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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第6話

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第1章 村祭りの夜のできごと

6 多佳子の執着

 多佳子に会うのは気が進まなかったが、重箱のこともあるので、そうも言っていられない。
 一日でも先延ばしにすれば、決心が鈍り、そのままずるずると多佳子に会うのをためらう恐れもある。
 そう思った利蔵は、心を決め彼女の家に出向くことにした。

 庭仕事をしていた下男に、それとなく多佳子の家の所在を確認する。
 多佳子の家は村はずれの北西にある、共同墓地の近くだという。
 夜になるのを待ち、利蔵は多佳子の家に向かった。

 誰かに見られることを避けるため、わざと夜遅い時間帯を選んだ。
 陽も落ちると、外灯の設置されていない村は暗闇に包まれる。
 灯りがないのは不便ではあるが、慣れ親しんだ村ゆえ、不都合を感じることはない。

 村の北側、墓地へと続く狭い道から左にそれた先に、多佳子の家はある。
 利蔵はおおいかぶさる雑草を手でかきわけ、奥へと進んでいく。
 ようやく掘っ立て小屋のような、粗末な家が見えてきた。
 家の周りには雑草がびっしりと広がり、人が住んでいるとは到底思えない殺伐とした雰囲気であった。

 おそらく何年も雑草を放置しっぱなしなのだろう。
 家の側には畑があったが、こちらも手入れをしているようには見えない。
 井戸の回りにも雑草がかぶさるように伸びていた。

 かすかな灯りが扉の隙間から漏れている。
 建物に近寄り、息をひそめ、耳をそばだて家の中の様子を窺うが、物音ひとつ聞こえない。
 多佳子はいるのか。
 恐る恐る扉を叩く。
 返事はない。
 もう一度扉を叩く。
 やはり、多佳子は現れない。

 留守にしているのか。
 こんな時間、それも暗闇の中どこへ行ったのか。
 しかたがない、出直すしかないか。
 そのときまで、決心が鈍らなければいいが。
 そう思い、小屋に背を向け二歩、三歩、歩いたところで、背後でギシッと扉の軋む音を耳にした。

 振り返ると出入り口の引き戸が開き、薄く開いた隙間から多佳子が目だけを覗かせこちらを見ていた。
「ああ、多佳子さん、いたんだね。よかった」

 これで、二度も訪ねずに済むと思うと多佳子がいてくれてよかった。
 一方、目の前に利蔵がいることに多佳子は驚くわけでもなく、飛び出た目で、じっとこちらを見つめているだけであった。

 相変わらず人を不快にさせる顔と態度だ。
 わずかに開かれた扉の隙間から、家の中が見えた。
 薄暗い灯りに照らされた部屋の中は、ゴミが散乱し、荒れていた。
 鼻が曲がりそうな腐臭まで漂ってくる。

 土間をあがった部屋の隅に布団が敷かれ、そこに一人の人物がこちらに背を向け横たわっていた。
 病気の母親と二人暮らしをしていると下男から聞いた。

 寝ているのは母親か。
 重い病気なのだろうか。
 ちらりと見る限り、あまり具合が良いとはいえない状態だ。

 医者に診せなくていいのか。
 利蔵は否、と心の中で首を振る。
 そんなことはどうでもいいではないか。

 自分には関係のないこと。それにこれ以上、多佳子とかかわるのは危険だと心のどこかで警鐘が鳴っている。
 よけいなことにかかわるな。
 放っておけばいい。

「なに?」
 姿を見せてから、じゅうぶんすぎる間をおき、多佳子は何しに来たのだと言わんばかりに口を開く。
 わざわざ訊ねて来たというのに、ふてぶてしい態度だ。
 さっさと伝えるべきことを伝え、ここから離れよう。
「今日、ここへ来たのは君に言っておくべきことがあるからだ」
「いえ、はいる?」
 多佳子は身体をわずかにずらし、家の中にあがるよう促してくる。
「え?」
 虚を突かれる。
 いつもは人の話を聞いているのか、聞いていてもちゃんと理解しているのか分からない様子なのに、今日に限って気をきかせてくるとは。
 利蔵はいや、と首を振る。

 長くなる話ではない。
 伝えることを伝えれば済むのだから、時間はかからない。
 だいいち、多佳子の家にあがるなど考えただけでもおぞましい。
 ここに立っているだけで、漂ってくる悪習が衣服に染みつきそうだ。
 とにかく、さっさと済ませよう。

「君も知っていると思うが、僕には許嫁がいて、もうじき結婚をする。だから、君が屋敷に訪ねてくると、彼女もよい思いをしない」
 途端、多佳子の飛び出た目が左右に動いた。
 動揺しているのか。

「しらない」
 知らないというのは許嫁がいることを知らないという意味か。あるいは許嫁がいようが自分には関係ないという意味か。
 だが、そんなことはどうでもいい。
「もう二度と屋敷には来ないでくれ」
 多佳子はがくりと頭を垂れた。

「それからもう一つ、手料理の件だが、黙って重箱を門に置いていくのはやめてくれ。もちろん君の手料理もいらない。野良犬が重箱を荒らして大変だったんだ。その野良犬に乱暴をした者もいる。まだ子犬だった。頭を割られて死んでいた。おそらく遊び半分でやった子どもの仕業だろう。それはともかく、今度あんな嫌がらせをするようなら、こちらもそれなりの対応をさせてもらう。僕の言っている意味が分かるね。君だってこの村で居場所を失うのは嫌だろう?」
 やはり、多佳子は下を向いたまま、一言も声を発することはない。

「用件はそれだけだ」
 冷たく言い放ち、利蔵はうなだれる多佳子の後頭部をしばし見つめ、そして、きびすを返し去っていった。
 これだけ言えば、さすがに多佳子でも分かるだろう。

 実際、多佳子が屋敷に来ることはなかった。
 ただし、利蔵の元へは、だが──。


◇・◇・◇・◇


 使用人が出入りする、利蔵家の裏口門から離れた場所に、多佳子は立っていた。
 そこで、門を出入りする人物たちを眺めている。
 ようやくそこへ、あきらかにまだ屋敷に不慣れだと思われる下働きの娘が何かの用事で裏門に現れたところを多佳子は、足早に近づいていく。

 一言も声を発することなく、こちらに近づく多佳子に気づいた娘は頬を引きつらせた。
 多佳子から発せられる気に、押されたのだ。
「な、なにかご用でしょうか」
 やってきた多佳子に恐る恐る問いかける。

「いいなずけ」
 娘は首を傾げた。
「許嫁?」
「よんで きて」
「え?」
「利蔵さんの」
「ああ、当主様の許嫁ですね?」
「はなし ある」
「あの、どちらさま?」
「はやくしろ!」
「は、はい!」

 上目遣いで見上げてくる多佳子の不気味さに、娘は萎縮する。
 娘は利蔵家に使用人として来たばかりで日も浅く、屋敷に馴染んでいなかったから、とうぜん要領も悪く気も利かない。

 多佳子に許嫁を呼んできてと言われ、素直に呼びに行くところがまさにそうである。
 分かりましたと、答えて下働きの娘は小走りで主屋へと走っていく。それも、よほど慌てたたのか、裏門の扉を開けっ放しで。

 多佳子は勝手に裏門をくぐり利蔵の屋敷へ踏み込むと、側に植えられていた椿の木の下に立つ。
 やがて主屋から、一人の女性が姿を現した。
 その女性は誰かを探すように、辺りをきょろきょろ見渡している。

 あの女が利蔵さんのいいなずけ。
 あんな女が?
 わたしのほうがきれい。
 わたしのほうが利蔵さんにふさわしい。

「よこどり ゆるさない。あの女にわたしと利蔵さんがあいしあっていること おしえてあげる」
 多佳子はニヤリと笑い、利蔵がくれた白いハンカチを唇に押しあて、深く息を吸いこんだ。
「ああ 利蔵さんのにおい する。利蔵さん すき。利蔵さん。利蔵さんはわたしだけのもの」

ー 第7話に続く ー  

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