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【詩】夢の石

石を見つけたのは ピクニックに行った時だった
夏の光は暑熱の硬度で私の裸の肩を焼いた 河原の石は炭化し
トンボが谷間を行き来する聡明な空 水浴するサンダル 
足の指が川の流れに沈む 川面をを跳ねる光 
プリズムが作る図形 揺れる光の泡 
小魚の曲線が散って 砂間から石が覗いた 
揺れて 微笑む 幾世紀も前から 太陽の顔の紋様
その丸い石は 私の心を閉じ込め 私をポケットに入れた

石は 川から上がると見えなくなった 
石は ベッドの上で毎夜光ったが見えなかった
夢の中で
石は私に語った
誰にも話してはいけない 石のことを
約束できるかい 私は頷いた

石は毎夜私に語った 石は世界だから 君には見えない 
見えないほどの大きさで私を包み 時も空間も無限な世界に君はいるのだと 
石の世界は星でできている ほら 私が目を開けるとそこには  
輝きと沈黙の背景に 流れる星たちの遊戯 私に近づいたり離れたりして 私の足元に星の川を作り 川は無数の光の粒でできていて 私はそれを纏い 流れを泳いだ いつの間にか星の粒が私のドレスに 
流れはいつも自由で 私は
いくつもの無限のトンネルを 通り抜け 白濁した記憶の道を歩き
裸足で 
私は一人の女になって 美しい胸を自慢に 

世界はやっと始めることができる 星たちとの遊戯が幾晩も続いたある夜 
誰かがつぶやいた その声は広がって 星の天蓋に響き 
音を立てて光る無数の銀河の回転 無限に広がる闇と真空の総和
揺れる視線の向こうに 乱立する無数の星の柱 
それは生きている樹のようで 次々に現れ
光の葉脈 光の樹幹 永遠の鼓動を 内部に流し 天に伸び 地に光の根を伸ばし 光の樹々の乱立 光の円形劇場
その柱の一つから現れた硬質な表情の顔 青くて 冷たい視線が 私に届く
僕はきっと君を待っていた あなたは誰 僕は王子 
王子は私の手を取り 言った
さあ行こう どこへ 僕達の世界へ 王子が歩くと光が広がり 王子が指差すと世界が輝いた

二人はダンスをした 星の音楽 星のスポットライト 銀河の絨毯 
星座は明滅 手拍子と拍手
私は胸の鼓動を感じた あなたをいつしか好きに 
王子は微笑んだ 君をかつて好きに
王子は私を抱き寄せる 豊満なステップで 私は心の重心を失う 
キスとは時間の喪失 星たちの囁き
私の恋は毎夜成長し 二人は星の世界を旅した 時間は飛翔し 戻り 
縮んでは伸びた

ある夜 王子は厳粛な面持ちで ポケットから星の小箱を出し 跪き 囁いた
僕と永遠に生きて欲しい 
箱は開き 光が漏れ 流れ星の音楽 煌めきと沈黙 
私は頷いた いいわ 王子は私の薬指に星の指輪を嵌めた
光のファンファーレ 足元に光の川 無数の星の子供達がはしゃぐ 
ぶつかって破裂し 散った シャボン玉のように 重さのない 自由な闇の空間で
星の川は流れる 祭壇に向かって 
王子は私をそこへ誘う
祭司たち 星の 私は祭壇に横たえられ 身体が動かなくなり ドレスを脱がされ
現れた王子は微笑んだ 手に握られた短剣は輝き 星の呪文が始まり それは永遠の誓いの証を私に刻むための歌
王子は剣を私の胸に振り下ろした 絶叫した 震えた私に王子は微笑んだ 
安心しなさい 今日は婚礼のリハーサル 式は一週間後の三日月の夜

目覚める ベッドの上 胸に手を置く 蛍光色の斜め十字の痣 薬指には光るリングの跡
私は悟った 永遠とは死を通り越し 王子は私をそこへ連れてゆく
私は震えた 私は殺される プロポーズとは永遠の死の受諾
私は戻らねば 石を流れに戻し 時間を戻し 元に戻らねば 
私は石を探した 石は見つからなかった 石は何処に 

夜が巡り 三日月が笑い 眠るまいと抵抗 
私はだあれだ 背後から囁く眠りの女神は 私の両目を両手で塞いだ 
私は彼女の術に落ち 眠り 夢の世界に帰還し 
再び王子の微笑みに縛られ 
再び祭壇の上で 禁断の裸の胸を両手で覆うことを許されず
星の祭司は詠唱 永遠の歌を 明滅する天蓋の星 流れ星の祝砲 星の花火
王子は 光る私の胸の十字の交点に向かって 剣を振り下ろそうと腕を振り上げた 輝く刃の先端は勝利の歓喜に揺れ
その時 私は叫んだ
私は知っている 夢の石の秘密を

私は語った 夢の石の物語を 誰にも明かさなかった宇宙を 星の伝説を
それは他者の声であり それは絶対の声であり 声は星の天蓋に当たり火花を散らし圧縮され破裂し炸裂し結合し分裂し心臓の形になり そこから迸る命の あらゆる命の産声であり 五次元の未来を 過去を 潜り抜ける声であり 収斂され減少し細くなって見えなくなる声……声は純粋な私の声に戻った
 
時は静止し 光は硬化し 声だけが空間を巡って反響した
永遠の時間が瞬間瞬間に過ぎ 語り終わった時
時とともに動き出した剣は正確に私の胸の中心をえぐった……はずだった
だが 剣は虚しく祭壇の石とぶつかり 
惑星の衝突のような無限の反響が有り 剣の刃が折れ砕け散った
星の天蓋は蒸発し 星の川の絨毯は影に
私は祭壇に横たわっていなかった 
私は数秒前の私だった あるいは幾世紀も前の あるいは数億光年前の
私は空間が歪むのを感じ 何も見えなくなり 全てが見えたようにも思い
 
私は風の手探りを感じた 光のささやきも感じた 
足下で流れが始まっていた 
川底の砂が足の指をくすぐる 
動き回る小魚 を追いかける光の泡 川音の流れる時間
私はポケットを探った 石の重み 流れにひたす 
その時 私は見た 
光る石の永遠にたゆたう笑みを 太陽の顔の紋様 
石は忽ち砂の影に隠れた 流れに映る私の影 それは太陽の日時計 何かが揺れていた
めまい 
私は叫んだ
夢の石は確かに返したわ
谷間を夏が覆い尽くしていた

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