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【創作】引き裂かれた姉弟と罪滅ぼしの邪神の話①

昔々ある貧しい村に、血の繋がらない姉弟が居ました。

弟は生まれつき孤児で、最初は他の村人の世話になっていたのですが、自ら家を飛び出してから、半年ほど野外で暮らしていました。

しかし冬が近づくにつれて、外で寝ることも食べ物を探すことも難しくなり、独りでひっそり死にかけていたところを、五歳年上の姉さんに拾われたのでした。

弟は前の家では大変な問題児だったようで

「誰にも懐かん野良犬じゃ」
「人の道理をわきまえん畜生じゃ」

など散々言われていましたが、命の恩人である姉さんにはよく懐いて、普通の子どもよりも進んで仕事を手伝いました。

また実は頭のいい子だったらしく、姉さんが何も教えなくても、村の人たちの様子を見聞きしては

「借りた土地を耕しとる限り、借地料を取られて、いつまでも豊かにはなれんそうじゃ」

「自分の田畑を買うにはまとまった金が必要で、村よりも色んな仕事がある街に出て稼ぐのが手っ取り早いらしい」

「でも街の仕事をするには、読み書きや算術ができんと話にならんそうじゃ。じゃから俺は将来街で働けるように勉強する」

同い年の子たちが無邪気に遊んだり食べたりしている間に、もう将来のことを考えていました。そして大人が知恵を付けようと買ったものの、手つかずにしていた教本をもらって、読み書きや算術などコツコツ勉強しました。

姉さんは弟の子どもらしからぬ計画性と実行力に驚きつつ

(うちの仕事を手伝いながら、大人もできんような努力を自分からするなんて、この子は頭がええんじゃなぁ。立派じゃなぁ)

と感心しました。しかもその目的は、

「俺はたくさん金を稼いで、姉さんにいっぱい美味いもんを食わせたり、綺麗な着物を買ってやりたいんじゃ。大人になったら俺が姉さんをうんと幸せにしてやるから、もう少しだけ待っとってくれ」

弟の並々ならぬ努力が、自分への恩返しだったと知った姉さんは

(村の人らには未だに、子どものくせに捻くれとって可愛げが無いと言われとるが、この子は本当に家族想いの優しい子じゃ)

とホロリとしました。ただ姉さんとしては、

「姉さんはアンタがそんな風に思ってくれるだけで幸せじゃよ。じゃから、あんまりがんばらんで仕事の無い時はゆっくり休んで、お友だちとも遊んでおいで」

早いうちから大人びないで、子ども時代くらい憂いなく過ごして欲しいと気遣いました。けれど弟は村の大人も怯ませる冷めた眼つきで

「姉さん、気持ちで腹はふくれん。あと俺は無駄が嫌いじゃ。なんの役にも立たんことはせん」

しばしば気弱な姉さんを圧倒して、黙らせていました。

怠惰で無計画なよりは、勤勉で計画的なほうがいいとは言え、弟はまだ十歳にもならない子どもです。

(ありがたいけど、この子はこれでええんじゃろうか? 本当ならまだ大人に甘えたい年頃じゃろうに、役に立つことばかり考えて無理しとらんじゃろうか?)

しかし姉さんがどれだけ心配して、

「おらは将来うまいもんを食べて綺麗な着物が着られるより、今アンタがのびのび幸せで暮らせるほうがええんじゃよ。じゃから、あんまり根を詰めんでね」

無理をやめるように言い聞かせても、弟はかえって生き生きと目を輝かせて、

「分かった。もっとがんばる」
(いや、分かっとらんのう!?)

と決して自分の意を曲げませんでした。


姉さんには足の悪い年老いたおっかさんと、しっかりしているものの、まだ幼い弟しかいません。父や兄などの男手がないせいで、姉さんに負担が集中していました。

そのせいで弟は、血の繋がらない自分を拾ってくれた恩を余計に重くみて、早く大人になって姉さんを支えなければと思い詰めているのかもしれません。

(いいお婿さんが来てくれたらええんじゃが、苦労するのが目に見えとる、うちのような貧しい家に、わざわざ来てくれる人なんておらんじゃろうな)
(……あの子に、おらの苦労の穴埋めをさせるような真似はしたくないのう)

しかし姉さんが十八の頃。

「嫁のもらい手が無くて困っているなら、俺がもらってやってもいいぞ」

と声をかけて来る者がいました。その男は姉さんより五歳年上で、実家が比較的裕福なのをいいことに自分はろくに働かず、女の後ばかり追いかけていました。

ただ横柄なわりに、意気地の無い男だと皆が知っていたので、他の娘には全く相手にされませんでした。

それで最後に村でいちばん貧しい娘である姉さんなら、話に乗るだろうと、

「役立たずのばあさんと不愛想な子ども付きでも、もらってやろうって言うんだ。若いだけで器量よしでもないお前にとっちゃ願ってもない話だろう」

これで口説いているつもりらしいのですから、他の女たちに嫌われるのも当然です。

子どもの頃から貧しさに耐えて来た姉さんは我慢強い人でした。けれど流石にここまで軽んじられて、何も感じないほど無感覚ではありません。

自分のように働きづめで、痩せっぽちの小汚い女に声をかけて来るのは、確かにこの人くらいかもしれません。自分が母親を連れて嫁に行けば、弟の肩の荷も下りるかもしれません。

それでも目の前の男に触れられることを想像すると、どうしても「うん」とは言えず

(ワガママかもしれんが、無理なものは無理じゃ。ちゃんとお断りしよう)

しかし相手からすれば、本当は別の女が良かったところ、妥協して姉さんに声をかけたわけです。まさか自分よりも格下の女にまで断られると思わなかった男は、カッとなって

「相手を選べる立場か!」

など姉さんを口汚く罵りはじめました。

大の男の激怒にさらされた姉さんは、恐怖と屈辱に震えながら俯いて

(こういう時、他の家の子らみたいに父さんや兄さんがおったら、助けてもらえたんじゃろうか)

と、ありもしない助けについて考えました。けれど実際には頼る者のいない自分は、コレ以上相手を刺激しないように、ただ耐えるしかないと、ジッと身を硬くしていました。

しかし、そんな姉さんの代わりに、

「いい加減にしろ! お前なんかが姉さんを馬鹿にするな!」

話を聞いていたらしい弟が、相手の男に飛びかかりました。ろくでなしの怠け者とは言え相手は大人で、弟はまだ十三歳です。

普通なら勝てるはずのない勝負ですが、決死の覚悟のある者と、弱い者にしか強く出られない者では、耐えられる痛みに差があります。

いくら殴っても蹴っても引かず、獰猛な犬のように手足に嚙みついて来る弟に、このままじゃ肉を食いちぎられると、相手の男は怯えて逃げていきました。

ですが、実際は追い払われた男より弟のほうがよほど重傷で「助けてくれて、ありがとう」とは、とても言えず

「なんでこんな無茶するんじゃ!? 言わせとけばええ、あんなの!」

普段は穏やかな姉さんには珍しく、泣きながら弟を叱りました。けれど弟のほうは泣きもせず、怒ったような顔で自分よりも大きな姉さんを抱きしめると、

「姉さんは俺と結婚しろ。他のヤツのもんにはなるな。俺がいちばん姉さんを大事にできる」

と言いました。

その言葉は明らかに、小さな男の子が母親や姉さんに向けて「大人になったら結婚して」と告げるような無邪気な想いではありませんでした。

(この子は本気でおらを護ろうとしとる。おらがちゃんとしてねぇから、自分が護らなければと思い詰めちまっとる……)

姉さんはいよいよ自分への恩義が弟の人生を狂わせていると気に病みました。

村の人たちは、この話を聞いても

「子どもの言うことを真に受けてくよくよすることはないよ。今は殊勝なことを言っていても、年頃になりゃ若い女がいいって手のひらを返すに決まっているさ」

と姉の懸念を笑いました。一方、幼い時から苦労のし通しだった娘の幸せを願う、おっかさんは、

「あの子が育てた恩を返してくれると言うなら、返してもらえばいいじゃないか。何も騙したわけじゃなく、向こうが勝手にやりたいって言うんだから」

それもこれもアンタの心がけが良かったからさ。大人しく受け取ればいいんだよと言って、

「でもそのためには、あの子をこの村から出さんことじゃ。大きくなったら街に行くと言うとるが、ここより何もかも揃っとる街に行って、帰って来る若者なんておらんからね」

と忠告しました。しかし姉さんは、

(そうか。おらのために奉公に行かせるなんてと思っとったけど、街に行かせりゃ、あの子には別の選択肢が生まれるんか)

母親の助言を真逆に受け取って、

(できれば、いつまでも手元に置いておきたかったけど、それはあの子の視野を狭めて可能性を潰すことじゃ。その時が来たら引き留めたりせんで、ちゃんと街に行かせてやろう)

と心に決めました。


年頃になれば若い娘を好きになると言われていた弟でしたが、十五になっても

「俺は街に行って金を稼いで、自分の田畑を買って姉さんと結婚する」

という初志を貫いていました。

そして街に旅立つ別れの日。「三年は戻れんが、月に一度は文で様子を知らせる」という弟に

「もし街での暮らしが気に入ったら、姉さんのことは気にせんでええからね。おらの心配は要らんから、アンタは自分の好きに生きるんじゃよ」

と姉さんは心を込めて伝えました。

「姉さんに心配されんでも、俺はもう自分の好きに生きとる。街がどんなにいいところでも、俺が居たいのは姉さんの傍じゃ。約束どおり、これからは楽させてやるからの。姉さんはなんも心配せんで、俺が帰るのを待っとれ」

弟の思いやりに姉さんは涙ぐみながら、弟の手を両手で取って、

「おらは本当に、その言葉だけで充分じゃよ。今までたくさん良くしてくれて、ありがとうね」

三年の別れを今生の別れにしようとする姉さんに、弟は呆れ顔で、

「姉さんは本当に俺の言葉を信じんな。姉さんが信じんでも、こっちは約束したからの。三年後、村に戻ったらアンタは俺のもんじゃ」

姉さんの髪をひと房すくうと、別れを惜しむように口づけました。まるで恋人のような仕草に驚く姉さんに、弟は珍しく笑って、

「じゃあ、達者での」

と旅立っていきました。遠ざかる弟の背中を見ながら、取り残された姉さんは

(ほ、本気じゃ無いんじゃよな? 町に行けば変わるんじゃよな?)

弟の真意が分からず、オロオロしました。もう二十歳で世間では行き遅れの年齢なのに、五歳も下の子の言動を真に受けてしまう、自分のほうがおかしいのかもしれん、と誰にも相談できませんでした。


あっさり弟を送り出した件について、おっかさんは

「引き留めろと言ったのに、このお人よしめ。なんのために育てたんじゃ。向こうで仕事がうまく行ったら余計に、こんな何もない村には帰って来んぞ」
「あの子に頼らんでも、おっかさんはおらが護るんで大丈夫じゃよ」
「アンタの心配をしとるんじゃあ!」

お人よしが過ぎて貧乏くじを引きがちな娘を、カンカンになって叱りました。

おっかさんだけなく、村の人たちも

「せっかくの働き手を手放しちまうなんて馬鹿な娘だ」
「あの子の世話を焼いている間に、自分はすっかり行き遅れちまったっていうのに、いったい誰に責任を取ってもらうつもりだろうね?」

と、お人よしの姉さんを憐れみました。


けれど、姉さんは弟に責任など取らせたくなかったのですから、後悔はありません。

十歳も上の男にボコボコにされても泣かなかったほど気丈な弟が、過去に一度だけ姉さんに涙を見せたことがあります。

それは弟を拾った年の冬の終わり。冬が終わればここから追い出されると思ったのか、真夜中に起き出した弟は

――なんでもするから、どこにもやらんで。

と姉さんに泣いて縋りました。人間には確かに「ここ」に居るために、果たすべき役割があります。それでも、まだ自分の胸くらいの背丈しかない小さな男の子が

『役に立たなきゃ置いてもらえない』

と思っていることが、この子にとって確かにそれが現実であることが、とても悲しくて

(「なんもせんでも、ここにおってええ」って言ってあげたかったんじゃ。そんで、それを口だけじゃなくて真実にしてあげたかった)

だから自分の寂しさや辛さを埋めるために弟を引き留めず、ちゃんと送り出せたことに姉さんは満足していました。


🍀3万字を超えたので今回は8回に分けて投稿します。これまでより恋愛色の強い話ですが、最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです。ここまで読んでくださり、ありがとうございました🍀

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