『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第36話
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第4章 村はずれの社に住む男
8 病んだ村
それから高木とともに実家に戻った雪子は、母から父の詳しい容態を聞く。
父が倒れたのはもう一ヶ月も前のことだった。
「あんたに知らせるべきかどうか、しばらく迷っていたんだけどね」
雪子の嫁ぎ先に遠慮をしていた母であったが、やはり、さすがに娘に知らせないわけにはいかないと、思い切って手紙を出したというわけである。
倒れた原因は胃潰瘍で、今は元気になってのんびり家で療養している。
さっきも、雪子が帰ってきたことにひとしきり喜んだ父であったが、今は寝室で眠っている。
「あんたをあんなところに嫁がせるべきじゃなかったって後悔してるんだ」
父が眠ったことを確認した母は、一枚の古びた新聞記事の切り抜きを手にする。
「それは?」
「おまえが孤月村に嫁いだと近所の人に話したら、ひどく難しい顔をしてね。気になってわけを聞いたらこの記事を見せてくれたんだよ。本当はあんたに見せるべきではないと思ったのだけれども」
言葉を濁し、母は切り抜き記事を雪子の前に差し出した。
母から手渡された新聞記事に目を通す雪子の顔が凍りつく。
それは、二十五年前に孤月村で起きた奇怪な事件により多数の死者が出た。それも短期間でという内容であった。
記事にはこう書かれていた。
事の発端は、曽根多佳子という村の娘が行方不明になったことから始まった。その数日後、山菜を採りに山に入った伊瀬毅がスズメバチの大群に襲われ死亡。さらに、波木多郎は泥酔した状態で風呂に入り溺死。
翌日、山片平治は認知症の父親に背後から斧で後頭部をかち割られた後、狩猟用の解体ナイフとのこぎりで、身体をばらばらにされた。
父親は切り刻んだ息子の肉をイノシシの肉だと偽り、村人全員に配って食べさせた。
そこで雪子は口元に手を当てた。
苦い胃液が込み上げてくる。
隣に座っていた高木が気遣うように背中をさすってくれた。
読み進めていくと、伊瀬毅、波木多郎、山片平治の三人は曽根多佳子を暴行したのではないかという疑いが浮上した。
警察の調査によると、利蔵家の納屋で三人と、曽根多佳子のそれぞれの体液と多佳子のものと思われる血痕が見つかったという。しかし、そこでどういう理由で事件にいたったのかまでは当事者が死亡、あるいは行方不明、村人に聞き回っても分からないの一点張りのため、結局、捜査はやむなく打ち切られたという。
しかし、惨事はさらに続いた。
孤月村の名家、利蔵家に嫁いだ娘が突然死。
さらに、二人目の妻は日本刀を口から突き刺し自殺。
三番目の妻は難産のため、子を産んだ直後に死亡。そして、その妻の後を追うように、当主は息を引きとった。
死因は不明であった。
当時マスコミも大騒ぎしてこの事件をおもしろおかしく記事にこう書いた。
この村は呪われている。
呪われた村の惨劇──と。
村の暗鬱とした事件に、雪子は眉根を寄せた。
なぜ、この一連の事件が呪いに結びついたのかも記事に書かれていた。
息子を殺害した山片平治の父親が、警察の取り調べで、息子がこれは多佳子の呪いだと言っていたと供述したからである。
さらに、母はひどく思いつめた顔で、もう一枚の切り抜き記事を雪子に手渡した。
「これも、あんたに見せるには忍びないと思ったのだけれど……やっぱり知っておいたほうがいいと思って」
その記事はつい最近、一年ほど前の日付のものであった。
記事を読み雪子は目を見開く。
利蔵家に嫁いだ村の女性が心不全で亡くなり、二番目の妻は庭作業中、突然自らの喉を鉈で掻ききり自殺した。
隆史の先妻二人が亡くなった理由を、この記事を読んで初めて雪子は知る。そして、記事の最後には〝継ぐ呪い〟二十五年前の呪いが再び継がれるのか? と、書かれていた。
すべての記事を読み終えた雪子の手が小刻みに震えていた。
記事から目を離し顔をあげる。
こんな悲惨な事件があったとは知らなかった。
「それで、曽根多佳子という女性は本当に行方不明なの?」
雪子に問いかけられた高木はただ首を傾げるばかりだった。
それもそうであろう。
当時、高木はまだ生まれてもいないのだから二十五年前の事件のことなど知るよしもないのはあたりまえ。
おまけに、村人は多佳子のことになると口を堅く閉ざしてしまう。
目の前では、母が娘の身を案じむせび泣いている。
「もう、あんな村に戻る必要はないからね。これ以上、あんたを不幸にするわけにはいかないよ」
「あんたの母親の言う通りだ。もう村には戻らないほうがいい。おそらく、今回のことであんたに対する風あたりもますます強くなるだろう」
「高木さんはどうするのですか?」
「俺は、村を出ることに決めた」
最初からそうしていればよかったんだと、高木は苦渋の声をもらす。
「高木さんは孤月村の出身ではないのですよね?」
「ああ、亡くなった妻がぜんそくを患っていて、それで、空気のよい、妻がゆっくりと療養できるところにと思いあの村に越したのだが」
高木はテーブルの上に置いた手に視線を落とす。
「あの村は病んでいる。だからあんたも」
しかし、雪子はいいえ、と首を振る。
「そこまで利蔵の家に執着するのか?」
「どうしてかしら。ただ……」
それっきり雪子は口を閉ざす。
高木もそれ以上のことを聞いてくることはなかった。
すでに夜も遅い。
会話が途絶えたのを機に、三人は床につくことにした。
第37話に続く ー
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