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春ピリカグランプリ応募作品

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2023年・春ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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#短編

ソンカラク

 真っ新な部屋に言葉がやってきた。  礼儀正しく楚々とした振る舞いの美貌の言葉たちの後から、葬列の付き添いのような顔をして粛々と訪れた言葉たちは最初は一様に寡黙だった。影法師のように曖昧で薄っぺらな彼らは先般出ていった言葉たちではなかったかと訝しく思いながらも私は彼らを招き入れた。今度こそハートの女王のお茶会に出席できるぐらいの礼節と機知を身に着けてきたに違いない。  しかしやがて美貌の言葉たちは存在が希薄になり、春の淡い雪のように消え始め、連中だけが残った。  ああまただ

[ショートショート] 指 [春ピリカグランプリ2023]

未知なる惑星ロス128bの大地に降り立った。 私は移住できる惑星を求めて旅をしてきた調査員である。 ここまで順調に任務を遂行して来たのだが着陸でしくじってしまった。 想定外の空気抵抗に晒されたクエスター号はコクピットを残して大破してしまった。 生き残ったのは私ただ一人。奇跡としか言いようがない。 しかし、帰路は経たれてしまった。 ここで生き延びて救助を待つか、もしくは永住するか…。 落ち込んでもいられないので、大気の成分や生態系を調査することにした。 この惑星は見渡

プリンセス #春ピリカ応募

誰かがわたしをそっと抱き上げた。 温かい腕のぬくもり。 いい匂いがする。わたしの目はまだ閉じられたままだ。 焼きたてのパンのような、オレンジの爽やかな甘酸っぱい香りがふわっとわたしを包む。 わたしの耳元で誰かの声がする。 わたしの可愛い娘よ。 愛する娘。 きみをずっと守っていくよ。 わたしの目はまだ固く瞑っている。 暗い暗い闇の中にいたのはほんの少し前だったはず。 わたしの後ろにはいつもたくさんの指がある。 それをうしろ指と呼ぶことをいつからか知った。 ママはいった。 いい

指までおいしい #春ピリカ応募

「誕生日にサーロインステーキが食べたい」 小学4年生の息子、秀のリクエストに真子は悩んでいた。友達の自慢話を聞いて食べたくなったらしい。 真子は3年前に夫と死別し、定職に就いてはいるが、簡単にサーロインステーキを食べさせられるほどの経済的余裕はなかった。 今日は有給を取り、スーパーを数軒はしごして、予算内で最高のサーロインを入手。自分には豚肉を買って帰宅した。 サーロインステーキの上手な焼き方を検索しながら秀の帰宅を待つ。 「ただいま。今日ってサーロイン…」 「分かっ