SS/イロゴト(残酷描写注意)

いろ-ごと【色事】
1. 男女間の恋愛や情事
2. 芝居で、男女間の情事の仕草
3. 情人、愛人。いろ

君の目が俺だけを写してる。
陰る太陽、開け放たれたカーテン、窓から差し込む緋色。
白い肌が、赤く、染められて。
ほら、とても、綺麗。
足を絡ませて、ナいて、喘いで、俺を昂らせて。
そんなんじゃ、全然、そそらない。
腕の中で跳ねて暴れて声を上げて果ててみな。
ぐちゃぐちゃのナカかき混ぜて、エキ撒き散らして。
指も俺も締めつけて派手にイッてごらんよ。

上擦る息はどちらのもの?
流れる汗もどちらのもの?
そんなものもうどうだっていいや。
ただ君の全てを貪り尽くすだけ。
奥の奥まで突き上げて、ぶちまけて、汚してあげる。

どうしたの。
そんなんじゃない。
そんなものがほしかったんじゃない。

何を言ってるかわからないね。
だって君は欲しがったじゃないか。
俺の全てを理解したがったじゃないか。
だから、もっと、一つに混ざり合おうよ。
せっかく男と女に生まれたんだ、混じり合うのが道理ってものだろ?

ちがう。
やめて、やめて、やめて!!!

ほら、さらけ出してよ、君の全部。
カラダもココロも何もかも全部晒して、もう君は俺だけのものだ。

『主文・被告人を死刑に処す』

淡々と読み上げられた判決文。
傍聴席からは啜り泣きが上がっている。
憎しみや好奇の目を一手に受けながら男は、口の端を歪めた。
謝罪や命乞いを口にするわけでもない。
ただ此処に居る理由がわからないのだと男は言った。

『俺はただ愛しただけだよ、彼女達の望むがままに』

世間を震撼させた連続婦女殺人事件。
計14名もの女性が男によって命を絶たれた。
実のところ、その人数は正確とは言えない。
男が覚えていた人数でしか被害者の数は測れなかったのだ。
なぜならば女性達の遺体はこの世の何処にも存在していないからだ。

その男にとってセックスは食事と同義である。
そして男にとって食事は愛と同義なのだという。
古来、死んだ人間の肉を喰らうとその人間が持っている知識などを取り込めるという言い伝えがあった。
そのため、中世ヨーロッパでは美しい娘や知恵ある人々が理不尽に殺され、その肉体を喰らわれていたという。
そんなことを知ってか知らずか男は女達を文字通り、喰らった。
愛を囁きながら、肉体を犯しながら。
その喉を切り裂き、生き血を啜り、調理することもなくそのまま喰らった。
それこそ何日も、何週間もかけて、たとえ女達の肉体が腐ろうと。
肉も、骨も、おそらくその魂すらも獣のように生のまま喰らい尽くした。
その一片たりとも他の誰にも奪われないようにするために。

『女が俺自身を締め付けるのも、俺が女の首を締め上げるのもどちらもスキなんですよ』

そういって笑う表情は無邪気で。
言われなければ誰もがその男が凶悪な殺人犯だとは気づかなかっただろう。
そして、男を逮捕できたのも偶然でしかない。
たまたま開いていた窓から最後の被害者の声が漏れていた。
そしてその側を巡回中の警察官が通りがかった、ただそれだけだ。
最初はただの痴話喧嘩に思われた。
しかし男は慣れた手付きで女の喉を切り裂いて、そのままむしゃぶりついた。
それも警察官の目の前で。

『喉が渇いているんだ』

何度も警察官から引き剥がされながら、その静止を振り切り男は女の肉にかぶりついた。
その間、笑みを絶やすことはなかった。
やがて応援に駆けつけた警察官たちに取り押さえられ、男は拘束された。

『ねえ、捕まえていいから。最後まで食べさせてよ。これじゃ、彼女が可哀想だろ?』

死を待つだけの独房。
毎日出される食事は男にとって、ただ刑罰による死を与えられるまで生命を維持するための作業でしかない。
その作業は男にとって拷問でしかなかった。

『別にいつ死んでも違わないのに』

人はどうして常識やら倫理やらに囚われるのだろう。
所詮、人も獣と変わらないのに。
そんなことを思いながら男は小さな窓を見上げた。
そこから差し込む夕日。
その緋色にかつて愛した女達の面影が駆け巡った。

─愛で、殺して。

貴方の愛で私を殺してよ。
そうやって君が笑った。
その笑顔が、それを包む夕焼けがあまりに綺麗で。
ああ、なんて。

…キミガ、ワルイ。

本気で愛してた。
誰よりも愛していたから。

君の服を引き裂いて。
君の唇に口付けて。
君の乳房を揉みしだいて。
君の秘部を俺自身で突き上げながら。
泣き喚きながら。
君の首を締め上げたんだ。
何度も愛してると繰り返しながら。
そして君の中で果てた時、君はもうただの肉の塊になっていた。
だから、俺は、君を食べることにしたんだ。
そうしたらずっと一緒にいられるだろ?

男にとってはそれが全てだった。
だから愛することを奪われた今、男に未練などなかった。
幸い、倫理も常識も欠如している。
男は独房の中で笑った。
そしてある日の深夜、男は自ら命を絶った。
そのやり方は常軌を逸していると言えるだろう。
自らの手首と太股を噛み千切り、その部屋を自らの血で染め上げながら。
男は笑って死んでいた。
かつて彼が魅せられた夕焼けへと帰るように。

男と女、愛の形。
おそらくそれは無限にあるだろう。
これは色事に囚われたある男の辿った結末の物語。

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