見出し画像

何歳になっても、ほんとうは嬉しいものを考えてみた

何歳になっても、ほんとうは嬉しいものを考えてみる。“ ほんとうは ” というところがミソで、恥や外聞を無視して嬉しいと思うもの。

・手に持てる風船。自分で膨らましてぽーんとするんじゃなくて、例えばディズニーランドでぷかぷか浮いている風船とか、ショッピングモールでもらえる棒タイプの風船とか。できれば両手に持ちたい。

・サイリウム。パキッと割って、じわ~と色が満ちていく瞬間は何歳になってもワクワクする。高校生のときは文化祭でブレスレットタイプのサイリウムとか、カチューシャタイプのサイリウムをつけるのが定番で、時期が近くなると100均からサイリウムが消えた。

・干したての布団。言わずもがな。なんかこう、生まれ変わってふかふかした感じがあって、いい匂いがして、そのまま息が止まってもいいとすら思ってしまう。今だに布団を干したあとは、「はああぁぁぁああ」と息を吐いて、思いっきり布団の匂いを嗅いでいる。

・ねるねるねるね。人によって分かれるかもしれないけれど、私はときどき無性にねるねるねるねが食べたくなる。大人になって、食べたくなる。明らかに体に悪い色と味をしているけれど、子どものときは食べたいときに食べられなかったから、自由に買える今が最高でしかない。お母さんに見られずに食べているときに、変な背徳感を感じる。自分の身体を自分で悪くしている背徳感かもしれない。

・青春時代に聞いた音楽。プレイリストのシャッフルでかかってくれると嬉しいし、急にかかったとしても全部歌える。歌詞を必死で覚えたあの時期、私が私であるために必要だった音楽。私の成分といっても過言ではない歌詞とメロディーは、今でも私の身体の1%を形作る要素なんだと思う。

・名づけること。小さい頃はぬいぐるみに、今は植物に、名前をつけることが私は好きだ。クラブ活動で使っていた楽器や、弓道部で使っていた弓にも名前をつけて可愛がっていた。名前をつけたから可愛がれたんだと思うし、自分の中のテリトリーにいれたかったから名前をつけたんだと思う。

きっと他にもある。あるんだけど、一旦ここまで。また思いついたら書こうかな。

”終わりよければすべてよし” になれましたか?もし、そうだったら嬉しいなあ。あなたの1日を彩れたサポートは、私の1日を鮮やかにできるよう、大好きな本に使わせていただければと思います。