ただ、一緒にお風呂に入るだけの関係。
「いつまで一緒にお風呂に入るつもりなん?」あるとき、母に笑われた。
一緒の相手は、もちろん、父ではない。笑。妹である。
大学進学を機に上京した私と、実家から地元の大学に通う妹。きっかけは何だったか定かでないが、気づけば、帰省した時には一緒にお風呂に入るのが暗黙の了解になっていた。
その後、妹が就職をきっかけに上京するまで、この習慣は7年間きっちり続くことになる。
誤解を恐れずに言えば、私たちは、特段、仲が良かったわけではない。お互いのコイバナを赤裸々に語るようなこともなければ、私が人生の先輩として何かを説いた記憶もない。
だからいま、あのころのお風呂タイムを思い返してみても、何を話したのかは思い出せない。おそらく、思い出すほどのことを話してはいなかったのだろう。
その後、東京に出てきた妹と二人で暮らすことになるのだが、「一緒に暮らす」という距離感は私たちには近すぎて、おかしいくらいにうまくいかなかった。
それ以来、一緒にお風呂に入ることはなくなった。同じ屋根の下にも、もういない。
その代わり、実家に帰るときは同じ新幹線で一緒に帰るようになった。
暮らしやお風呂が遠のいても、ふるさとが二人をつないでいる。そう思うとうれしかった。
私たちは、新しい「湯船」を手に入れたのだ。
隣あわせで座ったところで、覚えておくような会話はやっぱり何一つ生まれない。
それでも、お互いの大切な人について話すことは増えたし、働くことの苦労を分かち合ったりもする。だから、年を取るのも悪くないなって思うんだ。
夏こそは、一緒に帰れるといいなあ。
妹よ、お誕生日おめでとう。
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