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米津玄師が目指すポップソングって何?

語彙力も読解力も必要としないラブソングの強み

「ポップソングとして一番強度があるものはラブソングだと思う(ナタリーより)

 米津玄師、渾身のラブソング”PaleBlue”。その歌詞は、話し言葉でさえ固くて飲み込みにくい米津にしては、流動食かと思うほどやさしく噛み砕かれ、咀嚼いらずで消化できるものだった。

 以前は「単純な言葉、わかりやすい言葉って自意識が邪魔して歌いにくいんです(ナタリーより)」と泣きそうになっていた米津だが、”PaleBlue”では完全に振り切った感がある。

 とは言え、”ブルージャスミン””メランコリーキッチン””メトロノーム”も曲解のしようがないほどベタなラブソングだ。誰の思い出にもありそうな恋の1幕を平易な言葉で歌い、スルっと共感できる。

 では、これらの曲と”PaleBlue”との違いとは何なのだろうか?それは、なりふり構わぬ剥き出しの激情かもしれない。

行かないで、ここにいて
側で何も言わないままで
忘れられないくらい
抱きしめて

 顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら泣き叫ぶ肉声が、心に青アザができるくらい強くぶつかってくる。

 もちろん歌詞だけでない。例えば”ブルージャスミン”のサウンドに”ピースサイン”のような歌詞が乗っていても成立しそうだが、”PaleBlue”は恋を歌うためだけの音に特化し、この世の終わりかと思うほどドラマチックだ。

 最終的には失恋の激痛がギャグの領域にまで達し、本人も「すげぇロマンチックになるなぁ」と爆笑しながら仕上げたことをRockin'onJAPANのインタビューで明かしている。

 恋をして悲劇の主人公のように陶酔する滑稽さを自虐的におちょくっているようだ。これがまさにアイロニーとユーモアを含んだ、米津流のロマンチシズムなのかもしれない。

広く遍く長く残るポップソングの本質

 ピンポイントで的を射る堅くて難しい言葉も、余白が多く解釈の幅が広い言葉も、最短距離で正解を得たい者にとっては考えることさえ面倒臭いだろう。 

 ポップソングは哲学でも文学でもない。形も大きさも異なる多くの鍵穴にスッと流れ込んでいく液体のような言葉はいつの時代も最強だ。

 「ブルーズのラブソングなんて、I LOVE YOU,I NEED YOU, I WANT YOUって歌ってるだけですからね」って、いつかのライブで近藤房之助が笑いながら言っていた。

 ジョンレノンの”LOVE”だって、1回でも辞書引いたらヤバいレベルの中1英語で構成されている。ルチアーノ・パヴァロッティに至っては音楽に脳ミソ不要とまで言い切っている。

You don’t need any brains to listen to music.

 考えるより感じろ的なことは、すべての芸術やエンタメに通底するものだと思う。

 モダンアートなどを「さっぱりわからん」と毛嫌いする人は多い。それは理屈で理解しようとするからだろう。ただ、ひたすら頭を空っぽにして感じることは意外と難しい。

 しかし、どうだろう?「よくわからないけど、なんかいい」と言う感覚こそ、ポップの本質なのではないだろうか?

 音楽について言えば、何の教養がなくても、ミュージシャンを知らなくても、歌詞がわからなくても、世界中の老若男女が何世代にも渡って「なんかいい」と感じる曲。

 米津は以前「最終的に詠み人知らずみたいな作品を残したい」と言っていた。そう考えると、数百年の時を経ても色褪せないクラシックミュージックは究極のポップスなのかもしれない。

米津玄師は世界を目指すのか? 

 米津は昨年のグローバルアルバムチャートでベスト10入りした唯一の日本人だ。(IFPIレポートより)

 米津が7位を獲得したのはフィジカル、DL、ストリーミングの合算だが、ストリーミングを除くセールスデータだけだと米津は3位である。

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 快挙であることは間違いない。しかし、これには「すっごーい!」と手放しで喜べない日本独自の事情がある。

 グローバル市場におけるフィジカルの比率は20%弱なのに対し、日本は約70%を占める。市場規模は金額ベースなのでフィジカルの価格が大きく影響している。日本は「CDの値段が高い」「特典・付録でさらに高額にする」「複数購入するファンが多い」と言う極めて特殊な市場なのだ。

 グローバルチャートに入ったからと言って、即、世界で通用するとは一概には言えないわけだ。市場規模が小さい韓国は、BTSのようなアーティストを最初から自国ではなくグローバルに向けて育成している。そこには歴然たる差がある。

 これだけガラパゴス化した日本市場と言えども、フィジカルの売り上げは右肩下がりだ。ストリーミングやDLの比率は2019年から約10%も増加した。若年層は無料のYouTubeで音楽を聴く。もうCDパッケージや特典で売上数字を底上げすることは難しくなりつつある。

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RIAデータより

 この先、否が応でもフィジカル以外で世界と勝負をしなければならなくなる。現在、米国に次いで世界第2位に位置している日本もうかうかしていられない。

 米津は現時点では「BTSやザ・ウィークエンドとグローバルという枠の中で並ぶとは全く思っていない(ビルボードジャパン より)」と極めて冷静だ。

 しかし、同インタビューでのこの発言は何かしら進行中のプランを大いに匂わせているような気がする。

これから先、たとえば国外に向けた何らかのものがあってもいいとは思っています(略)自分にやれることはある気はするので。それを一回やってみてどうなるかな、くらいの意識ではいますね。(ビルボードジャパン より)

 米津は今どこにいて、これからどこに向かうのか?

ポップソングの世界は果てしなく広く、そして深い。


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