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【書評】『ルポ 歌舞伎町の路上売春 それでも「立ちんぼ」を続ける彼女たち』(ちくま新書)

「都合の良い果て」で生きる彼女たちに、私たちができることは何か


繁華街の路上で客を取る。法律的にはもちろんアウト=摘発リスクの高い行為だが、暴力・盗難・盗撮・性感染症・予期せぬ妊娠に遭うリスクも極めて大きい。

普通に考えれば、「なぜ、わざわざそんな危ない真似をするのか」「稼ぎたいのであれば、風俗店やアプリで相手を見つければいいではないか」と思うだろう。

売買春に関わる男女にとって、路上のメリットは3つある。

1つ目は「相手の顔が見える」こと。風俗店では、サービスの直前まで、相手の顔が見えない。SNSやアプリなどのネットを介した出会いでも同様だ。大阪の飛田新地に人気が集まっているのは、「事前に女性の顔が見えるから」という側面も大きい。売り手にとっても買い手にとっても、「事前に顔が見える」ことによる安心感は非常に大きい一方、路上以外の場では実現が難しい。

2つ目は「予約不要」という点。SNSやアプリを通した出会いは、事前に何往復もやり取りをして待ち合わせをしても、相手が現れないことはザラだ。風俗店で働くためにも、面接や身分証の提示などの手続きが必要になる。今すぐにお金が必要なときは、そうしたまだるっこしいことはしていられない。
今すぐ相手を見つけたい買い手、今すぐお金がほしい売り手、双方にとって、「そこに行くだけ・いるだけで、自動的に話が進む」路上は、極めて都合の良い場所になる。

3つ目は、「過去や未来を問われない」という点。夜の世界は「過去を問わない」という特徴があるが、路上での売買春は、さらにそれを突き詰めた世界である。「今、これからできるかどうか」しか問われない。過去の苦しい思い出や、未来への不安に囚われがちな女性たちにとっては、「今」に集中することで、それらを一時的に忘れることができる。

まさに「都合の良い果て」のような世界だが、即日で得たものは即日で失われる。それゆえに、一度この世界に足を踏み入れると、抜け出すことは至難の業だ。

本書『ルポ 歌舞伎町の路上売春』は、こうした「都合の良い果て」で生きる女性たちのリアルと、彼女たちが集まる歌舞伎町という場の構造、及びその背後にある社会課題について、NPOなどの支援者、警察関係者への丹念な取材を通して明らかにした力作である。

彼女たちの背景には虐待歴や精神疾患などの福祉的な課題があるが、彼女たちにとって福祉は「都合の良くない」世界である。

シェルターに入ればスマホは使えないし、夜職で稼ぐこともできなくなる。しかし、「都合の良い果て」にも、ずっといられるわけではない。

加齢とともに需要がなくなり、その世界を追われた後に残るのは、「都合の良い世界で、都合よく大金を稼ぐことができた(あわよくば、これからもそうしたい)」という思い出だけだ。そうした思い出は、その後の人生では負債にしかならない。

「都合の良い果て」に足を踏み入れる前に、福祉側の「都合の良さ」を少しずつ向上させていくこと。

取締や啓発と並行して、「都合の良くない世界」でも生きられる耐性やスキルを身に着ける機会を提供すること。

そのために必要な他者との関係性を再構築し、社会への信頼を取り戻すこと。

困難な茨の道だが、本書に登場する人物たちの語りやエピソードの中には、それを実現するためのヒントがたくさん隠されているはずだ。

本書に登場するNPO法人レスキュー・ハブの坂本新さん、作家の鈴木涼美さんが登壇する「夜職サミット」、2024年1月14日(日)に歌舞伎町で開催いたします。


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