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春ピリカグランプリ入賞作品

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2023年・春ピリカグランプリ入賞作品マガジンです。
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#春ピリカグランプリ

こゆびくんと赤い糸

こゆびくんのご主人は、 とっても怖いおじさんでした。 ある日おじさんは仕事を失敗して、 おやぶんにこゆびを切られました。 ドンッ コロコロコロコロ こゆびはコロコロころがって、 手足が生えて、 こゆびくんになりました。 おじさんはこゆびくんをおいかけたけど、 こゆびくんは怖くてにげました。 たどりついたのは、おじさんがうまれたおうち。 でも、もうそこはあきちでした。 こゆびくんは泣きました。 うまれたおうちは、もうありません。 こゆびくんはおじさんと ずっといっ

「指の綾子」考 #春ピリカ応募

 昔書いた掌編小説で「指の綾子」という話がある。題名は覚えているのだが、内容をさっぱり思い出せない。「綾子」というのは、当時私の勤めていた食品工場の同僚の名前である。彼女は撹拌機に巻き込まれ、指だけを残してその他の体を粉々に砕かれた。親しい同僚の凄惨な最期を見た私は気が動転してしまい、綾子の指を隠し持って早退した。  その後医療の進歩と世界的な倫理観の崩壊と私の借金と引き換えに、指だけの綾子は培養技術により全身を復活させ、私の妻として家にいる。「事故」「工場」「切断」といっ

われらのピース

それはまるでこの世のものではないような景色だった。 一面の雲の上。太陽が白い光を放ち、雲や私たちを照らしている。 父は横にいた。私たちはただ呼吸だけをしていた。 小学4年。私は富士山に登頂した。父は登山が好きだった。私の兄と姉と同じように、父は私を富士山に登らせたかったのだ。 「先生、処置はどうしますか?」 看護師がこちらを見ている。私はふと我に帰る。ここは都内の大学病院。待合室のテレビには富士山が映っていた。あれから20年、私は医療の道に進んだ。 私はいつしか、

ファティマの指|春ピリカグランプリ2023個人賞受賞作|

 ファティマの左手には、薬指がない。  何が起きたのかは、今でもわからない。  此処は、ファティマが生まれた大地だ。ザックの中に、ファティマの遺骨を背負い、瓦礫の街を歩く。遠くには、美しい山河。地獄は、天国の中にある。  キャンプ地に辿り着くと、世界中から集まった医療スタッフたちが、眩しい笑顔で迎えてくれた。様々な色の肌、瞳、髪。それぞれが皆、美しい。私を「ガイジン」と呼ぶ人は、此処にはいないだろう。手を振って、呟いた。 「ファティマ。指を探しに来たよ」  息を吸い込

モギー虎司と大きな鳥 #春ピリカ応募

 優太は休日、依頼されれば無償で老人ホームなどの施設を訪問している。今日はいつもと違い、母親に頼まれて父親の道具が入った重たい鞄を担いでいるというのに、駅前を見渡すと、鳥の形をした大きなモニュメントがあるきりで、バス停もタクシー乗り場もなく、目的地へは徒歩で行くしかなかった。 「ますます親父が嫌いになるよ」  優太の父親はモギー虎司という手品師だった。  山高帽に燕尾服がトレードマークで人気があった。演芸場の楽屋で出番を控えた落語家に「お前の父ちゃんの芸はいつ見てもおもしれ