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『パンツを脱いじゃう子どもたち 発達と放課後の性 』(中公新書ラクレ)序文・無料公開

2021年11月9日(火)発売の『パンツを脱いじゃう子どもたち 発達と放課後の性』(中公新書ラクレ)の「はじめに」を無料公開いたします。

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*帯イラスト:沖田×華さん @xoxookita

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●障害のある子どもの「性に関するトラブル」

「いきなり脱ぎ始めて自慰行為に及び始めた」(小学3年生・男子 自閉スペクトラム症)

「女子児童がいる前で突然、自分が身につけているズボンを下ろして性器を見せる行為を行っています」(小学1年生・女子 自閉スペクトラム症)

「先生が話をしている最中に突然、シャツとズボンを脱ぎだした」(小学4年生・女子 知的障害)

「手持ち無沙汰な時や不安が高まった時などに、手近なおもちゃであるかのようにズボンの中に手を入れてしまいます。まだ恥ずかしいという概念はありません」(小学1年生・男子 知的障害/自閉スペクトラム症/重度身体障害)

「コンビニのトイレの中で性器を出して射精している」(小学6年生・男子 知的障害/自閉スペクトラム症/ADHD)

「スーパーのレジの前で突然お腹を出してしまったり、パンツが丸見えの座り方が直らない」(小学3年生・女子 知的障害/学習障害)

これらは、障害のある子どもの「性に関するトラブル」についてのアンケートで、保護者から寄せられた回答の一部である。

人前で服を脱ぐ、性器に触る、自慰行為をする、無防備な格好をしてしまうなど、保護者の困惑や苦悩が伝わってくる、生々しい内容になっている。

あなたが普段、障害のある子どもと全く接点のない生活を送っている場合、こうした性に関するトラブルの話は、遠い世界の他人事のように聞こえるかもしれない。現実感もなく、「障害のある子どもを育てるのは、とても大変なんだね」というありきたりの感想しか思い浮かばないかもしれない。

しかし、これらの話は、決して遠い世界の他人事ではない。あなたの住んでいる地域の中で、あなたの家のすぐ近くで、毎日のように起こっている、現実の問題である。

●コロナ禍で注目を集めた「放課後等デイサービス」

2020年2月27日、新型コロナの感染拡大を防ぐために、安倍晋三首相(当時)は全国の小中高校に3月2日から春休みまでの臨時休校を要請した。

突然の休校によって、行き先が無くなってしまった子どもたちの預け先として、学童保育に注目が集まった。学童保育とは、日中保護者が家庭にいない小学生の児童(=学童)に対して、授業の終了後=放課後に適切な遊びや生活の場を提供することで、児童の健全な育成を図る保育事業の通称である。「子どもの頃、放課後に学童に通っていた」、あるいは現在、「自分の子どもを学童に通わせている」という人も多いはずだ。

学童保育の領域において、この数年間で飛躍的に利用者数を伸ばしたサービスがある。それは「放課後等デイサービス」である。

放課後等デイサービス(以下放デイ)とは、障害のある子どもや発達に特性のある子どものための福祉サービスである。6歳から18歳までの就学年齢の子どもが通うことができ、個別支援計画に基づいて、自立支援と日常生活の充実のための活動などを行っている。

内容別に大きく分けると、学童保育に当たるようなサービスを提供する「預かり型」、専門的な療育サービスを提供する「療育型」、運動・器楽・習字・絵画等を学ぶ「習い事型」の3つのタイプがある。

利用に際して療育手帳や身体障害者手帳は必須ではないため、発達障害の傾向はあるが診断を受けていないという児童でも利用しやすいというメリットがある。

2012年に制度がスタートしたときの利用者数は約5万人だったが、2020年4月の時点で、全国に約1万4千の事業所があり、利用者数は22万人を超えている。生活介護や就労継続支援B型と並び、障害福祉サービスの中でも、最も利用者数の多いサービスの一つになっている。

事業所の開業ラッシュと利用者増の中で、「地元の大通りや商店街にあった空き物件が、いつの間にか放デイに変わっていた」「近所にいきなり放デイができて驚いた」という経験のある人も多いだろう。

その一方で、放デイは急拡大したゆえの課題も抱えている。コロナ禍で学童保育が注目された際、職員の低賃金や長時間労働などの待遇の悪さ、施設の狭さなどの劣悪な環境が話題になったが、放デイにおいても同様の課題がある。何もない殺風景な部屋で、子どもたちを集めてアニメのDVDを見せているだけ、という事業所もあるという。

障害福祉事業は定員と単価の関係から売上の上限が決まっており、一店舗だけでは採算がとりづらい。経営上、2件目以降の出店に乗り出す事業者も多いが、出店したものの採算が合わず、すぐに撤退してしまうケースも多い。

株式会社などの営利企業の運営する放デイに対しては、「経営側の都合で子どもたちが振り回される」「福祉をビジネスにしていいのか」という批判も根強い。

●放課後等デイサービスで起こっている、性に関するトラブル

そうした玉石混合の放デイの現場で問題になっているのが、冒頭で紹介した、障害のある子どもたちの性に関する問題である。

人前で性器をいじる、自慰行為を繰り返す、服を脱ぐ、異性の子どもや職員に抱きつく、つきまとい行為を繰り返す、異性の服の盗難、スマホで裸の画像を送ってしまう、SNSやアプリで知らない大人に出会ってしまう・・・など、様々な問題が起こっている。

現場の職員は、性に関する問題にどのように対応したらいいのか分からない。事業所を運営する会社にも性の問題に対応するためのノウハウはなく、行政がガイドラインを策定することもない。親も自分の子どもの性は直視したくない。学校での性教育もまだまだ不十分だ。

誰もが思うように動けない中、お互いに責任を押し付け合う中で、障害のある子どもたちの「放課後の性」は放置されたままになっている。

私は、2008年から障害者の性に関する問題の解決に取り組む非営利団体『ホワイトハンズ』を運営している。支援や研修などの場を通して、障害児者の性に関する様々な情報や相談に接する中で、2010年代の半ば以降、放デイでの性に関するトラブルを見聞きする機会が増えてきた。

放デイの事業所数が急速に増加する中で、福祉とは全く無関係な異業種にいた人たちが、経営者や指導員として携わるようになった。その過程で、これまで福祉職が長年黙認あるいは放置してきた障害児者の性に関する問題が、現場の課題として表面化するようになってきている。

見方を変えれば、放デイが全国各地に広まったおかげで、障害者の性に対する認識が「人里離れた山奥の障害者施設内で起こっている、遠い世界の問題」ではなく、「自分たちの近所や町内で起こっている、身近な問題」へと変化している、と捉えることもできるだろう。

障害者の性に関する研究や実践の中でも、障害のある子どもに対する性教育については、1970年代から数多くの蓄積がある。こうした蓄積を、全国の放デイというインフラを通じて広めることができれば、長年タブー扱いされ続けてきた障害者の性問題を解決へと前進させる上で、大きな突破口になるのではないだろうか。障害者の性に関する問題を解決するためのヒントやチャンスが、放デイの現場には数多く眠っているはずだ。

性に関する問題は、自分自身、他人、そして社会とのコミュニケーションに関する問題である。性に関する知識やスキルがない、ということは、自分自身、他人、そして社会とのコミュニケーションをうまく取れなくなってしまうことを意味する。

そう考えると、障害のある子どもたちに性に関する知識やスキルを身につける機会を保障することができれば、子どもたちの将来にとって、そして私たちの社会全体にとっても、大きな財産になるはずだ。

本書は、放デイの現場で起こっている障害のある子どもの性の問題を、保護者や職員の声を基にして分析した上で、その背景にある問題構造や社会課題を明らかにしていく。

そこから、「障害のある子どもの性を、どのように社会的に支援していくか」という問いを考えていきたい。

本書が、障害のある子どもたち、保護者や支援者の方々、そして私たち一人一人が、自らの性と向き合える社会を実現するための一助になれば、幸いである。

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<出版記念イベント>

11月17日(水)19時~、@梅田Lateral (オンライン開催)

『パンツを脱いじゃう子どもたち-発達と放課後の性』刊行記念
「頻発している?福祉・教育現場の性のトラブル」


<読書会(著者参加)>

11月27日(土)午前10時~12時、オンラインで開催いたします。


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