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「因果なアイドル」第7話「暴かれた秘密」

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 授業終了から喫茶店でのバイトの時間まで、霧人は図書室ですごした。何とか宿題はやったものの、予習までは手がまわらなかった。テーブルに突っ伏し、目を閉じた。
 昨晩は本当に眠れなかった。まさかあそこまでマナのことを意識してしまうとは思わなかった。きつく目を閉じてマナの幻を追い払うと、今度は頭の中でマナの名前がこだまするのだ。こんなことははじめてだ。
 喫茶店での仕事をかろうじてミスなくこなし、霧人は二階を素通りし三階の事務所に向かった。二階の稽古場からは音楽が聞こえてくる。マナがいるのは確実だ。
 三階の事務所に入ると、いつもは植田か田中、どちらかがいる時間帯だが、今日は二人ともいた。それどころか、谷川までいる。喫茶店での仕事を終えて、一足先に戻ってきたのだ。
「どうしたんですか?」
 鞄を置いてたずねた瞬間、三人の視線がいっせいに霧人に突き刺さった。そう、突き刺さった。眼力だけで人を殺せそうなほどの力を持つ三人。間違いなく、極道の目であった。
 それも束の間、植田はいつものおネエな雰囲気に戻り、田中はにこにこしていた。谷川だけが剣呑な雰囲気を崩していない。
「霧人君」谷川は言った。「最近、マナといっしょに帰ったり、出かけたりしたことはなかったか?」
「あります。社長のプレゼントを買いに行ったときと、稽古を途中で切りあげて駅まで送ったときです」霧人は言った。「プレゼントのときはノゾミもいたので、二人だけではありませんが」
「これを見てくれ」谷川は新聞を指さした。
 週刊誌の広告が載っていた。大きな文字で、「マナに熱愛発覚!? お相手は同年代の少年?」とあった。
「な、何ですかこれ!?」
 驚く霧人に、植田が「週刊誌、買ってきたんだけど、これ、霧人君よね?」と記事を見せた。
 「朝毎芸能(あさごとげいのう)」と書かれた週刊誌には、霧人の顔は黒塗りで隠してあるものの、マナの顔はばっちり写っていた。
「マスクとフードをつけてるのに、またうまいこと撮ったものよね」植田が言った。言葉にとげがある。
 朝毎芸能には、「エタニティのボーカル・マナ(16)が、マネージャー補佐のバイトの少年(16)とデート」とある。ノゾミが写っていないときを狙って、大量の写真が掲載されていた。
「これって、スキャンダルじゃ……?」
「この程度はスキャンダルのうちには入らん。ファンの心証は悪くなるかもしれんが、きちんと話せば誤解は解ける」谷川は記事を指さし「問題があるとするなら、ここだ」と言った。
 そこには、シューティングスターの来歴が書かれていた。
「芸能事務所シューティングスターは、旧・谷川組を母体とする組織であり、裏社会とつながりがある。彼らは若者たちを言葉巧みに誘い、芸能界で新たなシノギを獲得しようとしている。マネージャー補佐の少年もまた、法律違反すれすれの労働条件で夜おそくまで働かされている」
「記者会見をすることになった」田中が言った。「谷川社長とマネージャーの俺、マナとノゾミで臨むことになっている」
「ひとつ疑問がある」谷川が言った。「谷川組はすでに解散している。シューティングスターは俺が勝手に作ったものであって、谷川組を母体としているわけじゃあない。それは解散のときにはなれていった組員は知っているし、ここにいる者全員もよく知っている。誰かが入れ知恵をしない限り、谷川組とシューティングスターを結びつけるなどという馬鹿な発想には至らないはずだ」
 霧人は総毛立った。谷川は明らかに霧人を疑っている。そして霧人には、思い当たる節があった。
「話し……ました。昔、お世話になった人に」霧人はあえぐように言った。「で、でも、谷川組をもとにした会社だなんて言ってません! 元組長の息子さんが作ったって話しただけで」
「わざと曲解しやがった」田中はうめいた。「捏造だ」
「この記事を書いた立木という男が、君の知りあいなのか?」谷川が問いただした。
 霧人はうなずき、「年のはなれた……兄みたいな人です」
「知ってますよ。立木陽介でしょう?」田中が苦々しげに言った。「先日のミニライブでも、マナたちにインタビューさせてほしいっていきなり現れたんですよ。追い返しましたけどね」
 霧人は呆然となった。陽介兄ちゃん、メディア関係の仕事についてたのか。もしかして、うちに来たのは線香をあげにきたのではなくて、僕からシューティングスターのことを訊きだすことが目的だったのか? シューティングスターと谷川組が関係ある……本当はないけれど……ということの裏づけを得るために。
 霧人が考えていることを見抜いたのか、谷川は田中に「立木は俺たちの周辺を探っていたのか?」と訊いた。
「そうみたいですね。エタニティは今、人気急上昇中ですからね。何かスキャンダルのネタをつかんでやろうと必死みたいです」
「霧人君のような子供から、裏なんか取れないだろう」
「それぐらい必死なんですよ」田中は言った。「あの男、業界では悪い噂の絶えない奴でね、何年も業界にいるのに特ダネを一度もものにしたことがなくて、あせっているらしいです。まあ、なりふりかまっていられないところに、エタニティとシューティングスター、谷川組の情報が飛びこんできたんですがりついた、て感じでしょう」
 低い笑い声が事務所を覆った。全員の視線が、植田に集中する。
「谷川社長、沈めちゃいましょうか、そいつ。マナちゃんとノゾミちゃんの邪魔をするような奴は、魚のエサになってもらいましょう」
「落ちついてください、植田さん」
 田中に言われ、植田は目をさましたように何度もまばたきをした。「嫌だわ、つい昔の悪い癖が」
 霧人は理解した。植田はもとからおネエな男性だったわけではない。極道時代の凶暴性を封印するために、あえておネエな雰囲気をまとっているだけなのだ。彼は根っからの極道であり、それは払拭しようがないのだ。
「マナと霧人君の件はともかく、シューティングスターを作ったのが元極道だということは否定できない」谷川はわずかにうつむいた。「エタニティの評判が悪化するのはさけられんな」
 全員、黙りこんでしまった。
 せっかく、ドラマの主演が決まったのに。あんなにがんばっているのに。才能だってあるのに。すべて、駄目になってしまうのか。
 週刊誌に目を落とす。こんな半ば捏造された記事にエタニティが、シューティングスターが貶められるなんて、看過できない。
 霧人は拳を握りしめた。
「……僕に、考えがあります」
 谷川たちが顔をあげた。霧人も顔をあげ、意を決して、自分の計画を口にした。
 すべてを話したあと、「問題があるようなら言ってください。これにはエタニティとシューティングスターの未来がかかってるんですから」
 谷川たちは黙りこんでいたが、くっ、という笑い声が静寂を破った。
「俺たちはもう極道じゃない」谷川は笑った。「だが、高校生がこれだけのことを考え、腹をくくっているというのに、俺たちが手をこまねいているなんて、恥ずかしいことだとは思わないか?」
「やってやりましょうよ!」田中が明るい声で言った。「俺たちはたしかに極道だった。人に言えないことをしたことだってある。だけど、堅気に手を出したことはない。胸張っていきましょうよ」
「そうよね。霧人君がここまで考えてくれてるんだから、大人の私たちが腹をくくれなくてどうするんですか」植田は霧人に軽くウィンクをしてみせ「そうでしょ、霧人君」
「決まりだ」谷川は決然と言いはなった。「俺たちはたしかに極道だった。だが、もう堅気だ。胸を張れ。いいな」
 全員がうなずいた。
 霧人は稽古場へ向かうと、マナとノゾミに、事務所であったことを話した。
「上等! やってやろうじゃないの」週刊誌を踏みつけ、マナは気炎を吐いた。「こんな馬鹿みたいな記事につぶされてたまるもんですか!」
「そうだよ! ここまでがんばってきたのに全部つぶされるなんてありえない! やりましょう!」ノゾミが鼻息あらく言った。
「二人とも、ごめん。知らなかったとはいえ、僕がよけいなことを話したせいで」霧人は頭をさげた。
「すぎたことは仕方ないじゃない」それよりも、とマナは言った。「いいの? 相手はお兄さんって呼ぶぐらい慕ってた人でしょ。恩を仇で返すみたいになるけど」
「わかってる」霧人は頭をあげた。「陽介兄ちゃんには悪いけど、僕にとって大事なのはシューティングスターとエタニティだから」
 なによりも、マナが大事だ。しかし口には出さなかった。

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