見出し画像

伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第32話

◆第1話はこちら

第2章 死を記憶した鏡

10 鏡の中にいる女

「礼を言うにはまだ早い。さらに厄介なものがこの部屋に残っている。むしろ、ここからが本番だ」
「え、本番? これで終わったんじゃないんですか?」
「恭子さんが見たのは、血まみれの女の霊。そうだな?」
 恭子はあっと声を漏らす。

 一空はある物を指さした。
 それは、すっぽりと全体を覆うように掛けられた掛け布団であった。
 一空は歩み寄り、かぶせている布団を取ろうと手をかける。

「待って、取らないで!」
 恭子が止めるのもかまわず、一空は一気に掛け布団を取り去った。
「この鏡から血まみれの女が出て来たと言っていたな」
「そうです。信じられないかもしれないけど」

 一空は肩をすくめた。
「信じるもなにも」
 苦笑いを浮かべ、一空は姿見を指さす。
「事実この鏡の中に女がいる。若い女性だ。うずくまるようにして、助けを求めている」
 恭子はごくりと喉を鳴らした。
 一空は食い入るように鏡を見つめる。

「なるほど。この鏡は殺人現場を映し、その時の状況と殺された女の姿を記憶したもの」
「鏡が殺人現場を記憶?」
 恭子は曖昧に笑った。
 ただの物質である鏡に、記憶など、そんな馬鹿なことがあるのかという笑いであった。

「実際には、鏡に記憶された女の思念と言った方がいい。死んだことを受け入れられず、彼女は今も殺された自分の部屋で泣きながら助けを求めている」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「解決方法は簡単だ。この姿見を手放せばいい。そうすれば恭子さんがこれ以上、霊に悩まされることはない」
「分かりました。今すぐ捨てます!」
「しかし、このままでは殺された彼女があまりにも気の毒だ。話しかけてみよう」
「話しかけるって、鏡に? 殺されたっていう女にですか?」
 恭子の質問には答えず、長い数珠を持った手で一空は鏡に手を当てた。

「ちょ……」
 すかさず声を上げようとする恭子を制するように、紗紀は口元に人差し指をたてる。
 一空の邪魔をしてはいけない気がしたからだ。
「伊月さん、私にできることはありますか?」
 振り返った一空の顔に驚きの表情が浮かんでいて、むしろ紗紀の方が反対に動揺する。
 何その反応?
「だって、目が利かないんですよね?」

 霊が視えないのなら鏡にいる女の姿を感じてはいても、実際にはどういう状況なのか詳しくは分からないはず。しかし、一空はいや、と首を横に振った。
「大丈夫だ」
「でも……」
「紗紀はそこにいろ」
 手を借りる必要はないってことなのか。

 何よ、視える私の目があれば助かるとか言ったのに、その態度は何?

 一空の手伝いなど絶対にお断りと言ったわりに、断られるとショックを感じる矛盾。だが、紗紀の申し出を断ったのは、紗紀の精神面を一空が配慮してのことだった。
「視る必要はない。いや、むしろ視えないように僕が紗紀にガードをかけている」
「どうしてですか」
「殺害された現場と、殺された女性の、無残な姿を紗紀に見せるわけにはいかない。見たくないだろう」
 確かに人が殺された現場など見たくはない。
「それは……」
 紗紀の胸がトクンと音をたてる。

 まただ。
 また、胸にかすかな痛みが走った。

 そういえば、鏡を見ても何も視えないのは一空が私を気遣い守ってくれていたから。私を守ってくれると言ったのは、本当だったんだ。

 再び、姿見に向き直った一空は、意識を集中させるよう息を吸って吐き出した。
「僕の声が聞こえるか?」
 一空の声に反応して、鏡の中の女が顔を上げた。

 実際には、一空には女の姿は視えていないが、そうしているであろう光景は映像として脳裏に浮かんでいる。つまり、よけい霊能力を酷使するのだ。
「あなたの名は?」
 一空の問いかけに、鏡の中の女はかすかに口を動かした。

「そう、和夏のどかさんというんだね。長い間、辛く苦しい思いをしてきたね」
 優しい言葉をかけられ、女は鳴き声を漏らす。
 よかった、と一空は心の中で安堵する。
 まだ、こちらの言葉を理解できるようだ。

 一番困るのは、相手が人の話を理解できない状態になった時である。そうなると、いくらこちらが浄化を望むよう話を持ちかけても、理解できないならどうしようもないのだ。

 話が通じるなら説得もしやすい。
 彼女を助けられる。

 だが、彼女が前に進み浄化の道へと向かうためには、まずは、殺された瞬間から止まった彼女の時を再び動かさなければならない。
 声にならない声で女は泣き声を発する。
 ふと、女の手の辺りに、柔らかく温かい光が放たれていることに一空は気づく。
 この光が彼女の心を取り戻し、浄化へと導くための鍵となる。
 これは霊能者の直感。
 直感とはいえ、霊能者のそれは侮れない。

「もう大丈夫だ。僕が和夏さんを救うから」
 一空は鏡に向かって腕を伸ばした。
「君に何が起きたのか。僕に視せて」
 鏡に直接触れることにより、過去に彼女の身に起きた事件を霊視で探っていく。そして、必要な情報だけを拾い集め、彼女が心を解き、上にあがれるよう手助けをする。

ー 第33話に続く ー 

< 前話 / 全話一覧 / 次話 >

#創作大賞2024 #ホラー小説部門


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?