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映画「ボヘミアン・ラプソディ」の中の5つの台詞に関して説明しておきたいこと

2018年に公開された映画「ボヘミアン・ラプソディ」ですが、最初、飛行機の機内で見てから、はまり込んでしまいました。映画館でも何度か見ました。それまであまり聴いたことがなかったQUEENの曲をスポティファイでダウンロードし、その頃始めたチョークアートでは、フレディ・マーキュリーに関する作品ばかりを描いていました。トップの画像は、自分で描いた作品を貼り合わせたものです。

映画を何度も見るうちに、この映画の台詞に非常に奥の深い内容が含まれていて、映画を見ているだけではわからないことも多くあり、これは解説をしないといけないと思いました。吹き替えになってしまうと、原文のニュアンスは失われてしまうことが多いのですが、その背景を知っておくと作品をより深く味わえるのではないかと思いましたので、こちらに5箇所ほどの台詞を解説させていただきます。

こちらは2019年頃に、私の個人のSNSに掲載したものですが、そのままではなかなか見られることもないので、こちらに転載させていただきました。ちょっとマニアックな部分もありますが、映画鑑賞のご参考になりましたら幸いです。

MIAMI BEACH

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映画”Bohemian Rhapsody”の中で、Freddie Mercury が、Jim Beachに出会う場面の台詞。やりとりが実に面白い。名前が退屈なので、Jim Beachではなく、Miami Beachにした方がいいということで、”dub thee “(汝を〜と命名する)という言葉を使う。女王とかが、ナイトの称号を授与する時に使う言葉です。グループの名前がQueen なので、まさにぴったりですね。英国女王と言えば、大英帝国。ビクトリア女王の頃、太陽が決して沈まない帝国と言われていました。それを踏まえて、Miami と命名されたJim Beachは、「マイアミ・ビーチだったら、太陽はいつも沈む、自分の背中側にね」と発言します。大英帝国が世界を制覇していた頃、「太陽は決して(Never)沈まない」と言われていました。Never をAlwaysに変えたところが実に上手いですね。その後は、マイアミビーチの地理がわかってないと、このジョークがちょっと理解に苦しみます。実は、マイアミビーチは東向きなので、朝日は海から登りますが、海を見ていたら太陽は自分の背中側に沈むというわけです。Jim Beach はその後、Queenにとって重要な人物となり、この映画もプロデュースすることになるのですが、自分のところで太陽が沈んでいくというのは、Jim Beach自身の人生を象徴している気もします。

FORTUNE FAVORS THE BOLD

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私の周りで、この映画に極度にハマっている人が数名いて、ちょっと解説してあげると喜ぶので、調子に乗って解説をしています。こんなマニアックな長い文章は非常識ですが、お忙しい方は無理におつきあいいただく必要はございません。

今回は、レコード会社のEMIのレイ・フォスター(マイク・マイヤーズが演じている)が、クイーンに次の作品の方向性に関して討議する場面。このシーンで最も重要と思われるのは、マイアミ・ビーチ(ジム・ビーチ)のこの台詞でしょう—”Fortune favors the bold”(幸運は勇者に味方する)。マイアミ・ビーチは言葉数は少なく、感情を露わにしないし、ボソボソと話すので、印象が薄いのですが、実は要所要所でとても重要なこと言っています。このフレーズもその一つ。古くから使われていた元々はラテン語の諺で、世界各国の軍隊のスローガンにもよく使われていた言葉です。レイ・フォスターがなかなか納得せず、結論に至らない中で、「多少のリスクをとっても、新しいことにチャレンジしたほうがいい結果がもたらされる」ということを、この古典的な諺を引用して、議論を収束させます。こういう場面で、これをすっと出せるという才能がすごいですね。フレディにマイアミと命名された時の受け答えも、短い言葉の中に、教養とユーモアのセンスが満載でしたが、この人、とても頭のよい人なんですね。

さて、この議論、EMIのレイ・フォスターから、キラー・クイーンみたいな次のヒットを考えてよという要求から始まります。いわゆる「二匹目のドジョウ」ですね。”Formula”(公式、定石、決まったパターン)を使えば、確実にヒットを狙えると主張するレイに対して、フレディおよび、クイーンのメンバーは、同じことはやりたくないと反論します。

ここでフレディは強引に、オペラのレコードをかけます。ビゼーの「カルメン」です。渋い顔をして、レイ・フォスターは、「わかっとらんね。実際オペラなんて好きな人間、一人もいやしないよ」と言うのですが、間髪を入れず、マイアミ・ビーチが発言します。”I like opera”(私はオペラ好きですけど)。これまた、最小限の言葉での反論です。お見事!これでレイ・フォスターの一方的な議論に釘をさします。

この後、フレディーが、「自分たちが目指しているのは、オペラというわけではなく、ロックンロールのレコードで、オペラのようなスケールを持ち、ギリシャ悲劇のペーソス(情念)を持ち、シェイクスピアの機知を持ち、ミュージカル劇の束縛のない喜びが全部入ったものなんだよ」と語ります。彼が語っているのは、これから形になる「ボヘミアン・ラプソディー」のコンセプトそのもののような気がしますが、すごく雄弁です。”unbridled joy”という言葉を使いますが、こんな議論が白熱しているところで、”unbridled”(束縛のない状態、馬から馬ろく=くつわなどを外した自由な状態)という日常会話ではほとんど使わない、難易度の高い単語をよく使えるなと感心しました。かなりの教養の高さを感じます。

ところで、次のアルバムは”A night at the Opera”とフレディが語ります。そして実際にこのタイトルのアルバムが発売されることになるのですが、実は、20世紀初頭に一世を風靡していたアメリカのマルクス兄弟の喜劇映画のタイトルと同じなんですね。この映画、フレディが大好きだったようですが、全く同じタイトルにしたんですね。ちなみにその次のアルバム”A day at the Race”もマルクス兄弟の喜劇映画のタイトルと同じです。マルクス兄弟の数ある作品の中で、この二作が特別に人気があったとのことです。マルクス兄弟の映画を見て、フレディは何を感じ、どんなインスピレーションを得ていたのでしょうか?

I AM A PERFORMER, DARLING, NOT A SWISS TRAIN CONDUCTOR

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映画”Bohemian Rhapsody”の中で、 “We Will Rock You”を作っているシーンで、遅れてきたFreddie が言う台詞。「スイス鉄道の運転手ではなく、パーフォーマーなんだよ」(だから時間なんか守れなくて当然だよねー)と言います。日本語字幕だと、「時計じゃない」のようになっていましたが、”not a Swiss train conductor”と言っております。スイスの鉄道はそれほど時間に正確という評判なのですね。日本の鉄道も時間が正確と言われてますが、地震や台風ではすぐ止まるし、人身事故なんかもよくありますね。Freddieはよく時間に遅れるのですが、この台詞をもう少し深読みすると、「自分は、音楽を楽譜どおりに完璧に歌うのは嫌いだ。歌手ではなく、パフォーマーなのだ」と言っているようにも聞こえます。で、スイスなのですが、Freddie はスイスのモントルーを気に入って、Jazzから後のアルバムをモントルーのスタジオで制作します。モントルーにはFreddie の銅像があり、博物館もあります。何年か前に、モントルーの街を通過したのですが、その時はそんなこと全然知らず、もったいないことをしました。Jim Beachは今もモントルーに住んでいるみたいですね。

A QUEER CATHOLIC BOY FROM BELFAST

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映画”Bohemian Rhapsody”の中で、FreddieがマネージャーのJohn Reidを首にして、車から追い出した後、Paul Prenterが言う台詞。”queer”とは、変態とか、同性愛のというような言葉。実は、カトリック国のアイルランドでは、1993年まで、同性愛は犯罪でした。Paulの出身は北アイルランドのベルファストで、国としてはUKに属していますが、カトリックの同性愛への立場は、アイルランドと同様に厳しかったと思います。さらに、20世紀後半の北アイルランドは、英国との一体化を求めるプロテスタントと、アイルランドとの一体化を求めるカトリックの間で紛争が続いていました。北アイルランドのベルファストで、カトリックであることだけでも、難しい状況だったのですが、カトリックでありながら、ゲイであるということも複雑な状況でした。自分がどこにも属せないマイノリティだとアピールすることで、同じような境遇のFreddie の気持ちをつかもうとしていたのでしょう。Freddie とPaul の関係がさらに深くなっていくきっかけになった台詞です。
「ぼくの父親は、ぼくが自分らしく生きるくらいだったら、死んでてもらったほうがましだと思っていると思う」というPaulの台詞。当時、北アイルランドでは紛争で多くの人々が亡くなっていたので、死んでいるのを発見されるというのは、かなりリアリティのある話です。北アイルランドという存在自体が、ややこしく、アイルランド島という北海道より少しだけ大きい島の住民はカトリックなのですが、北アイルランドはプロテスタントが過半数。EU離脱がなかなか進まなかったのは、離脱してしまうと、北アイルランドの国境を厳格化しないといけないということになり、そのために様々な問題が生じるためでした。

ところで、ベルファストは、あの北大西洋で氷山に接触して沈没した豪華客船タイタニックが作られた町として有名です。映画に登場するジャックもアイルランド人という設定。随所にアイルランド音楽が使われていました。

Paul Prenterの頃は、同性愛が犯罪だったアイルランドですが、2015年に同性婚が合法化され、2017年にアイルランドの首相になったレオ・バラッカー氏は、インド系でゲイであることを公表しました。簡単には説明しきれませんが、Paul Prenterのこの短い台詞、じつはかなり複雑な、政治、宗教、歴史が絡み合っているのであります。

BETA

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映画”Bohemian Rhapsody”の中で、ライブ・エイドのコンサートの直前に、母親のJer Bulsaraが、フレディに”Love you, beta”と呼びかけるシーンがあります。ここがずっとひっかかっていました。「ベータ」って何?それまでそんな名前で呼んでなかったのに、最後で唐突に登場する”Beta”。Freddieや本名のFarrokhの愛称としては、全く関連性がなさそうだし、英語で何か特別な意味があるのかと調べてみてもわかりませんでした。日本語吹き替えでも唐突に「ベータ」という言葉が現れます。

ところで私は、インドの仕事にもいろいろと関係しているのですが、たまたま家にヒンディー語の辞書がありました。まさかと思って、調べてみたら、何と、”Beta”というのは、ヒンディー語で「息子」という意味ではないですか!これで長い間もやもやしていた謎が解けました。同じことで悩んでいる人がいるといけないので、お知らせしようと思いここにアップしました。

フレディの親は、インド人です。インド人もいろいろいるのですが、パルシー(Parsee)という一族です。映画の中でもお父さんが説明しようとしているのですが、もともとはペルシャに住んでいたゾロアスター教の人々です。7世紀頃、ペルシャがイスラム教に征服され、その迫害を逃れて、彼らはインド西部に逃れてきます。

インド社会の中で、比較的肌の白いパルシーは、カースト制度にも組み入れられず、要職を任されたとのこと。ゾロアスター教は、親がゾロアスター教でない限り、信者になることはできないので、その数は減少する一方なのですが、インドの大財閥のタタ・グループはパルシーとして有名です。製鉄、自動車、電力、IT、化学、通信、食品、ホテルなど傘下企業は100社超と言われています。

フレディは、ザンジバルで生まれましたが、ここは現在のタンザニア。タンザニアは、タンガニーカと、ザンジバルが合わさってできた連合共和国です。ザンジバルは島国ですが、王国と呼ばれていました。1964に革命が起き、ブルサラ一家はロンドンに逃れてきます。1964年の東京オリンピックには、タンガニーカとして参加していますが、その頃は、ブルサラ家は大変な状況だったんでしょうね。

千何百年前にパルシーが、ペルシャを追われたのもあり、革命でザンジバルを逃げなければならなかったのもあり、ブルサラ家が運命に翻弄され、放浪をしてきたという過去が、ボヘミアン・ラプソディーに繋がっているのですね。「ボヘミアン」というのは、ヨーロッパの放浪民で、ジプシーとも呼ばれますが、迫害を受けながらも各地をさまよう人々でした。「ボヘミアン・ラプソディ」というのは、フレディの自分のルーツでもある壮大な歴史の物語だったんですね。

フレディは、自分の出自を説明されるのを極端に嫌がっていました。しかし親は、幾度もそれをフレディに認識させようとします。早親が、フレディに”Beta”と呼びかけるのは、「あなたは誇りあるインド人の、しかもパルシーの血を引いている」という意味があってのことなのかもしれません。

実際の母親のJer Bulsaraは94歳まで生き、2016年に亡くなっています。あと少しでこの映画を見られたんですね。

まだまだ説明しなければいけない台詞がこの映画にはいろいろとあると思いますが、この記事が、何かの参考になりましたら幸いです。

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