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指先の未来【#春ピリカ応募】

「真央、指先!」
京子先生に注意された私は、踊りながら慌てて指先に意識を向けた。
指をしなやかに伸ばして、親指を内側に入れ、少し中指を下げる。
これがバレリーナの美しい手の形だ。

レッスンが終わると、トゥシューズを脱ぎ、タイツの上から指をほぐす。
窮屈に締め付けられていた指に、ドクドクと血が通っていく。
小学校3年生から履き始めたトゥシューズ。
7年も履いていると、足の指はボロボロだ。
いくつものマメができ、右足の爪はこないだ剥がれた。
見えない足の指は痛々しくても、見える手の指は精一杯美しく使って踊る。
見えない心では悩んでいても、見える顔では笑っていたりするように。

プロのバレリーナになりたい。
でも不安がある。
壮絶な努力を続けたとしても、プロとして活躍できるのは一握り。
しかも華々しく踊れるのは若いうちだけ。
高校生になって、将来のことを真剣に考えたとき、勉学を優先するべきかどうか悩んだ。
それでもバレエの道を諦めることはできなかった。
心安らぐクラシックに感情を乗せて、全身を使って物語を表現する素晴らしさを、まだまだ味わいたいと思った。

今日、2年ぶりの発表会が開かれる。
ソロで踊らせてもらえるのは3回目だ。
今までは、過去に先輩が踊っていた演目をもらっていたが、今回は、京子先生が私のための振り付けを考えてくれた。
演目のタイトルは、「前途洋洋」。
高速の連続ターンは、どんなことが起こってもブレない芯を持って力強く生きていく様を、後半のたっぷりと間をとった優雅な振りは、あらゆることを経験した私が「なんて幸せな人生だ」と、しみじみと感じている様を表していると教えてくれた。

リハーサルを終えて、楽屋に戻った。
撮影してもらった動画を観て、自分の踊りを確認していたとき、京子先生に話しかけられた。
「真央、これ塗ってみたらどう?衣装に合うと思って」
京子先生は、微笑みながら私に白いマニキュアを渡してくれた。
そして忙しそうにメイクルームの方へ去っていった。

新品だった。
わざわざ私のために用意してくれていたのかと思うと、目頭が熱くなった。
ボトルには「ホワイトパール」と書かれている。
私は丁寧にマニキュアを施していった。
「どんな未来も描けるように」と想いを込めて、京子先生が発注してくれた衣装と同じ色だ。
私は輝く指先を見つめて、恍惚としていた。

本番、チャイコフスキーの曲に乗せて、私は舞った。
観に来てくれたお客さんのために、私のことを想ってくれている京子先生のために、そして自分の明るい未来を願うために、回って跳んだ。
夢のような時間だった。
ただバレエが好きだった子供のときよりも考えなきゃならないことが増えたけど、踊っているとき、そんなことはどうでもよかった。
あっという間に曲は終わりを迎えた。
私は右腕を斜め上に伸ばして、ポーズを決める。
会場は大きな拍手に包まれた。
すっと伸ばした指には、どんな未来の不安も拭える力が宿っていた。

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