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伊月一空の心霊奇話 ーそのいわく付きの品、浄化しますー 第42話

◆第1話はこちら

第3章 呪い人形

6 身代わり人形

 藤白五十浪の工房は、千葉県N市にあり、都内から電車で一時間ほどの場所にあった。
 工房というからには人里離れた山奥の、さらに奥深く、人跡未踏な場所に炭火小屋のような場所で、仙人のような暮らしをしながら作業をしていると勝手に思い込んでいた紗紀であったが、普通に町中にあって驚いた。
 事前に訪問することを連絡をしていたため、人形の制作者である藤白五十浪にはスムーズに会えた。

 出迎えてくれたのは、名前の雰囲気にはまったくそぐわない、五十代後半のひょろりとした身体つきのメガネをかけた男性であった。
「初めまして。先日お電話をいたしました骨董屋『縁』の静森紗紀です」
 緊張しながらも、きちんと挨拶ができたことにほっとする。

 それにしても、藤白五十浪というからには、作務衣のようなものを着た気難しい厳格な人が現れるかと思ったが、目の前の藤白五十浪は、柔和な顔に愛嬌のあるメガネの奥の垂れ目が印象的な、少々気の弱そうな人であった。
 奥の方から子どもたちの笑い声が聞こえてくる。

「いやー、騒がしくてすみません。ちょうど近くに住む娘夫婦が孫を連れて帰ってきているので」
 と、困った顔で頭に手を当て、ニコニコ笑う。
 いかにも人柄の良さそうな感じが滲み出ている。

「いえ、こちらこそ、無理を言って突然押しかけてしまいすみません」
「いえいえ、それにしても、あの有名霊能者、伊月一空さんのお弟子さんがお見えになるとは、もちろん存じあげておりますよ。テレビも拝見させていただいております」
 お弟子さんという言葉に照れくさいものを感じたが、間違ってはいない。
「すみません。店主の伊月は急な用事ができて、私が代わりに参りました」

 そうなのだ。
 一緒に来てくれると言った一空だが、突然、外せない仕事の依頼が入ったと言い来られなくなったのだ。
 いつも暇そうに店で本を読んでいるのに、どうしてこういう時に限って依頼が入るの! と、文句を言いたいところだが、そこは堪えた。

 仕事なのだから仕方がない。
 すでに工房には午後二時に伺うことを告げていたため、やむなく紗紀が一人でここへやって来たというわけである。

「わざわざ遠方よりお越しいただき申し訳ないです」
「こちらからお願いしたことですので。お忙しいところをすみません」
 藤白五十浪は垂れ気味の目を細めて笑った。
「ああ、電話で言っていたのはその人形だね? どれ見せてごらん」
「は、はい!」

 紗紀は藤白五十浪に人形を差し出した。
 人形を見た彼はああ、と声をもらす。
「これは二代目、藤白五十浪が手がけたものですね。この作りは間違いない」
「二代目、藤白五十浪?」
 藤白五十浪が何人もいるのか?

「ええ、二代目は僕の祖父です。僕は四代目でして」
 三代目である父親の藤白五十浪も人形制作から引退し、現在は目の前にいる彼が四代目として藤白五十浪を襲名し、この工房を任されている。

 なるほど。
 そういうことだったのね。
 奥が深いなあ。

「聞きたいことがあると言っていましたね。奥に二代目がいるので呼んできましょう」
「すみません。お願いします」
 四代目、藤白五十浪は工房の奥にある自宅へと戻っていく。しばらくすると、四代目とともに、老齢の二代目が杖をつきながら現れた。

「初めまして」
 挨拶をし、ここまで来た経緯をもう一度二代目に話す。
 あらかたのことは四代目から聞いていたらしく、話も滞りなくできた。
 その間に、四代目の奥さんがお茶と菓子を差し出しにやってくる。

 紗紀は手にした市松人形を二代目に手渡した。すると、二代目はかっと目を見開き、どこか懐かしそうに人形を見つめた。
「この人形を作ったのはよく覚えていますよ。もちろん、これを依頼した方も」
「本当ですか!」
 思わず紗紀は身を乗り出す。

 まさか、こんなにもはやく人形の持ち主を知れるとは。

 二代目、藤白五十浪は顔をくしゃっとさせて笑った。
「わしが手がけたものでも、これは最高の出来だった。完成したこの人形を渡すと、二人の娘さんはとても喜んでくれた。だが……」
 途端、二代目の表情に影が落ちる。

「一年も経たないうちに、屋敷の二人の娘さんが亡くなった。この人形のせいで……本当に気の毒なことをした」
 紗紀はごくりと唾を飲み込む。
「でも……姉妹が亡くなったのがこの人形のせいだというのはおかしいと思います」
 二代目は人形の髪をなでながら続けて言う。

「いや、わしのせいなのだ。わしがこの人形に魂を込めたから」
 それは人形師に限らず、モノを作る作業に携わっている人なら誰でもそうではないのだろうか。そう思ったが、紗紀は口を挟まず二代目の話に耳を傾けた。

「この人形は、当時、生まれて間もない我が子のことを思いながら作成したものじゃ。その頃、わしは二代目を襲名したばかりでのう。次女の初節句の祝いに人形を作成して欲しいと、とある名家の奥様に依頼を受け、それはもう丹精込めて作った。そして、完成した人形を見てわしは心が震えた。それは自分でも驚くくらい素晴らしい出来映えだったから。完成した人形を持ってわしはお屋敷にお届けにあがった。奥様も人形を見て、それは、たいそう喜んでくださった」
 紗紀は頷く。
 ここへ来る前に市松人形のことは、少しは勉強した。

 初節句に長女には雛人形、そして次女、三女には市松人形を与える風習があり、人形はその子に降りかかってくるであろう難を身代わりに受けてくれる〝身代わり人形〟とも言われていると。

「しかし、わしの娘は人形をお届けした直後、流行病で亡くなった。そしてその後にお屋敷の二人の姉妹が立て続けに亡くなった」
 二代目の話を聞いても、なぜ、それが呪われた人形と言われるのか、この時点ではまだ分からなかった。が、次の二代目の語りでようやく理解する。
「わしが娘のことを思い、娘の顔を真似、命を込めて作成した人形。死んだわしの娘が寂しがり、二人の姉妹をあの世へと道連れにしたという悪評がたってのう」
「そんな!」
 思わず大きな声を出してしまい、紗紀は慌てて口元を手で押さえる。

 それにしても、それは言いがかりではないか。
 理不尽にもほどがある。
「二人の娘が亡くなったのはこの呪われた人形のせいだと、奥様が何度も工房に怒鳴り込んできたこともあった。錯乱したように声を上げ、人形を投げつけ、足で踏みつける奥様の姿を見るたび、わしの心は痛んだものじゃ」

 そうであろう。
 丹精込めて作り上げた人形の顔は、己の娘の顔でもあったのだから。

ー 第43話に続く ー 

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