルは天職じゃない。普通の会社員、社会の歯車こそがそれだろう。
好きなものも、夢もあったことも忘れて、日々を貪って生きて、会社と自宅を往復して、友達と世知辛いね、って笑ってダサくて慎ましい幸せを得るはずの彼女が。時は過ぎて主婦になって、たまにテレビを点けたらアイドルを見かけて「お母さんもなりたかった時期あったんだよね、アイドル」だなんて自分の子供に言い聞かせるはずの運命にある、あったはずの彼女が。


どうして?


「な、凄いだろ?」
「……」

答えられなかった。何もわからなかった。自分が泣いた意味も、彼女の動機も、凄さの形容も。

会場は異様な雰囲気に包まれていた。

それから、発表があった。
彼女はW.I.N.Gで、優勝した。


打ち上げのため、飲み屋に行くことになった俺は電車でつり革を掴んで揺られながら彼女のことを検索エンジンにかけた。話しかけてくる同僚を無視しながら開いたページは、W.I.N.Gに望む彼女のインタビュー。

『靴に合わせなきゃ駄目なんです』

どういう意味だ?一瞬わからなくなった。けれど、読みすすめるうちに理解した。
靴というのはするべきロール、役割のことだ。ダンス、歌、ビジュアル、世間に求められる様々な要素の中で、どういう生き方を貫くか。彼女らの人格――すなわち足ーーに合うものを選ぶか、それとも合わなくとも、世間に迎合する良い靴を履くか。彼女は後者を選んだ。彼女には憧れるアイドルがいて、その靴を履きたいと思ったそうだ。
読み終わった後、はっと気がついた。
俺が彼女に、感動した意味。

彼女は身の程知らずだ。我々と彼女、一般市民、群衆に過ぎない俺たちは、伝説のアイドルの靴なんてそんな靴小さすぎて履けないというのに。そもそも今の御時世自分に合う靴を履いたほうが輝けるというのに。
だというのに!彼女は履いたんだ!その靴を!足の皮を剥いて、肉を削って、骨だけになって、血だらけになって!

その様が!美しくないわけがない!

はっと口を抑えた。何かの感情、嗚咽が漏れそうになったからだ。

アイドルになりたい。そう覚悟して、彼女は何回泣いたのだろう。
その覚悟が、その涙が、俺たちの希望なんだ!
苦しかっただろう、辛かっただろう、でも彼女は諦めなかったんだ。運命を捻じ曲げたんだ。どんな困難にも負けずに、苦しみ続けた。立ちふさがる敵という敵を、その執念だけで倒し続けた。アイドルになるべく生まれてきていない。そんなありふれた幸福を得る権利を放棄して、夢を掴んだ。それが俺たちに夢を見せたんだ!夢が叶うって夢を!ああ、そうか、そうなんだ!そういう意味で七草にちかは完全なアイドルなんだ!まさしく、あの、W.I.N.Gの決勝で踊っているとき、あなたはカミサマになった!
天は二物を与えない、けれどあなたは唯一無二の称号を、その天性無しで掴んだんだ!その瞬間、天井を突き破り、神を殺したんだ!
俺は正直、アイドルなんか詳しくない。批評に十分な知識など持ち合わせていないだろう。
けれど確かに俺は見た。確かに見た。あの表情を。ハリボテの完全性、その裏にあった、悲しみ、辛さ、その他悲観的なエトセトラ。その哀切、痛々しさ、完璧に聞こえたあの歌の裏側にある悲鳴、絶叫を、俺は確かに聞いたんだ。
そして、時として、その血生臭さは、ありふれた幸福論なんかよりよっぽど多くの人の胸を打ったんだ!

飲み屋で同僚にその気づきを叫んだ。けれど呂律が回ってなかったのか、彼の感想は「何いってんだお前」。笑われた。
カウンター席、横で笑って、同僚は苦笑して話を続ける。

「けれどまあ、お前がそこまでハマるとはな」
「まあ……あの執念が、凄い良かった」
「そうか……いやあ、幸せに、なれるといいな、彼女」
「……え?」
「いや、にちかちゃん。本番終わった後には倒れたって話も聞いたし、なんか……見てられなくなったんだよね。凄かったけどさ。幸せになれるといいな」


理解に拒んだ。そして、理解に拒んだことに自分で混乱した。
そのことが胸にひっかかったまま、呑んで呑んで、家に帰って、ベッドに入った。
そして、想像した。
普通のアイドルとして、軽やかにステップを踏み、歌を歌う彼女を。
自分らしく。悲壮感なく。素敵な仲間に囲まれて。作りものでは無い笑顔を浮かべてーー

あ、
駄目だ。

幸せな君は、好きになれない。

「……っ!」

瞬間トイレに駆け込んで、消化しきれてない食べ物と酒を吐いた。


普通はこういうこと言っちゃあいけないんだろう。でも。期待せずにはいられない。
独りよがりな、思考が脳内を埋め尽くす。
なあ、俺たちに夢を見せてくれ。駄目だ。永遠の夢を。違う。ありふれた幸福と不幸しか味わえない俺たちに、血と涙の果てにあった憧れの姿に感情移入させてくれ。そんなの誰も望んでない。

悪い思考に染まった悪魔の自分が続けて言う。

なあ、七草にちか。予言してやるよ。お前は幸せにはなれない。
お前がその例のアイドルに縛られなくなったとしても、今度は執念で掴んだお前の栄光がお前を縛る。もう、成りたいものになんか成れやしない。
気づいているんだろう?俺は気づいたよ。
その靴は憧れたアイドルのガラスの靴じゃあもう無くなっているんだ。俺たちが見ているのはお前の血で染まった赤い靴。死ぬまで踊り続ける呪いにかかった、な。その靴はもう脱げなんかしない。
人はもう、お前には流星のような破滅的な美しか期待してないんだ。その君が憧れたアイドルのような。
まあ、でも、安心して踊ってくれ。俺は、俺たちは君のことを見続けるからさ。
君の足首が、断ち切れるその日まで。

自分でも絶句するような思考だった。けれどそれを否定するはずの善人の自分は、何も言い返せなかった。

俺は、心の底では、彼女の破滅を、願っていたのだ。

気がついたら朝になっていた。出社の時間だ。
七草にちか。彼女も持てるはずだったありふれた日常を、今日も俺は愚痴りながら往くだろう。

同僚に連れられ、W.I.N.Gの決勝に行って彼女――七草にちか――のパフォーマンスを見た。
その瞬間、俺は、君に心を奪われてしまった。
けれどこれは、君の担当、すなわちファンになった、ということではない。

真にファンであるならば――彼女の幸せを、願うはずだろうから。

ーー


もう明るい気がしない彼女の未来に祝福あれ。

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