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『性風俗シングルマザー 地方都市における女性と子どもの貧困』(坂爪真吾・集英社新書)「はじめに」無料公開

2019年12月17日刊行予定の『性風俗シングルマザー 地方都市における女性と子どもの貧困』(坂爪真吾・集英社新書)、刊行に先駆けて、冒頭の「はじめに」を無料公開いたします。

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●子どもたちがひしめきあう託児所

 扉を開けると、1DKのフロアは子どもたちの姿で埋め尽くされていた。

 「おかあさんといっしょ」のDVDを観ている5歳の女の子。

 トミカと仮面ライダーの人形で遊ぶ3歳の男の子。

 仲良くお絵描きをしている4歳の女の子たち。

 『パプリカ』を歌って踊る3歳の女の子。

 眠そうに無言で座っている1歳の女の子もいれば、まだつかまり立ちも十分にできない0歳の男の子もいる。子どもの数は、合計で7名。

 キッチンカウンターの上には、アンパンマンのストローカップやお茶の紙パック、幼児用のストローマグが並べられている。

 狭い空間に大勢の子どもがひしめきあっているため、そこかしこで常に子ども同士の小競り合いが発生し、泣き声が響き渡っている。

 ケンカが起こりそうになると、その都度保育スタッフの女性が間に割って入り、子どもと同じ目線に座って注意している。

「ユイちゃん、ブロックはみんなで順番に使ってね」

「ハルトくん、お友達の使っているオモチャがほしい時は、ちゃんと『貸して』って言わなきゃだめだよ」

 自分の好きなオモチャをいきなり他の子に奪われた3歳の女の子は、なかなか泣き止まない。それにつられて、隣にいた1歳の女の子も泣き出してしまった。

 保育スタッフは二人いるが、0歳児と1歳児の世話に手がかかるため、なかなか他の子どもたちまでには手が回らない。

 私の元に、3歳の男の子が近寄ってきた。一緒に仮面ライダーや戦隊モノの人形で遊びたいという。しばらく一緒に遊んでいると、その男の子は私の足にべったりとくっついて離れなくなった。気に入ってもらえたようだ。

 「おやおや、珍しいですね~。タクトくんは人見知りするタイプなので、知らない大人には滅多に近寄らないんですよ」と保育スタッフの女性が微笑んだ。

 タクトくんは母子家庭で、父親がいないという。この託児所には、朝9時30分から夜23時まで預けられているそうだ。

 タクトくんの母親の職場は、この託児所から車で5分ほどの湖畔にあるラブホテル街である。朝10時から夜22時30分まで、男性客と一緒にホテルの一室に入り、裸になって性的なサービスを提供する仕事をしている。

●昼食は手作り弁当、夕食はカップラーメン

 そう、ここは地方都市にある風俗店(デリバリーヘルス)の託児所だ。デリヘル嬢として働く母親の仕事が終わるまでの間、子どもたちはこのフロアの中で過ごしている。

 託児所が開いている時間は、朝9時30分からお店の営業が終わる翌朝の5時過ぎまでの、約20時間。利用料金は、1時間につき300円という破格の値段だ。同じ市内でベビーシッターを頼んだ場合、時給1400~1800円以上の費用がかかるので、経済的にこの託児所でしか預け先がない母親も多いはずだ。

 託児所を利用する子どもの数は、日によって大きく変動する。少ない時は1~2名だが、多い時は10名近くまで増えることもある。子どもたちの人数に合わせて、保育スタッフの人数も最大3名まで増える体制になっている。

 利用者である母親の大半はシングルマザーだ。早起きして子どもの弁当やオムツを用意し、朝一番に託児所に預けて、指名客の待っているホテルへと向かう。あるいは事務所の待機部屋の中で、新規客から指名が入るのを待つ。

 午前中のみの出勤という母親もいるが、夜23時まで、あるいは翌朝5時まで働き続ける母親も少なくない。そのような場合、子どもたちは託児所で夕食を食べて、そのままパジャマに着替えて就寝することになる。

 夕食の内容は、子どもによって違う。母親の手作り弁当を美味しそうに食べている子どももいれば、コンビニの菓子パンやカップラーメンを食べている子どももいる。

 朝から預けられている子どもの場合、昼食は手作り弁当だが、夕食はカップラーメンや菓子パン、というケースが多いそうだ。

 確かに、二食分の弁当を作るのは時間的にも大変だし、季節や温度によっては中身が悪くなってしまう可能性もある。

 「昼食は手作り弁当だが、夕食はカップラーメン」という献立に、経済的・時間的な理由から、子どもたちに愛情を与えたくても与え切れていないシングルマザーの心情が端的に表れているように感じた。

●イメージと現実のギャップを埋めるために

 「託児所に子どもを預けて風俗店で働くシングルマザー」という言葉を聞いて、あなたはどのような女性をイメージするだろうか?

 派手目のメイクとハイヒールで歓楽街に繰り出し、男性客と腕を組みながらホテルに入っていく女性の姿を思い浮かべるかもしれない。

 古びた公営住宅の一室に子どもと住み、コンビニと居酒屋のパートを掛け持ちしながら、家計を切り詰めて毎日を必死で生きる女性の姿を思い浮かべるかもしれない。

 中には、自分勝手な理由で離婚したにもかかわらず、行政と福祉の手厚い保護を受けて、働かずに自堕落な生活をしている女性の姿を思い浮かべる人もいるだろう。

 風俗で働くシングルマザーは、女性の貧困や子どもの貧困の象徴として、一面的かつ扇情的なイメージに基づいて語られがちな存在である。

 実際の数字を見てみよう。厚生労働省の「平成28年度 全国ひとり親世帯等調査」によると、全国の母子世帯数は123.2万世帯。

 母子世帯になった理由は、「死別」が 8.0 %、離婚などの「生別」が 91.1 %となっている。ひとり親世帯になった時の母の平均年齢は33.8歳である。

 戦後から70年代までは、母子世帯になる理由の過半数が「死別」であったが、80年代に「生別」が「死別」を上回り、現在は「生別」が圧倒的多数を占めている。離婚した場合、子どもの親権は8割方母親側が取得している。

 平均年間収入(母自身の収入)は243万円。母の8割以上は就業しているが、正規雇用は全体の 44.2 %にとどまり、パート・アルバイト等の非正規雇用が 43.8 %を占めている。預貯金額は、「50 万円未満」が 39.7 %と最も多くなっている。

 母子世帯の平均世帯人員は3.29 人で、世帯の平均年間収入は348万円。国民生活基礎調査による児童のいる世帯の平均所得を100 として比較すると、母子世帯の所得は49.2。平均年収は一般世帯の半分以下であり、就労所得は3分の一以下。生活保護世帯の8%が母子世帯である。

 こうした数字からは、パートナーの男性と離別し、非正規雇用で働きながら、不十分な経済状況の中で、日々育児と家事に追われているシングルマザーの姿が浮かび上がってくる。

●社会課題の最前線

 ひとり親世帯の貧困率は五割を超える。経済的に困窮し、社会的に弱い立場に置かれているにもかかわらず、シングルマザーは「自己責任」という言葉の下、社会的なバッシングやネグレクト(無視・放置)の対象になりがちである。あるべき家族規範に背いた存在、あるべき母親像に背いた存在として、格好のサンドバックになる。

 これまでにも多くの支援団体や研究者が、シングルマザーが社会的に不利な立場に置かれる理由、制度や支援の谷間に落ち込んでしまう様々な要因を分析し、それらを打破するための支援活動や政策提言、啓発キャンペーンを行ってきた。

 現代における三大社会問題は、「家族」「就労」「社会保障制度」である。シングルマザーの女性たちが置かれている状況には、家族の機能不全、就労支援の限界、社会保障制度の欠陥といった論点が凝縮されている。いわば「社会課題の集積地」だ。

 近年では、この3つに加えて、新たに「人口減少」と「ジェンダー」が問題化されるようになっている。

 少子高齢化に伴う人口減少は、政治・経済・文化・テクノロジーに至るまで、あらゆる分野に影響を与える。特に地方都市では、人口減少によって生活が成り立たなくなったり、企業の存続や自治体運営が困難になる可能性が指摘されている。

 人々の価値観やライフスタイルが多様化する中で、LGBTの権利擁護の進展、結婚・妊娠・出産・育児にまつわるハラスメントの社会問題化、性別に基づく差別の是正など、ジェンダーやセクシュアリティを巡る議論が活発になっている。

 こうした時代の変化に合わせて、本書では「地方都市の風俗店で働くシングルマザー」に焦点を当てる。

 地方都市の風俗店で働くシングルマザーが置かれている状況には、「家族」「就労」「社会保障制度」「人口減少」「ジェンダー」、全ての課題と論点が詰まっている。その意味で、現代の社会課題を最もリアルに映し出す鏡である、と言えるだろう。

 シングルマザーの貧困に関しては、これまでにも個人の生活を追ったルポがいくつも出されている。シングルマザーが生活に困窮する背景にある社会構造を分析し、彼女たちと子どもの生活を安定させるための政策提言を行っている書籍や研究も数多く出されている。

 ただ、ミクロな個人のルポだけに焦点を当てると、逆に問題の全体像を見誤るリスクがある。またマクロな制度論を語るだけ、問題の全体像を提示するだけでは、当事者の苦痛や不安を消すことはできない。

 シングルマザーを巡る問題を適切に理解するためには、個人の生活を追うだけ、社会構造や制度の問題を指摘するだけでなく、彼女たちが実際に生活している地域という文脈の中で、彼女たちが抱えている問題がどのように生成されているのかを知る必要がある。

●社会課題の「最前線」で「最善戦」している先駆者

 本書では、ミクロとマクロの狭間にあるメゾの世界=一つの地方都市に舞台に絞って、その街の風俗店で働くシングルマザーたちの姿、及び彼女たちの行動や思考を規定している家族・地域・制度などの文脈を描き出していく。

 今必要なのは、単なるルポや制度論を超えた、具体的な知恵である。不安定な毎日を、不安定なままで乗り切っていくためのスキルと情報こそが求められている。

 地方都市は首都圏に比べて賃金も低く、働き口も少ない。行政による公的なサービスの内容も十分ではない。多くの女性が自助や公助だけでは生きて行けず、良くも悪くも、何らかの形でインフォーマル(非公式)な社会資源に頼らざるを得ない状況にある。そしてインフォーマルな社会資源を利用する場合、一定の代償を支払わなければいけない。

 人口減少の時代、安定した働き口を得られない、そして公的サービスの拡充も望めない中で、どのように自分たちの生活を安定させ、どのように次世代の子どもを育てていくべきか。

 こうした問いは、他でもない私たち自身に課された問いでもあるはずだ。
そう考えると、地方都市の風俗店で働くシングルマザーは、社会課題の「最前線」で「最善戦」している先駆者だといえる。

 手垢にまみれた表現ではあるが、彼女たちの問題は、私たちの問題である。

 今必要なことは、誰が味方(正義)で、誰が敵(悪)なのかを区別することではない。どれが正解で、どれが不正解なのかを議論することでもない。

 彼女たち、そして私たちが、社会課題の最前線で最善戦を続けていくための最適解を探し出すこと。そして、その最適解を当事者と社会に届く形で発信していくことだ。

 本書に登場する女性たちは、「シングルマザー」や「風俗嬢」である前に、地方都市で生きる一人の女性であり、子どもを愛する一人の母親である。

 シングルマザーや風俗に関する固定観念はいったん脇に置いて頂き、その上で「自分が彼女たちの立場だったらどうするか」と考えながら、あなたの住んでいる街、あるいは知っている街の風景と重ねながら、読み進めてほしい。

<本書の舞台解説・・・S市と近郊地域>

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