マガジンのカバー画像

春ピリカグランプリ応募作品

104
2023年・春ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
運営しているクリエイター

#ショートストーリー

指紋(ショート)

 数十年ぶりに刑務所から出ると世の中は様変わりしていた。  車が空を飛んでいたり、アンドロイドが普通に歩いていたりして唖然とする。 「おつとめご苦労さん。」  門の前で古い友人が待っていた。 「とんでもねえ世の中だな。」 「こんなん序の口よ。まずは飯でも食おう。」  無人運転のバスに乗り込む直前、友人が青白く光る小さなモニターに手のひらをかざすと「ピポン」と軽快な音がした。新時代のマナーか何かかと思ってまねすると、けたたましくブザーが鳴った。 「何なんだこれは。」 「そうか。

恋文を読む人|掌編小説(#春ピリカグランプリ2023)

「あの人、ラブレター読んでる」  オープンテラスのカフェで、向かいに座っている妻が突然言い出した。僕の肩越しに誰かを見ているようだ。 「あー振り向いちゃダメ! 気付かれるから!」  90度動かした首を再び正面――妻の方へと向ける。 「なんでラブレターって分かるの?」 「人差し指でこう……文字をなぞるように読んでるの。横にね。私も昔、ああいう風に読んでたから」 「ラブレターを?」 「そう」  一瞬、「いつ、誰からもらったんだ?」と嫉妬の念に駆られたが、とりあえず耐える

小さな巨人 【春ピリカ】

双子が家出をした。 いなくなってからもう三日になる。 けれどすぐに探すことはしなかった。 それは、双子なんかいなくても なんとかなるだろうと思っていたから。 双子が家出してからの僕は、ふらふら、ゴツン。 転んでばかりいる。 何で急にバランスがとれなくなったのか? ゴンっ。いてっ。 一体何なんだ。うまく歩けやしない。 思えばこれは双子がいなくなってからだ。 僕はよく足の小指を馬鹿にしていた。 重要性が低いくせによくぶつけるのだから腹が立つ。 つい最近もまた僕はいつものよう

ゆびきり【ショートショート】

「おおい、ちょっと。誰か、おいちょっと!」 休日の朝のまどろみは、義父の呼び声でいきなり遮断された。 隣に寝る夫を見れば、深く眠っているふりをしているのか、または単なる無視なのか。どちらにしても動く気など1ミリもないその背中に、わざと大きなため息をつき、カーディガンを羽織って部屋を出る。 「お義父さん、どうしました?」 「今朝は随分と寒くないか?かなり冷え込んでるぞ。」 「ストーブ点けますね。」 お義父さんが自分でも点けられるストーブをねと、漏れそうな言葉を何とか押しとどめ

『指、あるいは、ある家族の思い出』 # 春ピリカ応募

指である。 紛れもなく指である。 出窓のところに、ポツンと心許なさそうに。 それは、あると言うよりも、そこにいるという表現の方が当てはまるような気がした。 カーテンの隙間からの月明かりを避けるようにして、そこにいる、それは、紛れもなく指だ。 指とわかれば、次はどの指かが知りたくなる。 ベッドの上から、じっと目を凝らす。 どうやら親指でないことは、形状から明らかだ。 そして、小指でもない。 ゆっくり立ち上がって、静かに近づいてみる。 気づかれると逃げてしまいそうだ。 息を殺して

ソンカラク

 真っ新な部屋に言葉がやってきた。  礼儀正しく楚々とした振る舞いの美貌の言葉たちの後から、葬列の付き添いのような顔をして粛々と訪れた言葉たちは最初は一様に寡黙だった。影法師のように曖昧で薄っぺらな彼らは先般出ていった言葉たちではなかったかと訝しく思いながらも私は彼らを招き入れた。今度こそハートの女王のお茶会に出席できるぐらいの礼節と機知を身に着けてきたに違いない。  しかしやがて美貌の言葉たちは存在が希薄になり、春の淡い雪のように消え始め、連中だけが残った。  ああまただ

指先の未来【#春ピリカ応募】

「真央、指先!」 京子先生に注意された私は、踊りながら慌てて指先に意識を向けた。 指をしなやかに伸ばして、親指を内側に入れ、少し中指を下げる。 これがバレリーナの美しい手の形だ。 レッスンが終わると、トゥシューズを脱ぎ、タイツの上から指をほぐす。 窮屈に締め付けられていた指に、ドクドクと血が通っていく。 小学校3年生から履き始めたトゥシューズ。 7年も履いていると、足の指はボロボロだ。 いくつものマメができ、右足の爪はこないだ剥がれた。 見えない足の指は痛々しくても、見える