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森のなかでしったこと

私は木が大好きだ。

それはしゃべりもせず、移動もしないけれど、いつも優しくて、私のありのままをただただ受け入れてくれる気がする。人の前なら緊張してしまう私だけど、木の前にいくと彼らはそんな私を温かく迎え入れてくれるように感じる。身体の中にある、ぎゅっとしたこわばりが徐々に溶けていくように感じる。

森の中で

私はあるとき、森の中に入って気づいたことがある。


それはまだ朝のしずかなときだった。

私は目をそっと閉じて、この空間に身をゆだねてみることにした。

森の中独特なくうき。朝の澄んだ感じと木々の芳香が絶妙にブレンドされて、呼吸をするたびに身体の中へ入っては出ていった。

聞こえてくるのは、鳥の声、風の音、木々の枝や葉っぱがゆれる音など。静かで心地の良い音だった。

まるで私がこの空間と一つに溶け合うような、そんな気がした。

目を開いてふと木を見上げると、不思議とその木のエネルギーというか、フィールドが自分の中に入り込んでくるような感覚を覚えた。

その瞬間思ったことがある。

あれ?もしや・・・

「あれ・・・?もしや、木々たちは私たち人間とは全くもって違う世界観で、違う次元で生きているのかもしれない。彼らは彼らの生きるスピードがあり、変化があり、生命のサイクルがあり、意志があるのかもしれない。彼らは私たち人間が感じるよりも全く違ったように風を感じ、太陽の光を感じ、雨を感じているのかもしれない。全く違うスピード感で自分の生命を全うしているのかもしれない。」

そう思ったとき、今まで私は人間からのものの見方しか知らなかったことに気づいた。この地球は人間だけが住んでいる星じゃない。きっと木々たちは彼らの生きるスピードが、動物たちにもそれぞれのスピードが、石や鉱物にだってまた別のスピードが、あるんだ。

今まで木々はこういうもの、花はこうで、鳥はこういうもの、と一方的に決めていたけれど、そんなもの私の思い込みで、地球は本当はもっともっと豊かで多彩なエネルギーなのかもしれない。

私が思っていたよりも、もっと豊かで色々な次元の生命エネルギーが何層にも何層にもおり合わさって、混ざり合って、この世界って出来上がっているのかもしれない。

そう思った。

つながり

あれから、無意識で焦っていたり、急いでいたり、忙しなくしていたりするとき、あの瞬間感じたことを思い出すときがある。大丈夫、私が勝手に余裕をなくして焦っていても、周りの自然はただそのままのありのままの生命を生きている。私はそんな世界に生きている。

そんな風に自分を客観視することができるようになった。

そして、そのことを教えてくれた地球に、森に、木々たちに感謝をしている。


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