指までおいしい #春ピリカ応募
「誕生日にサーロインステーキが食べたい」
小学4年生の息子、秀のリクエストに真子は悩んでいた。友達の自慢話を聞いて食べたくなったらしい。
真子は3年前に夫と死別し、定職に就いてはいるが、簡単にサーロインステーキを食べさせられるほどの経済的余裕はなかった。
今日は有給を取り、スーパーを数軒はしごして、予算内で最高のサーロインを入手。自分には豚肉を買って帰宅した。
サーロインステーキの上手な焼き方を検索しながら秀の帰宅を待つ。
「ただいま。今日ってサーロイン…」
「分かってるから!宿題やって待ってなさい」
真子は夕ごはんの準備に取り掛かった。
情報収集した甲斐あってサーロインステーキは美味しそうに焼けた。秀はまだナイフとフォークが上手に使えないので、あらかじめ食べやすい大きさにカットして皿に盛り付ける。
食卓で待つ秀の前に皿を置いた。
「これがサーロインステーキかぁ!」
秀が興奮して叫ぶ。
「やめてよ、ご近所に聞こえたら恥ずかしいでしょ」
慌てて真子が注意する。
「早く食べたい、早く食べたい」
「いまご飯よそうから待ってね」
真子も食卓に着いて言った。
「はい、お待たせしました。秀ちゃん、10歳のお誕生日おめでとう!」
「ありがとう!サーロインステーキ食べるー」
秀はステーキをひと口食べるなり、「おいしー!」と大はしゃぎ。ご飯もガツガツ食べていたが、ふと真子の皿を見て言った。
「お母さんはサーロインステーキじゃないの?」
真子は用意していた答えを言う。
「お母さんはね、豚肉の方が好きなの。秀ちゃんも食べてみる?ポークソテー。おいしいよ」
「いや…大丈夫。分かった」
秀は「こんなにおいしいのにな」と言いながら食事を続けていたが、ふいに「このお肉、少し大きいかも」と言い出した。
「あら、ごめんね。切ってこようか」
「いや、大丈夫」
秀はそう言って指で肉を千切ろうとする。
「もう、秀ちゃんやめて。切ってくるからお皿渡して」
「大丈夫だってば」
「そういうことするのはお行儀が悪いの」
「そうなんだ…お母さん、アーンして」
真子が呆気に取られて口を開けていると、秀が指で千切った肉を真子の口に放り込んだ。
「どう?おいしいでしょう?」
真子は感情がぐちゃぐちゃになったが、肉を噛んで飲み込む頃には落ち着きを取り戻し、秀をキッと睨んで言った。
「指を出しなさい!」
「…ごめんなさい」
秀が指を差し出すと、真子は秀の指をパクッと食べて言った。
「秀ちゃんの指、おいしい」
秀はほっとして笑った。
「お母さん、何言ってるの?怖いよ」
「お肉おいしかったから、もしかしてって思って」
「もう!僕の指まで食べないでよね」
「…秀ちゃん、ありがとう」
「わがまま言ってごめんなさい!…僕、夕ごはんはお母さんと同じものがいい」
「わかった。これからはそうするね。野菜とか魚ばっかりになっても文句言わないでよ!」
「えー!」
真子は泣かなかった自分と優しい心を持った息子を誇らしく思った。
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※こちらの企画に参加させていただきました
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