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夏ピリカグランプリ入賞作品

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2022年・夏ピリカグランプリ入賞作品マガジンです。
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#創作

太陽と月のエチュード|夏ピリカグランプリ応募作|

『ハルのピアノが大好きよ。私はいつだってあなたの一番のファンなんだから』   鏡の中でハルに顔を寄せ、お母さんは笑った。肩を抱いてくれた手のひらが、じんわりと温かかった。   念願の音楽大学に合格した日、お母さんは飲酒運転の車にはねられて死んだ。 鏡に映った自分の泣き顔を、ハルは力任せに叩き割った。 以来、ハルのピアノから感情が消えた。   音大生となったハルは、機械になったようにピアノを弾いた。無表情で次々と難曲を弾きこなす姿は、他の学生たちを遠ざけた。 試験が迫った日

【掌編小説】化粧#夏ピリカ応募

(読了目安3分/約1,200字+α)  夕暮れの部屋の中、私は母の三面鏡の前に座る。  一度深呼吸をして、鏡をそっと開く。  覗き込んだ3枚の鏡には私の醜い顔が映し出され、さらに合わせ鏡の奥に数えきれない私が映し出される。  思わずぎゅっと目をつぶり、顔を背けた。  私は顔を背けたまま、2枚の鏡を思いっきり開く。そっと瞼を上げると1枚の鏡に、逃げるような姿勢の私が映っていた。  あの顔、ヤバいよね、病気かな、可哀そう、と陰で言われたのは中学の時。高校になってもそば

星とハンス|#夏ピリカグランプリ

ハンスはときどき、夜中に家を抜けて草原に行き、寝っ転がって星をながめるのが好きだった。 両親はハンスが幼い頃に亡くなっていた。祖父母に育てられたが、その祖父母も亡くなって数年経つ。だから、夜中に家を出て、草原で夜明かししても誰にも怒られない。「今日は冷えるな。」と、自分で自分の体のことを注意するくらいだ。 「今夜も星がきれいだ。」 昼間、大工の親方に「お前は何でそんなに不器用なんだ。」と叱られたり、「彼女はまだかい?」とパン屋のおばさんに聞かれたり、ムシャクシャしたこと

アンドロギュノス/夏ピリカ応募

アレンとアデルは双子の兄妹として十五年前、王室で生まれた。ふたりの見た目は瓜二つであった。時を経るにつれ、ますますそっくりに、そして美しく成長した。互いの性の象を除いては。 ふたりはたびたび鏡の前に並んで遊んだ。 「私がお兄さまで、お兄さまが私みたいね」 「裸になればばれるさ」 「ふふ」 世話係が遊び相手を連れてきても、すぐにふたりきりになってしまう。 「ねえお兄さま。ロミオとジュリエットを読んでくださらない?」 アデルが草の庭に寝転びながら、アレンを見上げる。