だから、言ったのに。
だから、言っただろ。
やめとけって。
いっぱい泣いたんだな。
そんな顔になるまで。
もう、会っちゃダメだぞ。
部屋へ来ても、入れるなよ。
お前はちっとも悪くない。
悪いのは全部、あいつなんだから。
あいつさ、学年は俺と一緒だけど、歳はひとつ上だから、
お前の3つ年上だよな。
才能の塊。
なんでもできる。
体育大学を一年で辞めて、うちの法学部に入り直せたんだから、
何でもできる奴なんだ。ホントは。
でもやらないだろ。何にも。
留年してるのに授業に出ない。
バイトもしない。
部屋まで行って説得したのにな。
何度も。
3年我慢した親に仕送り止められて、アパートも解約されて。
「寝るとこないから、今夜泊めてくれ。」
いいよ。
それから2カ月いたんだぜ。
俺の部屋。
風呂無しの、6畳一間なのに。
その2カ月も、何もしなかった。
俺が、新幹線のバイトで朝早く出て行った日。
東京駅から新大阪駅まで弁当売って、向こうで昼飯食べて、
帰りの新幹線でまた弁当売って、
夕方帰って来たら、朝と同じ姿勢で寝てた。そんな奴だからな。
さすがに金が無くなったんだろう。
一度だけ、警備員のバイトに行ったことがある。
帰って何言うかと思えば、
「すげえよ。俺。」
何が?
「気が利くんだわ。」
どんな風に。
「工事現場のさ、前と後ろに立って、車とか人とか誘導するんだけど、俺の方が気が利くんだよ。ベテランの奴より。
先におばあちゃん通してあげるとか、子供連れてるママ気遣うとか。
もうひとりの奴さ、そういうの見えてないんだよな。
俺の方が上手くできるよ。初めてでも。」
そっか。
否定しないよ。
実際、そうなんだろう。
身体能力も気遣いも、心の優しさも。全部持ってる。
見た目の綺麗さ。魅力的な笑顔まで。
でもさ、生かさないじゃん。
一緒に働く奴らがバカ過ぎるって、3日で辞めちまって、
また寝てる。一日中。
「そのうち本気出すよ。」
そのうちって、いつだよ。
「まあ、そのうち。」
出て行けとは言えなかった。
優しくて、いいヤツだからな。
お前があいつのこと好きなのは、知ってたよ。
好きになるの気持ちもわかる。
でも、言ったよな。やめとけって。
お前がボロボロになるの、わかってたから。
見たくなかったから。
お前が電話をかけてきた夜、あいつが出て行った。
「行くわ。世話になったな。」
6畳一間が広く感じた。
静かになった。
自分の分だけ作って1人で食うメシは、旨くなかった。
厄介者がいなくなった。やっと。
せいせいする。
寂しいなんて思うもんか。
お前は、綺麗になった。
前より、かわいくなった。
でも、続かなかった。やっぱり。
見る度に笑顔がなくなっていく。
小さい顔がもっと、小さくなっていく。
だから、言ったのに。
俺から言ってやろうか。あいつに。
涙を見せないように、俯いて、
何も言わずに、顔を横に振って、
細い肩が走って行く。
何もしてあげられなかった。
昨日、あいつから連絡あったよ。
「帰るわ。田舎へ。世話になったな。またな。」
殴れなかった。電話だったし。
あいつは、お前の部屋でも何もしなかった。
お前が、通学してレポート書いて、料理して洗濯しても、食って寝るだけ。
才能あって顔も良くて、優しいのに、なんでなんだろうな。
自分からは出て行かない。
あいつから別れ話を切り出したりしないはずだから、
お前が泣いて、頼んで、追い出したんだろう。
好きなのに。
辛かったな。
広かったろ。
あいつが出て行った部屋。
静かだったろ。
1人に、戻っただけなのにな。
あいつに会ったら、殴っとく。
今度は絶対、殴るから。
だからもう、忘れろ。
いっぱい泣いたら、
いっぱい食べて、
ゆっくり、眠って、
忘れちまえ。
大丈夫。
お前のこと好きな奴、いるんだから。
だいじょうぶだよ。
おやすみ。
(1987年 23歳。)
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