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伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第30話

◆第1話はこちら

第2章 死を記憶した鏡

8 霊を引き寄せる部屋

 そして、カフェを出た三人は、恭子のアパートに向かった。
 紗紀は一空の元に近づき、小声で訊ねる。
「三十代の小太りメガネの男って、姿が視えたんですか?」
 一空は霊が視えない霊能者。なのに、なぜそんな具体的なことを言ったのだろうと不思議に思って聞いてみたのだ。

「ああ、視えたのではなく、頭に浮かんだ」
 やはりそうだったのか。
そして、嫌な予感がした。
案の定。
「彼女のアパートに着いたら僕のかわりに視てくれ」
 予感的中。

 先程も説明したとおり、一空は凄腕霊能者だが霊の姿をはっきりと視られない。
対して紗紀はしっかりと視える体質。
 前回の簪の件でもそうだが、視えない一空にかわり、紗紀が彼の目となってサポートするのだ。

 もっとも、霊が視えなくても凄腕霊能者として一空はこれまで数々の仕事をこなしてきたのだから、紗紀がいてもいなくても関係ないと思うが。
「手伝うのはいいですけど、怖い思いはしたくないですからね」
 と、念を押す。

 血まみれの女の姿なんて絶対に視たくない。

「言ったはずだ。僕の弟子である以上は紗紀を守ると」
 守ると言われ、紗紀の胸がとくんと鳴る。
「や、約束ですからね!」
 照れを隠すように、紗紀は可愛らしくない返事をしてそっぽを向く。

 やがて、三人は恭子のアパートに辿り着いた。
 駅から十五分程歩いたところで、恭子は前方にあるクリーム色の建物を指さす。
 一空は一度立ち止まる。

「あれがあたしのアパートです。あそこの……」
「二階、右から三番目だな」
 教えてもいないのになぜ部屋が分かったのかと、恭子は口を開け、一空を見上げた。

「嫌な気配を感じる。悲しみと憎悪。この世に残した未練。救い。それらの感情が入り交じり黒い靄となってあの部屋から吹き出している。いや、それだけではないな。さらに別の何かが根を張っている」
「根、ですか? あたしベランダガーデニングが趣味なんだけど、そんなことまで霊視で分かるんですか。確かに、育てていたトマトの苗が根腐れしちゃって」
「その根ではない。行くぞ」

 それ以上の説明は実際に部屋を視てからだと言い、一空は再びアパートに向かって足を踏み出す。が、ふと一空は視線を横に動かした。
 電柱の影に、目深に帽子をかぶった男が立っていることに気づいたからだ。

 その男は紗紀たちが通りすぎてもまだその場に立っていた。背後を振り返った一空と目が合った男は、ばつの悪そうな表情で視線をそらし、うつむく。
 アパートの階段を上り、恭子の部屋の前に立つ。

「どうぞ。入って」
 玄関の扉を開け、恭子は紗紀と一空を家に入れる。
 一歩足を踏み入れた瞬間、一空は表情を厳しくさせ、小さな呻き声をもらす。
 紗紀も眉間に深いしわを刻み、口元に手を当てた。しばし、二人は玄関の前から動けずに立ち尽くす。

「何てこと……こんな状態になっていたなんて……」
 口元に手を当て、紗紀は部屋に入るのをためらい後ずさる。
「確かに、これはひどい……」
 一空も眉根を寄せていた。

ー 第31話に続く ー 

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