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麻薬犬の一瞥(まえがきその2)

 午前3時前にスワンナプーム国際空港を出発した飛行機は、翌朝予定通りの時刻に成田国際空港に降り立った。日本についたら、決別した彼女たちを探そうかとも考えていた。
  会ったところでどうなるわけでもない。ただひとこと謝ろうかと思ったのだ。何を謝ればいいのかはわからなかったけれど。

 しかし、その思いを諦めさせるかのように、入国審査はスムーズに終わった。預けていたスーツケースを待つ間、通り過ぎた麻薬犬と目があった。厳しく躾けられたらしい麻薬犬は、淡々と人ごみをすり抜けていく。そしてその足を止めることなく、ぼくを一瞥した。

−もう、会わないほうがいい。

 その目は、そう訴えかけているように見えた。もうこれは取り返しがつかない。そう思ったぼくは、スーツケースを受け取り、帰りの京成線に乗った。

 車内でスマホをネットに繋ぐと、この大学4年間つながっていた彼女たちのSNSアカウントは、軒並みぼくをブロックしていた。

 旅の帰り道は、あっという間という言葉を聞いたことがある。一度見た風景、楽しい思い出の終わり、これらで舗装された帰路は刺激のない一瞬だという。けれども窓から流れていく景色は恐ろしいほどゆっくりで、行きと同じ景色には見えなかった。
 世界の色味がワントーン下がったような気がする。

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