米津玄師のETAを深読み・裏読み・縦読み考察
生まれ変わったボツ曲
ETAとは「Estimated Time of Arrival(到着予定日or時刻)」の略で、主に貿易・物流・運輸業界などで使用される用語だ。
元々、飢餓や疫病などで死屍累々の地に現れる妖怪「以津真天」から着想を得て、2020年のアルバム「STRAY SHEEP」に入れようとしたが、あまりにも暗すぎるとボツにした曲らしい。
それを今回、元のテイストは残したまま、「離発着する便もなく、誰もいない空港にETAのアナウンスだけが流れている」というイメージに方向転換し、再構築してリリースしたと言う。 *M八七 Radioより
とはいえ、冒頭の歌詞で”いつまでもいつまでもと歌うように呟いた鳥”とは、おそらく元ネタの残滓だろう。
「あなたに会いにいく」という歌詞から、久々のツアー発表との関連を問う質問に「その捉え方はみなさんに任せようと思います」*と答えを濁している。
*ナタリー インタビュー より
筆者はこの曲には2つの側面があると捉えている。ひとつはデビュー10周年を迎えた米津の心象、もうひとつはこの2年半もの間、会うことが許されなかったファンへの想いだ。
10年熟成、混じりっけなしの米津エキス
タイアップ先や優秀なアレンジャーとのマリアージュで供される、極上のカクテルみたいな曲は米津の真骨頂だが、「ETA」にはタイアップがついていない。
「作詞・作曲・アレンジ・ヴォーカル:米津玄師」
クレジットには外部アレンジャーも楽器演奏者の名前もない。この米津原液曲にしかない美しさと、同量の不気味さを孕む混沌とした音のひとつひとつが、混じりっけなしの純度で中枢神経を浸していく。
冒頭からヘッドホン壊れたかと思うような音割れ、何かが壊れ、炎が突然吹き上がり、不規則に歪んでいく空間。機械的な少女の声。不吉なものが近づいてくる二拍子。凄絶な悪夢にうなされる間奏。1分40秒近くに及ぶアウトロでは、平衡感覚がヤられるほど脳が揺さぶられる。
これ、歌詞をほんのちょっと変えただけでサウンドはボツ曲のまんまなんじゃねぇのか??と、訝ったほどだ。
前記事で「M八七にはいくつものセルフオマージュが見え隠れする」と書いた。無意識かもしれないが「ETA」にはより鮮明に、より多くそれが現れているように思う。
2019年のライブで披露された「Moonlight」から「fogbound」「amen」「PaperFlower」へのシークエンスを想起させる不穏な浮遊感。
バッドトリップみたいな「Black Sheep」「ペトリコール」「抄本」「KARMA CITY」、また、「かいじゅうずかん」付録の「Love」や「ゆめうつつ」、さらに「Qualia」「花と水葬」などハチ時代の残り香も漂う。
まさに「誰にも似ていないモンタージュ」だ。
Paper Flowerとの共通点
サウンドだけでなく、歌詞にLemonのカップリング曲「PaperFlower」の系譜を強く感じる。肥大していく自分の名前、評価、期待…。その喜びと自信の激流に削られた窪みに、ぼんやりと沈んでいく澱のようだ。
”清潔な空気で汚れてしまったお庭”とはデビューアルバムの「diorama(箱庭)」のことで、”祈るように眠るあなた”がもう1人の自分の姿だと仮定すると、「ETA」では、”この庭”を、”綺麗な花”(=受け取ってきた祝福)で飾り、過去の自分を揺り起こし、一緒に祝おうとしてるようにも聞こえる。
「わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です」
これは米津の愛読書「春と修羅(宮沢賢治著)」の一説だが、自分というのは確固たる実体ではなく”現象”だと言っている。この感覚を米津も持っているのだと思う。
明滅することで光る電燈のように、絶えずアポトーシスと合成を繰り返す生命もまた”現象”や”座標”にすぎず、”思い出”は消え、”花”は落ち、”積み上げた塔”も崩れていくのだ。
「ETA」ではそれをGood Night, Old Friend,Best Friend*と歌い、死にも似た安らかな眠りを祈っている。*歌詞表記では”古い友達”
それが虚しくとも続いていくのが人生であり、確かな生の証であることを大ヒット曲の裏側にそっと潜ませている。
ここでの”あなた”とは未来の自分のことだろう。
ネットを飛び出すと同時に脚光を浴び、押しも押されもせぬトップに躍り出たこの10年。それは本人にとっては現実味のない世界なのかもしれない。
米津のカップリング3曲目には実験的な要素も多々あるし、その時の興味や気分が何のフィルターも通さずそのまま出てくることもある。
「ETA」についても本人は多くを語っていない。だが、リミッターが解除された途端にメーターを振り切り、心の不可侵領域にまで到達する破壊力は底知れない。
10年の節目に「フフッ、怖いの楽しいじゃないですか?」と笑いながら「ETA」をかます米津玄師。私にはこの曲が、この10年を眠りに誘う子守唄に聞こえる。あまりいい夢は見られそうもないがw
さて、この先で待ってるあなたは一体どんな姿でどんな歌を歌うのだろうか?
少し話は逸れるが、米津の変化を、まるで”サナギが蝶に変わるようだ”と思ったことはないだろうか?改めてその生命プログラムを調べてみたら、本当に米津玄師そのものだった。
ここでしか会えない人たちへ
ライブに対する米津のスタンスは決して前のめりではない。「ファン感謝デー」だと言うように恩返しの意味合いが強そうだ。
「ETA」はライブを意識して書いた曲ではないだろうが、無意識なのか、後付けなのか、ファンへの想いを感じる部分も多い。
例えば、「ささやかな想いが光を反射して輝いたあの日々にいつの日か戻れますようにと」に続く「木漏れ日が射していく」は、少しずつ緩和されつつある行動制限からのライブ解禁のようだし、
「さぁ起きて子供たち」の部分を「Wake up,Girl friend,Boy friend」と歌うことで、ファンにも再起動を呼びかけ、「この庭(=ライブ会場)を綺麗な花(=愛)で飾りましょう」と伝えているようだ。
もちろん「待っているあなたへと会いにいく」はダイレクトに2年半ぶりの邂逅を思わせるし、何と言っても極め付けはこの歌詞カードだ。
普通は表記しないはずのコーラス部「るるる」をわざわざ記載したのは、明らかに意図的だろう。
ライブツアー「変身」は、この歌詞カード入りのCD購入者しか申し込めない。あなたの元に「今もどる」と言うメッセージは、大切な人たちに向けた米津からのラブレターなのかも知れない。
読んでいただきありがとうございます。
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