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「因果なアイドル」第8話「記者会見」

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 記者会見の会場は、思った以上に広かった。芸能人の謝罪会見をTVで見たことはあったが、まさかここまで広いとは思わなかった。
 TVで見た芸能リポーターがいる。カメラを持った者がいる。大勢のメディア関係者が、これから谷川たちの発する言葉を待っていた。
「大丈夫?」霧人はマナとノゾミに声をかけた。
「平気よ。別に悪いことをしたわけじゃないんだし」マナはそう言ったが、身体がかすかに震えていた。
「私も大丈夫」ノゾミも言ったが、彼女が一番心配だと霧人は思っていた。「それよりも霧人君が心配。大勢の前に出る経験なんて、ないでしょ?」
「僕のことは気にしなくていいよ。呼ばれたらちゃんと出るから」心配をかけないよう、霧人は言った。
「基本、原稿どおりにな」谷川がマナたちに言った。「よけいなことは言うな。心証を悪くする」
「わかってます」マナは腰に手を当てて、挑むようなまなざしを谷川に向けた。「頼りにしてますよ、社長」
 谷川はネクタイをしめなおし、記者会見に臨む仲間たちを見た。「行くぞ」
 谷川が会場に姿を見せると、無数のフラッシュがたかれた。シャッターを切る音が響きわたる。谷川のあとにマナとノゾミが続き、最後に田中が出てきた。
 ……うまくやってくれよ。
 霧人は祈るような思いで四人を見送った。
 最初は、謝罪からはじまった。
「このたびは、所属タレント、ひいては我が事務所の件でお騒がせしたことを深くおわび申しあげます」
 谷川が言うと、四人は立ちあがり、頭をさげた。
「今回の件にかんしましては、我々としてもみなさまにお伝えせねばならぬことが多々あり、この場を設けさせていただきました。ご質問も受けつけますので、よろしくお願い致します」
「はい」
 最前列の男が手をあげた。立木陽介だ。霧人が会ったときと比べると、どこかうらぶれて、汚らしい印象を受けた。家に来たときは、仕事ができる男、に見えたのに、何年経っても特ダネをものにできていないというのは本当らしい。
「朝毎芸能の立木です。シューティングスターの母体が谷川組であるということは事実なのでしょうか?」
「いいえ、それは誤解です」谷川は言いきった。「たしかに私は、元谷川組の人間です。ですが、谷川組はすでに解散しており、シューティングスターは旧谷川組とはまったく関係のないところで設立した会社です。裏社会とのつながりはありません」
「そんな話が通用するとお思いですか?」立木は下卑た笑みをもらした。「子供をこきつかって、上前をはねているそうじゃないですか」
「それも誤解です。うちは法に則って人を雇い、法の範囲内で働いてもらっています。ブラックなことはいっさいしておりません」
「では、この画像を見ていただけますか」立木はタブレット端末を操作し、ある画像を谷川に見せた。「これはおたくの所属タレントが援助交際をしている決定的な場面を画像におさめたものです。これでも、ブラックではないと言えますか?」
 会場がどよめいた。「立木の奴、いつの間にそんなものを手に入れたんだ?」「とうとう特ダネをものにしやがった」小声ではあるが、霧人にははっきりと聞こえた。
 立木のタブレットには、中年の男性とマナが腕を組み、親しげに話している姿が映っていた。画像は一枚だけではなく、様々な角度からとられたものが多数あった。そして最後の一枚は、ホテル街の前で二人が立っているところだった。
「こんなことを所属タレントに、しかも未成年にさせておいて、ブラックじゃないだなんてよく言えますね。極道の世界ではこれが常識なんですね」立木は得意満面であった。
 谷川はマイクを手に取り、「それは誤解です」と否定した。
 立木はかみついた。「男と女がこんな場所にいて、誤解だと言って通用すると思いますか? しかも元極道の言うことを」
「植田さん、来てください」
 谷川の声とともに、霧人の横を通りすぎて植田が壇上に姿を現した。
「シューティングスターの植田と申します」植田は言った。「マナと映っているのは、私です」
 一瞬、立木は呆然となった。「いやしかし」と、何度も画像と植田を見比べる。
 画像は夜に撮られたものだが、植田の顔がはっきりと映っている。映るように撮った、と言うべきだろう。

「マナが援助交際をさせられてる」
 霧人は立木の実家を通して、立木に連絡を取った。シューティングスターやエタニティのことで、大人である陽介兄ちゃんにどうしても相談したいことがある、と言って、だ。
 夜、街を歩いているときに偶然見つけたと言って、男と歩いているマナのスマホ画像を立木に見せた。
 マナの相手に植田を選んだのは、面が割れていないと思ったからだ。田中はマネージャーとしてマナたちについてまわることが多いため、自然と顔はおぼえられている。特に立木は、田中と会っている。
「本人は言わないけど、ずっと、噂では聞いてたんだ。たぶん、ノゾミも」
「そうか……」立木は画像を見ながら、神妙な面持ちでうなずいた。
 植田の顔を見て何の反応も示さないことに、霧人は安堵した。
「マナもノゾミもいつも笑ってるけど、僕はつらくて見ていられないんだ。陽介兄ちゃん、どうしたらいいの? 僕にできることはないの?」
「安心しろ」立木は霧人の肩を叩いた。「こいつは立派な犯罪だ。俺が何とかしてやる」
「僕も、ひどい働き方をさせられてる」霧人は肩を落とした。「マナたちほどじゃないけど、安い時給で、勉強もできないぐらいの長時間、働かされてる。ブラックだよ、あの会社」
「どうしてやめないんだ」
「父さんが、言ったから」ぽつりと霧人は言った。「困ったら谷川さんを頼れって。実情を知ってたら相談なんかしなかったよ。でも、やめるなんて言ったら」
「何をされるかわからない、か」
 霧人はうつむき、すすり泣きをはじめた。もちろん演技だ。
「泣くな。俺が絶対に助けてやる。だから、安心しろ」
 うつむいたまま、霧人は何度もうなずく。
 自分はいつから、こんなに嘘がうまくなったのだろうかと思った。

「最後の一枚はタクシーを拾おうとしているところですね、これは」画像を見ながら、植田は言った。「いやはや、まさかこんな誤解をされるとは思っていませんでしたよ。もっときちんと裏取りをされるものだとばかり思っていました」笑顔で嫌味を言う。
「未成年を最低賃金以下で働かせているという話も聞いています」立木は歯ぎしりせんばかりの勢いで言った。「私の知りあいの話です。事実無根とは言わせませんよ」
 谷川が霧人を見た。出番が来た。
 霧人は緊張でふらつきそうになる身体をしっかりと支え、壇上にあがった。
 マナが、ノゾミが、植田が、田中が、心配そうに見あげている。谷川だけが「やれ」と目でエールを送っていた。
 霧人はマイクを取った。
「シューティングスターでアルバイトをしている、相川霧人と申します。仕事の内容は、主に喫茶店のウェイターと、エタニティのサポートです」霧人は立木をまっすぐ見つめて言った。「立木さんのおっしゃっていることは事実無根です。シューティングスターは法律を遵守し、働きやすい環境を整えてくれています。僕から言うことは、何もありません。それほどすばらしい職場です」
 立木は再び呆然となった。だが、谷川が相手ならまだしも、かつて面倒をみていた子供に対し、容赦はなかった。
「それこそ大嘘だ! 君はだまされてるんだ! そこの外道に搾取されてるんだ!」谷川を指さす。だが、激情の矛先は、明らかに霧人だった。
 だましたな! この俺を!
 そんな叫びが聞こえてきそうだった。
 会場は騒然となった。その中で谷川ひとりだけが、冷静だった。ゆっくりとマイクを手に取り、口を開く。
「もし、私たちの言うことが信じられないのであれば、二十四時間、私たちを監視していただいてかまいません。私たちは何らやましいことはしていません」ですが、と谷川が力をこめると、会場はしんと静まりかえった。「もし、何もなかった場合、それなりの法的措置を取らせていただくこともあるかもしれません」
 谷川は会場を見わたしたあと、言った。
「元とはいえ、極道だった人間が社長を務める事務所に、抵抗感をいだく方もいるでしょう。エタニティを嫌悪する方もいるかもしれません。この件にかんしては、みなさまの、そしてエタニティのファンのみなさまの判断にゆだねたいと思います。これから、エタニティはどうあるべきか、シューティングスターはどうあるべきか」谷川は傲然とも言える態度で全員を見おろし「必要ならば、私は社長職を辞します」
 谷川はちらりと霧人を見やり、軽くうなずいた。
 これが俺の、俺たちのやり方だ、と言っているようだった。
「そ、そんなことが通用するとでも」立木がなおも食いさがろうとしたが、
「あー、すみません、立木さん。あなたの言動にはうちも迷惑してるんですよ」田中がマイクを取った。「先日のミニライブのあと、あなた、アポなしでエタニティにインタビューさせてほしいって押し入ってきましたよね。そういうのはありなんですか? それに加えて、今回の妄言。よほど特ダネが欲しかったんですね」
「なっ」
「あと、谷川に対する発言は侮辱と取りますがよろしいでしょうか。判断はファンのみなさまにゆだねますが、極道だった過去を反省し、起業し、大勢の人々を幸せにするためにがんばっている谷川を糾弾する権利が、あなたにあるのですか?」
「妄言だと!?」立木は椅子を蹴って立ちあがった。「そ、そこの女が援助交際をやっていたのは事実だ! 極道ならそれぐらいやりかねん! お前らは事実を隠蔽しているんだ!」立木は会場を見わたし、叫ぶように言った。「これは事実なんだ! 本当だ!」
 会場にいる人間はみな、顔を見合わせ、ひそひそと話しをしている。誰も立木のことを信じてはいなかった。
 特ダネをものにしようとして、馬鹿なことをした男。そうとしか見られていなかった。
 霧人はマナとノゾミ、シューティングスターのために立木をだました。そのときは立木への罪悪感よりも、立木がやったことへの怒り、マナたちを守りたいという思いの方が強かった。だが今は、立木に対する哀れみの方が強くなっていた。
「黙って聞いてりゃ好きなこと言って!」
 霧人はぎょっとして声の主を見た。田中もノゾミも、これまで冷静だった谷川までもが目をまるくしている。
 マナがマイクを手に立ちあがった。
「何が事実よ! あんたは、そんなにあたしたちに援助交際をさせたいわけ!?」マナは立木をにらみつけた。「あんたの言葉はすべて妄言! 援助交際もなければ法律違反もない! あんたはね、エサもついてない釣り針に引っかかった馬鹿な魚よ!」
「このっクソガキ!」
 立木はタブレット端末を思いきりマナに投げつけた。
 危ない、と叫ぶ間もなく、霧人がそのあいだに入った。顔面にタブレットの角がもろに当たり、霧人はぶっ倒れた。
「霧人!」マナが叫び、「あんたよくも!」と長テーブルを飛びこえ、立木の前に立った。
「マナ、駄目だ……」長テーブルによりかかり、霧人は起きあがった。
 立木は我を失っていた。自分に恥をかかせた子供に制裁を加えてやりたい。それしか考えていないようだ。
 拳ではなく平手打ちだったのは、理性の欠片が残っていたことの証か。マナは平手打ちを食らったが、それがわざとであることは一目瞭然だった。
 マナが左足を踏みだす。脚の力と腰の回転が上半身に伝わり、右腕がうなる。
 強烈な正拳突きが、立木の腹に直撃した。立木はその場にくずおれ、胃の中のものをすべて吐きだしてしまった。
 わずかなプライドとともに。

「すみません、つい……」
 会場から出たあと、控室で、マナは正座をさせられていた。霧人はノゾミがもらってきてくれた氷嚢で顔を冷やしている。
「原稿どおりにしろって言ったよな?」谷川がめずらしく怒っていた。「まったく、あの映像を見た視聴者がどう思うか……」
「だからすみませんて」マナはおどけるように言ったが、谷川の表情が変わらないので黙りこんだ。
「まあ、言うべきことは言った。あとは、視聴者やファンの判断次第、だな」
「それよりも」植田が微笑みながら言った。「やっぱりあの男、沈めた方がいいんじゃありません? 社長を外道なんて許せないわ」
「植田さん、冗談でもそういうのはやめてくれ」谷川は疲れたように言った。
「あの、社長」霧人が言った。「どうして判断をゆだねるなんて言ったんですか? 僕たちは本当に何も悪いことをしてないのに」
「極道っていうのは、一度なっちまうと、そういう目で見られるものなんだ」谷川はさびしそうな笑みをもらした。「俺たちを受け入れてくれるかどうかは、ほかの人間が決めることだ」
「社長はがんばってるのに、評価されない」田中は言った。「世の中、そんなものだよ、霧人君」
「もし、ですよ」ノゾミが言った。「社長をやめることになったら、社長はどうされるんですか?」
「そうだな」谷川は考えこみ、「どこかで喫茶店でもやるのもいいかもしれないな。本をたくさん置いて、好きなように読める、そんな喫茶店」
「本がお好きなんですか?」ノゾミは驚いたようだ。「知らなかった」
「学生のころは、月に百冊は読んでたな」
 へえ、とその場にいる全員が声をあげた。
「マナ、ノゾミ」谷川は言った。「芸能界では、こういうことがよく起こる。自分に非がなくてもだ。そんな因果な商売を、お前らは選んだ。極道と同じ因果な商売だ」
 マナとノゾミは、谷川の言葉をじっと待っていた。
「それでも、続ける気はあるか?」
「当たり前じゃないですか」マナは不敵な笑みを浮かべた。「私たちはアイドルを足がかりに、誰もが聴きほれるような歌手になるって決めてるんです。せっかくチャンスをつかんだんですから、絶対にはなしません」
「わ、私もです」ノゾミが言った。「私と、マナちゃんで作った歌を、みんなに伝えたい」
 谷川はじっと二人を見たあと、「わかった」とだけ言った。
「二人とも、霧人君には感謝するのよん」植田が突然言った。「今回の作戦を立案して、立木をだまくらかしてくれたのは、霧人君なんだから」
「いや、僕はタブレット食らってぶっ倒れてただけで」
「あ、あのときはありがとう。助けてくれて」マナはあわてて礼を言った。
「いいよ別にそんなの。マナならよけてただろうし」
「それでも、ありがとう……守って、くれて」マナは太腿の上で、指をもじもじさせている。
「うん……でも、まさか陽介兄ちゃんを殴るとは思わなかった。平手で叩かれてたけど、大丈夫?」
「あんなもやし男の平手なんて痛くない」ふん、とマナは鼻を鳴らした。
「はいはいはい」パンパン、と植田は手を叩いた。「今日はもう帰りましょう。疲れたでしょう? 田中君、車を用意して」
 田中が出ていったあと、谷川は
「本当に、因果な商売だ」
と、ため息をついた。

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