マガジンのカバー画像

春ピリカグランプリ応募作品

104
2023年・春ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
運営しているクリエイター

#掌編

あなたの魔法 #ショートショート(1200字)

『20XX年5月10日。世界は白い光に包まれ、人類は滅びるであろう。』 大昔の有名な占い師が予言したという『終わりの日』が近付いてきた今。世間は隕石が落下するとか、核兵器が暴発するとかの話題で持ちきりだ。 「ねぇ、本当に世界は終わっちゃうと思う?」 星空の下、幼なじみのハルが僕に尋ねる。 現在5月9日23時50分。終わりの日になるまであと10分を切った。 「夜中に呼び出してきたと思ったら……。それかよ」 僕がため息をつくと、ハルが大きな声で提案してきた。 「あのさ

【掌編】『ナウ・アンド・ゼン』

 昔からそうだけど、時々自分の誕生日を忘れていることがある。  一日の勤めを終えて郊外へ向かう電車に乗り込むと、いつものようにドア脇に立ってただ通り過ぎる街を眺める。一瞬、暗い映画館にいてスクリーンを眺めているような錯覚にとらわれる。そして、目の前を通り過ぎた桜並木のピンク色の景色が、あの頃の自分に引き戻すスイッチになった。 『NOW & THEN』  そのアルバムはいつも行くレコード屋の壁面を飾るアルバムラックの一番目立つ場所に長い間飾られていた。  真っ赤なスポー

絵描きの掌編 〜空っぽの御伽話〜

空っぽの御伽話  彼はおとなになっても、穴を発見すると指を突っ込む癖が治りませんでした。  塀の穴も壁の穴も、幹の穴や蟻の巣も、土竜や蛇の穴だってとりあえず指を突っ込みます。きっと銃口を向けられても、指を突っ込むに違いありません。  彼は土を捏ねる陶器作りの職人見習いだったけど、彼の作る器には不自然な穴が存在して実用性が全くありません。師匠に良くも悪くも見放され、非実用性過多の陶器作家として、細々と生計を立てていました。  空ばかり見ている彼女は、よく電柱にぶつかったり

掌編│指女

「なまずさんってすんごく帯電しやすい体質なんだって」 「へえ、それでも、まあ私ほどではないと思いますよ」  まただ。また彼女は話題を自分に置き換えようとする。いつもそう。私ってこうなの。私って特別だから。私としたことが。  ぼくは彼女に、一度くらいは指摘しておこうと思った。 「ゆびゆびさん、あのですね、今はあなたの話をしているのではないんです。ちゃんとぼくの話を聞いてほしいんだけどな」  ゆびゆびさんの顔色がさあっと桜色めく。怒らせたのかもしれない。でも、その笑顔はま

椿の雫よ、その愛しき存在よ

椿の花が乱れ咲いたころ 椿の花々の間から 零れ落ちるように まるで椿の露を集めたかのように 現れた生命体 息を呑むほど美しい 漆黒の髪に深紅の唇 瞳は二粒の黒曜石 肌はそう 椿の雫と同じように透明で 私はその生命体を「椿姫」と名付けて愛でることにした ところが当の椿姫 私が「椿姫」と呼び掛けたとたん その名は気に食わぬと 私を黒曜石の瞳で睨みつけた 何が気に食わぬと言うのか こんなに美しいあなたには最もふさわしい名だと あなたを愛でるために付けた名だというのに お主わ

【SS】指の落とし物 #春ピリカ応募

タイトル : 指の落とし物  コンコン、新宿のビジネスホテル503号室がノックされた。 「恐れ入ります、田中様。フロント係です。確認したいことがありお伺いしました」  田中は宿泊の際に使った偽名だ。中にいた金田小吉は、ビクビクしながら覗き窓から確認し、用心しながらそっとドアを開けようとした。すかさず外から手が中に差し込まれ、ドアに指をかけ開けようとされた。金田は反射的に力の限りドアノブを引っ張り返してドアを閉じロックした。  グチッという嫌な音が聞こえたが、気が動転し