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小説・「塔とパイン」

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作:よわ🔎 概要:45歳、片田舎の洋菓子店のパティシエが、紆余曲折、海を渡ってドイツでバームクーヘンを焼き始めた。 ※毎週日曜日更新(予定) ※作品は全てフィクションです。著…
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2022年12月の記事一覧

小説・「塔とパイン」 #05

小説・「塔とパイン」 #05

コーヒーをひと口飲んで、ほんの僅かな一息ついたあと、生地作りに取り掛かる。生地作りは職人にとっての命綱。生地の出来が、味を左右する。これはどんな業界でもおんなじ。

大袋から、小麦粉を取り出して、ボウルに移し替えた。小麦粉はイタリア製でパスタ好きのオーナーが、ボローニャにバカンスに行った時に、食べたパスタに感銘を受けて、小麦粉生産者に掛け合ったらしい。

パスタに使う小麦粉。そこからどうやって焼き

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小説・「塔とパイン」 #04

小説・「塔とパイン」 #04

おもむろに食洗機からマイ・マグカップを取り出した。カップはまだ、暖かく水滴がいくつもついている。白い布巾を使って拭き取る。

実はこの作業、好きだったりするが、同時に面倒くさいとも感じる。ただマグカップを拭いているだけなのに、正の感情と負の感情が交錯する自分がちょっと嫌だなぁと感じることもある。

「さて、と。」

誰に聞かせるわけでもない、聞いて欲しいわけでもない一言を吐いて、わずかばかりの気合

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小説・「塔とパイン」 #03

小説・「塔とパイン」 #03

仕事場に戻ると、鼻腔に甘い香りが飛び込んでくる。さっきまで、都会の雑踏の空気と、自身のタバコの匂いに包まれていたのが、部屋の暖かさと共に氷解する。

休憩から戻ってきて、手を洗い始めた。

「やっぱりここ、水、つめてぇ〜なぁ〜。」

冬の冷たい水が、外に出て冷えた身体に、指先から追い討ちをかけてくる。

手を洗う習慣ができたのはこの業界に入ってから。それまではお世辞にも綺麗好きとはいえない生活を送

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小説・「塔とパイン」 #02

小説・「塔とパイン」 #02

ドイツの冬は厳しい。

南国とまではいかないが、日本でも比較的温暖な気候で育ってきたから、雪がちらつくような寒い時期は苦手だ。

11月に入ってから雪がちらつくんじゃないかと思うような冷え込みを幾度も経験して、陰鬱な気分になったのは言うまでもない。

「そうなんだよなぁ・・・」

子供の頃はそれでも比較的人口の多い街で、自然はそれほど多く無かったけども、町中が遊び場だったし、寒さなんか全然気にして

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