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『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第30話

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第4章 村はずれの社に住む男

2 無愛想な男

 若い男だった。
 おそらく、二十五歳前後。長身で細身の体つき。いかにも女性が好みそうな男前な顔立ちであったが、不機嫌そうな表情がよくない。
 そのしかめっつらを解けば、なかなかの好青年だ。さらに、言うならば熊手を持つ姿があまりにも似合わない。そして、この男が少女の父親だということに気づく。
 面立ちが似ていた。

 男は獣のような鋭い目つきで雪子を一瞥し、次に少女を見る。
「どうした鈴子すずこ
「お父さん、このお姉さんが……」
 そこまで言って、鈴子と呼ばれた少女は口をつぐむ。
 思ったとおり、男は少女の父親だった。

「まだいじめられたのか」
 男に村特有のなまりはなかった。もしかしたら、村の外から来た者なのか。
 父親の言葉に鈴子はうつむいて足元に視線を落とす。
 男はため息をつきながら歩み寄り、腰をかがめ娘の顔をのぞきこみながら頭をなでた。
 娘の頭をなでながら目元を細めて笑った顔は優しそうであったが、再び雪子を見る男の目に鋭さが戻る。
「あの……」
 男の目に射すくめられ雪子はたじろぐ。

「鈴子を助けてくれたことには礼を言う。だが、俺たちにはかまうな」
 男はいったん言葉を切り、そして続けて言う。
「あんた、利蔵んとこに来た町の者だろう?」
「そうですけど。いえ、でも鈴子ちゃんが……」
「いつものことだ。あんたが気にすることのものではない」
「だけど、鈴子ちゃん怪我をして」
 雪子はぐっと言葉を飲み、目の前の男を睨みつけると、あろうことか鈴子の手をひき勝手に家にあがりこむ。

「おい! あんた、俺の言ったことが!」
 さらに男が何か言いかけたが、雪子はあえて無視をした。
 かかわるなと言われても、怪我をして泣いていた少女を放っておくことはできない。
 だいいち、自分の娘がいじめられて怪我をして帰ってきたというのに、この男はいつものことだと言って済ませるつもりなのか。

 それではあんまりだ。
 それに、鈴子は女の子。傷でも残ったら大変ではないか。
「鈴子ちゃん消毒液はある?」
 鈴子は頷き、棚から薬箱を持ってきた。
 水道水で持っていたハンカチを濡らし、鈴子の擦り傷をきれいに拭う。
「少し痛いけどがまんしてね」

 薬箱から消毒液をとり出しガーゼに染みこませ傷口を消毒する。消毒液がしみたのか、鈴子は眉をひそめている。
「ごめんね。もう少しがまんしてね」
 目立つ傷口を消毒し、最後に絆創膏を貼った。
「ありがとう……お姉さん」
 雪子はにこりと笑った。

「あんた、どういうつもりかしらないが」
「何ですか?」
 負けじと、きっと睨みつける雪子に、男は一瞬面を食らったような顔をし、はあと息をつく。
「利蔵のとこに来た嫁は、ずいぶん気の強い女だな。噂とは全然違う」
 雪子は、あ、と声をもらし口元に手をあてた。

 目の前の強面の男に雪子は恐れることなく反発したのだ。
 自分に対してどういう噂が流れているのか知らないが、雪子の強気な態度に男は呆気にとられているらしい。
 何だかおかしくなって雪子は笑った。
 そんな雪子に男は眉をひそめる。

「何がおかしい?」
「いえ、何でも」
 初めて会った男の人に、こうして反発してちゃんと自分の意見を言えるのに、利蔵の家では世津子に嫌味を言われ、使用人たちに見下されても、いっさい言い返すこともなく、従っているだけ。
 利蔵に嫁いでからずっとおとなしくしていたが、もともと自分はどちらかというと男勝りで勝ち気な性格なのだ。
 再び笑いだした雪子に、男は肩をすくめる。

「あ、ごめんなさい。私……」
「おかしなやつだ」
「ほんと、そうね」
 そこであらためて雪子は自分の名前を名乗った。
 男も高木怜弥たかぎときやと名乗る。

「そういえば、あんた以前、何しにここへきた?」
「以前?」
「御神木の前でひどく思いつめた顔をして立っていただろう。もっとも、俺の顔を見て慌てて逃げたようだが」
 そこで、雪子は思い出したように目を見開いた。
「あの時の! あれは、高木さんだったんですね」

 以前、ここへ立ち寄ったとき、自分を睨みつけながら境内の奥で立っていた人物がいた。薄暗くて相手の顔がよく分からなかったが、それが、この高木だったのだ。
 こんな寂れた神社の奥深くに人が住んでいるとは思わなかったから、あの時は驚いて逃げ出した。

 それにしても、この人はなぜこんな村はずれの、それも神社の奥に住んでいるのだろう。
 さりげなく家の中を見渡す。
 どこにでも見かけるごく普通の家だ。特に怪しいところはない。
「すみません。まさか人がいるとは思わなくて驚いたの。それに、睨みつけるようにこちらを見ていたから、怖くなって」
「驚いたのは俺のほうだ。こんなところ滅多に人なんてやって来ないからな。それと、睨んでいなかったし、怖いと言われても俺は元々こういう顔だ」
「すみません……」
 別にいいけど、というように高木は肩をすくめた。

「神社にお参りに来る人、いないのですか?」
「さっぱりだな」
 高木は即答する。
「そう……」
「神に感謝や祈りを捧げる暇があったら少しでも実入りになる田畑の面倒をみているほうがよっぽどいいと思ってるんだろ。まあ、当然のことだが」
 そういうものなのだろうか。
 不意に、側にいた鈴子に袖をくいっと引っ張られた。見ると鈴子がすがるような目で見上げてくる。

 そんな表情も可愛らしくて、思わず鈴子ちゃんを守ってあげたいと思った。
「お姉さん、また明日も来てくれる?」
「ええ、いいわ」
 どうせ暇といえば、暇のようなものだし。
「ほんとう? ほんとうに来てくれる?」
「もちろん」
「だめだ」
 しかし、高木は厳しい顔で雪子をいさめる。

「あんたはここへは来るな」
「あらどうして? 別に高木さんに会いにくるわけではないわ。鈴子ちゃんに会いにくるのだからいいでしょう?」
「だめだと言ったらだめだ」
「それだけの理由じゃ分からない」

 反発してくる雪子に、高木はまたしても呆れたようなため息をつく。
「あんたはこの村に来たばかりだから知らないだろうが、俺たち父子は村の奴らからは好かれていない」
「なぜ?」
 と、聞いて雪子は後悔する。
 それは立ち入った話になると思ったからだ。しかし、高木は気を悪くしたふうもなく戯けた仕草で肩をすくめた。
「さあな。この通り、俺が無愛想で村人と打ち解けようとしないせいかもな」

 それだけの理由とは思えなかったが、どうやら高木は村の人たちから嫌われている理由を雪子に語るつもりはないらしい。
 だから、鈴子も子どもたちにいじめられていた。
 だったらなおさら鈴子のためにも少しは愛想良くして、村人の輪に積極的に入っていけばいいのにとも思ったが、さすがにそれは口にはださなかった。

 愛想良く接して村の人たちとも何とか打ち解けていこうとしている自分でさえ、いまだに馴染めずこの村で浮いた存在なのだから説得力はない。
 利蔵の嫁という肩書きのおかげで、自分の立場をかろうじて保っているようなもの。そうでなければ、またたく間に村から追い出されていただろう。

「なら同じね。知っているでしょう? 私も余所者だから嫌われているの。屋敷でさえ自分の居場所はないわ」
 思わずこぼれた愚痴に、高木が複雑な顔をしたのが分かった。

ー 第31話に続く ー 

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