見出し画像

第一章 管楽器のチューニング

上手な演奏とは?

どうすれば上手い演奏が出来るのか、
何を持って上手い演奏とするのかは、
様々な立場や視点により異なるため、唯一の答えはありませんが、

本書では、まず「上手い」と言う曖昧な表現を具体的に定義し、
それを目標にします。

そこで上手い演奏とは、
「正しい音程」「一定のテンポ」「適切な音量(バランス)」の
3つの要素で演奏する事とします。

これからこの3つの要素を元に、上手い演奏の作り方を見て行きます。

演奏の三要素 = 音程(Hz)・テンポ(Time)・音量(db) 
(この三要素は私が作った定義です。)

(補足 音楽の三要素 = 旋律・和音・リズム)
(これは一般的です。)

このように言われると、音さえ正しければ良いのか?
心はどこへ行ったのか?など、様々な疑問も浮かぶと思いますが、

なぜ音が大切なのか、これから音楽の謎を紐解いて行く中で、
その理由を明らかにして行きます。

原因と結果の法則

上手い演奏の答えが、正しい音で演奏するだけなら、
すぐにでも出来そうですが、
結果だけ求めても、正しい音は出て来ません。

なぜなら物事は、原因と結果の法則(因果関係)で
成り立っているからです。

では、上手な演奏のための第一歩は何かと言うと、
それは音の出し方です。
これは、アンブシュアの事ではありません。
それより更に前の段階があります。

そして、最初の1音が全ての出発点となって積み重なり、
その後の練習や演奏に影響を与え、最後に音楽と言う結果を導き出します。

チューニングを例に、
音の出し方を見てみましょう。


チューニングについて

チューニングは「1つの音」から始まりますが、
音程が合っているか、合っていないか以前に、
間違った方法で発音すればチューニングは出来ません。

では、何が間違っていて、何が正しいのでしょう。

これまでの一般的なチューニング


方法1 基準音と自分の楽器から出る音を聴き比べる。
解決法 合うまで聴き比べる。

方法2 チューナーを使う。
解決法 チューナーの針(メーター)が合うまで、調整を繰り返す。

これらの方法は、吹奏楽では一般的ですが、
本来、ピアノやギターなど平均律の楽器の調律方法なので、
管楽器のチューニングには適していません。

平均律のチューニング

ピアノやギターなど平均律の楽器は、
一度発音すると、同じ音程が持続します。
そのため、音叉などの基準音と聴き比べやすく、
その差を容易に確認出来ます。

また一定の音程は、チューナーによる測定にも適しているので、
音感に頼る事なく、針(メーター)を見ながら、
ペグを使って調整・固定できます。

しかし管楽器の音程は、一度発音した後から、
上下自由に移動できる純正律の楽器のため、

基準音と自分の音を聴き比べたり、
チューナーの針に合わせて音程を上下させても、
その場だけのチューニングに終わってしまいます。

そして、この方法でチューニングが合わない事は、
実は多くの人が経験上知っています。

音程を作る元

では、ピアノ・ギターの平均律の楽器と、
管楽器・ヴァイオリン(歌)等の純正律の楽器は何が違うのかと言うと、

●平均律の楽器 = 楽器が音程を作る。

●純正律の楽器 = 人が楽器に音程を伝える。

管楽器など純正律の楽器は、楽器が音程を作るのではなく、
演奏者が楽器へ音程を伝えます。

その仕組みから、音程を自由に変化させる事が出来、
大人数でも濁りの無い、純正律のハーモニーを生み出します。

これは声と同じ仕組みで、声帯は発声器官であり、
音程を作るのは、声帯をコントロールする自分自身なのです。

チューニングの歴史

なぜ管楽器に、平均律の楽器の調律が取り入れられたのかと言うと、
戦後、全国の学校に整備された吹奏楽部は、
ピアノを専門とする音楽教師や、ギターが得意な教師が
指導に当たったためです。

ピアノ、ギター = 楽器 = 管楽器

ピアノも管楽器も楽器なので、ピアノと同じ方法で上達出来ると考えられ、
それが戦後70年以上続いた結果、
調律が管楽器のチューニングとして定着しました。

ピアノは、音符と鍵盤が一致していれば、
奏者は音程を意識しなくても、自動的に正しい音が発音されます。

そのため管楽器もピアノ同様、楽器とは音程を作る道具と捉えられ、
チューニングを行い、音符と運指が合っていれば、
正しい音程が出ると考えられたのです。

そしてこの考えが、コンクールの演奏にもつながり、
「正しい音で演奏しているのに、なぜ結果が悪いのか?」と言う疑問に
つながって行ったのです。

演奏の出発点は人。楽器は道具。

管楽器演奏の出発点は何かと言うと、先ほども触れたように、
人の中にある音程(音楽)です。

チューニングの時、基準音と楽器の音を聴き比べ、
毎回チューニング管を抜き差しするのは、自分が音程を作るのではなく、
楽器が音程を作ると捉えているからです。

楽器とは、人の中にある音楽を表現するための
道具(musical instrument)です。

家を建てるのは大工さん(人間)で、
ノコギリや金槌(道具)が家を建てるのではありません。

これは管楽器だけでなく、ピアノも同様に、
全ての音楽の出発点は「自分」と言う認識が大切で、
ここから「自分軸の演奏」が始まります。

チューニングの効果と意味

チューニングの目的は、一義的には音程を合わせる事ですが、
本当の意味は、演奏の起点である、自分自身の音程を調整する事です。

自分が楽器に音程を伝える事で、楽器は本来の豊かな響きを取り戻し、
その音色から、豊かなハーモニーや明瞭なメロディが生まれます。

演奏の喜びとは、自分が楽器をコントロールし、
自分が音楽を作り上げている実感で、
それが本来の演奏の楽しみにつながって行きます。(自分軸)

次に管楽器の具体的なチューニングを見てみましょう。

管楽器のチューニング

1・基準音を聴く。(1拍でも良い)

2・覚えた音を、頭の中で思い返す。

3・思い返した音を、出だしから真っすぐ「声」に出す。
   (2拍以上伸ばす)

4・その音を、楽器を通して声で出す。(2拍以上伸ばす)

5・その音を、楽器から発音する。(2拍以上伸ばす)

最初は1から5までを繰り返し、
慣れて来たら 1・2・5 のみでチューニングを行います。

このように管楽器のチューニングは、基準音と聴き比べるのではなく、
「自分の記憶の音」と「楽器の音」を聴き比べます。

基準音さえ確認出来れば、チューニングは一人でも出来ますし、
練習時間の短縮にもつながります。

チューニング管は、無理なく真っ直ぐ音を出した時、
思った通りの音が出なかった場合調整します。

無理をして上下に音程をズラして合わせても、
演奏が始まれば、無理したまま演奏は出来ません。

チューニング管は、自分を中心に調整しますが、
自分が中心になるためには、
自分の中に基準となる音が必要です。

基準となる音とは、自分の中にある記憶した音です。

記憶の音を思い返す行為「内聴(ないちょう)」

「思った音」や「記憶の音」と言う言葉は、
抽象的で曖昧な印象を受けますが、

私たちの日常生活は、起きてから寝るまで、記憶を元に行動していますし、
文字を読む行為も、楽譜を読む行為も、記憶から始まります。

チューニングも同じように、まずは基準音を記憶し、
次にその音を思い返し、その音を元に発音しますが、

この「音を思い返す行為」を、
認知心理学用語で「内聴(ないちょう)」と言います。(内の音を聴く)

音楽用語ではないので、音楽の世界では一般的ではありませんが、
記憶の音は、曖昧な想像ではなく、漢字の暗記同様、
科学の世界でも認められている具体的な脳の機能です。

身近な例として、「鼻歌」を歌う時、
頭の中の音楽を思い返して歌いますが、

この思い返す行為が内聴で、
決して特別な能力ではなく、日常の当たり前の行為で、
演奏はこの能力を積極的に使う事で、精度の高い音楽を生み出します。

チューニングの理解

理解は、知識(脳)だけでなく経験(筋肉)とセットなので、
大切な事は1~5を、実際にやってみる事です。

特に指導される方は、是非自身で体感してください。
その経験が自身のノウハウになります。

言葉で説明すると少し難しく聞こえますが、
実際にやってみると、あまりに簡単で、
当たり前過ぎる事に、拍子抜けする人も多いはずです。

実は、たったそれだけの事だったのです。

「思った音」と「出た音」が異なれば、
すぐに違いは判断出来ます。

それは喋った言葉が、誤って訛ってしまった時と同じで、
少しでも音程が違えば、発音した瞬間に気づくのが当たり前なのです。

努力とは自分に対する罰ではありません。
上達のためには苦しまないといけない。と言う風潮がありますが、
簡単に上達するは悪い事ではなく、自然な事なのです。

リラックスして、本来の感覚を取り戻して行きましょう。

真っ直ぐ音を出す方法

チューニングも演奏も、
出だしから真っ直ぐの音程を発音する事が大切ですが、

出だしから真っ直ぐ発音するには、まず基準音を内聴し、
発音に向け、姿勢やアンブシュアなど筋肉を整え、
その音に見合った呼吸で発音しなければ、目指す音程は出せません。

声の場合も、口の形や、声帯、呼吸だけで声を出しても、
明確な言葉や音程は出せません。

身近な例として、「おはよう」をハッキリ発音するためには、
頭の中にある「おはよう」を内聴しなければ発音出来ないのと同じです。

管楽器も同様に、アンブシュアや呼吸、運指の筋肉だけで音を出すと、
「ド」や「レ」の音程ではなく、
「ブ~」や「ボ~」のような音しか出て来ません。

このように、管楽器は音程を作ってくれる道具ではなく発声器官なので、
音程は演奏者が伝えなければいけません。
そのためには、最初の一歩となる内聴が不可欠なのです。

姿勢も内聴から始まる。

金管楽器の場合、吹きやすいアンブシュア(embouchure)を見つけるのは
時間がかかりますが、
内聴を元に、出だしから真っ直ぐの、安定した音程を目指せば、

自然に姿勢は良くなり、楽器の芯に音が当たるようになり、
吹きやすいアンブシュアも見つけやすくなります。

なぜならそうしないと、自分の目指す音が出せないからです。

正しい姿勢は演奏の基本ですが、
姿勢を正しくすれば、良い音が出るのではありません。

基本的な知識として、姿勢や呼吸の方法を知る事は、
自分のやっている事をチェックするために大切ですが、

自分が安定した音(声)を出すためには、
腹筋や腹式呼吸を使うしかないので、自然に姿勢は良くなるのです。

つまり良い姿勢とは結果であり、出発点(原因)ではありません。
内聴を出発点にすれば、結果として良い姿勢につながるのです。

原因と結果

上達は出発点を明確にして、そこから順番に積み重ねる事が大切です。
何か問題にぶつかった時は、出発点に戻って確認します。

これは仕事も企画も、物作り、会社経営も同じで、
全ては、出発点から生まれているのです。

繰り返し練習しても、効果が得られないのは、
結果だけを求めてしまう事が原因です。

「上手く演奏する方法は、上手く演奏する事。」
と言われたら冗談に聞こえますが、

「もっと迫力を出しなさい。」「もっと表情豊かに。」と言う指導も、
その方法を伝える事をせず、結果だけを求めているので、
実は同じ意味なのです。

チューニングが難解な理由


内聴を使った管楽器のチューニングを理解した上で、
先にも触れた従来のチューニングを振り返ると、

なぜチューニングが、これほどまでに難解で複雑になったのか、
その理由が一層明確に見えて来ると思います。

まとめると「チューニング」に「調律」を当てはめた事で、
「管楽器を調律」する方法を、みんなで探していたからです。

「ピアノ=楽器=管楽器」なら、「管楽器=楽器=ピアノ」のはずです。

逆に管楽器のチューニングをピアノに当てはめると
どうなるかと言うと、

音程は奏者が作るものなので、
ピアニストは自分でピアノの音程を作らなければいけません。

しかし、どれだけ強く鍵盤を押しても、斜めに押しても、
ピアノ奏者によって、ピアノの音程が変わる事はありません。

つまり、「ピアノ=管楽器」ではないので、
「管楽器=ピアノ」も成り立たないのです。

これまで多くの人がチューニングに違和感を覚えたのは、
そのためです。

管楽器の音程

管楽器は悪い言い方をすれば、材質や形状は違っても、
単なる1本の管です。

音階は楽器の長さを基音に、キーやピストンを使って
倍音の組み合わせから音階を出しますが、
それでも仕組みはシンプルなので、厳密な音程は生まれません。

逆に厳密な音程の管楽器を作れば、音程は平均律になり、
合奏は出来なくなってしまいます。

純正律と平均律の世界

純正律の楽器

純正律の楽器は、吹奏楽、合唱団、オーケストラなど、
大人数でも演奏出来る楽器(声)です。

特徴は、音の響きに合わせて、自分で音程を変えられる事です。
そのため大編成でも音が濁る事なく、豊かな響きを表現出来ます。

そしてこれらの楽器は同じ純正律なので、
共通点が多く演奏技術も流用出来ます。

例1)合唱の音程は、歌う人が作ります。
   吹奏楽の音程は、演奏者が作ります。

例2)アカペラは小さな合唱団ではありません。
   個人の技術が求められるのと同時に、個人の力を表現出来ます。

   アンサンブルは小さな吹奏楽団ではありません。
   個人の技術が求められるのと同時に、個人の力を表現出来ます。

純正律同士、他のジャンルも参考にしてみて下さい。

平均律

平均律の楽器は、ソロ、ロックバンド、ジャズなど、
少人数で演奏する楽器です。

逆に言えば、大編成では演奏出来ません。
ピアノオーケストラや、エレキギターオーケストラが無いのは、
音程が固定されているため、音が濁ってしまうからです。

同じ平均律の楽器でも、大正琴、マンドリンは、
単音しか発音出来ないので、大人数での演奏も可能ですが、
楽器の特徴を表現するには、ソロが適しています。

平均律の楽器同士も共通点が多くありますが、
純正律の楽器と、平均律の楽器は、同じ楽器でも出発点が異なるので、
楽器を練習する上では、別の楽器と捉えて下さい。

音痴の原因

さて、話は余談になりますが、音程の話の延長で、
音痴について見てみましょう。

カラオケで癖のある歌い方(音痴)は、
内聴をしないまま声を出し、口から出た声を聴きながら、
音程を探って歌う事が原因です。


   

吹奏楽でも、すでに出た音を聴きながら
音程を調整するのは良くある事ですが、
これは音痴の歌い方なのです。( ̄∀ ̄;)  

その理由は指導者が「周囲の音を良く聴きなさい。」と
指導する事も原因の一つです。

▼◇×(>Д<)▲◎◆!  (・д・)(・д・)(・д・)☆~

聴いていないから合わないのではなく、
聴いているから合わないのです。( ゚ ω ゚ ) ! ! (・д・)(・д・)(・д・)・・・

原因と結果

最後にまとめとして、吹奏楽部の練習メニューから、
出発点の大切さを見てみましょう。

  A・正            B・誤
1・内聴          1・チューニング
2・チューニング      2・基礎練習
3・基礎練習        3・合奏
4・合奏          4・聴く

A は人間を出発点に積み重なって行きます。

B は楽器も楽譜も、方法も揃っていますが、
出発点の人間がいないため何も始まりません。

演奏によって生まれた音楽は、
演奏者の中にある音楽を、外に出した結果です。
大切なのは出た音ではなく、演奏者の中にある音楽なのです。


今回たった1個の音の出し方を見ただけですが、
最初の1個が存在しなければ、音階も、練習曲も演奏出来ません。

逆に言えば、
曲が上手く演奏出来ない理由は、練習曲が出来ていないからで、
練習曲が上手く出来ない理由は、音階が出来ていないからで、
音階が上手く出来ない理由は、音の出し方が出来ていないからなのです。

これが、音楽の出発点は最初の1音の意味です。

では今回は1音の出した方を見たので、
次回は7音の音階練習へ進みます。
ここでも新しい発見が出来るはずです。

最後まで読んでいただき
ありがとうございます。

河合和貴 2024年2月


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?