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書評『ルポ 出稼ぎ日本人風俗嬢』(松岡かすみ・朝日新書)

●日本を飛び出した女性たちの姿から見える、日本の風俗のアドバンテージ

本書は、海外で出稼ぎを行う日本人風俗嬢たちの仕事内容、出稼ぎに至る経緯、海外での暮らしぶりなどを詳細に綴ったルポルタージュである。

「出稼ぎ」という言葉にはカジュアルな響きがあるが、その実態は、完全な不法就労である。売春を合法化している国もあるが、不法就労の外国人女性が働くことまでを許している国は存在しない。

そして「風俗嬢」とあるが、彼女たちが海外でやっていることは、違法な売春行為である。そもそも海外には、「風俗(挿入を伴わない、性交類似行為のみのサービス)」という合法的なカテゴリーは存在しない。それゆえに、本書の内容を正確に表すタイトルをつけるとすれば、「ルポ 不法就労日本人売春婦」になるだろう。

ただ、そのようなタイトルにしてしまうと、「日本の恥だから、国際問題に発展する前に取り締まれ。以上」で議論が終わってしまう。それでは、「何が彼女たちを海外での売春に向かわせるのか」という問いを明らかにできない。そして、彼女たちの背後に潜む様々な社会課題にも焦点が当たらなくなってしまう。この問題を社会に発信する上では、不法就労を「出稼ぎ」、売春を「風俗」とうまく言い換えることも、確かに必要になるだろう。

一方で、「なぜ海外なのか」という問いを投げかけられても、それを自分の言葉で言語化できる女性は、決して多数派ではない。世間から見れば理解も共感もできない理由、あまりにも短絡的な理由で選ぶ人もいる。

そして、日本の風俗で十分に稼いでいる女性たちは、数え切れないほど存在する。そうした女性たちから見れば、「日本では稼げないから」という理由で海外に飛び出す振る舞いは、理解できない。「稼げないのは、お店のせいでも、お客様のせいでも、ましてや日本のせいでもなくて、あなた自身のせいですよ」と言われてしまうだろう。

本書では、海外で出稼ぎ売春経験のある6名の女性が登場する。それぞれの女性の語りの中には、確かに頷ける部分や共感できる部分もあるが、少なくとも、海外での不法就労による売春行為を、社会的に擁護・正当化できるようなエピソードやロジックは、一切出てこない。有識者の声や賃金格差などの統計データを並べても、結果は同じだ。

女性たちが海外での売春に駆り立てられる理由をきちんと言語化しないと、「不法就労だから摘発しろ」という一言でまとめられて終わりだが、仮に言語化できたとしても、「でも不法就労だから摘発しろ」となり、同じ結果になる可能性が高い。

売春が法律で禁止されている国での性労働従者の権利擁護が難しい理由は、こうした点にあるのだろう。当事者を支援・啓発すること自体が、不法就労に加担することになり、違法な仕事を黙認・斡旋していると受け取られてしまう。

そう考えると、「風俗」という合法的なカテゴリーがある日本は、海外に比べて性産業従事者の権利を守りやすい国なのではないだろうか。

日本の風俗を嫌って海外に飛び出した女性たちのルポルタージュから見えてくるものが、むしろ日本の風俗という枠組みこそが女性たちを法的・社会的に守ることができる、という現実であることは、なんとも皮肉なことである。 

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