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【5分ショート】カマキリの庭

Cが思いっきり缶を蹴る。脚力が自慢のCの蹴った缶は、見事に民家の庭へ消えていった。

俺たちは小学校の近くの住宅街で缶蹴りをしている。最近開拓したルートだ。この住宅街は高齢者が亡くなり、空き家になった家が多い。この間も、ニュース番組で空き家問題の顕著な例として取材のテレビとかがが来ていた。


「おいおい、気合い入れすぎだろ」

俺はCに叫びながら、缶の飛んでいった民家へ走る。

「いやーごめんごめん」

謝罪しながら後を追いかけてくるC。すでに到着していたAは民家の前に佇んでいた。

Aのもとへ駆け寄る。Aは小さな声で「すげぇ・・・」としきりに呟いている。

「すげぇ・・・すげぇ・・・! すげぇの見たよ俺!」

「は? 何が?」

「めちゃくちゃでっかいカマキリがいる!! 今、缶どこかなって探してたら、いたんだよ、そこの草のとこ。でっけぇ草が動いてるって思ってよく見たら、めちゃくちゃでっかいカマキリだった! うわー、捕まえてえ!」

Aは興奮を抑えられない様子だった。

「へぇ、どのくらいのでかさなの?」俺が聞く。

「どのくらいだろ・・・俺の指から肘くらいまでって感じだった」

俺もCも流石に驚いたが、そんなサイズのカマキリなんか見たことない。

俺とCは鼻で笑った。

「そんなん、あり得るわけねーだろ。見間違いじゃね?」

「あっ!!! ほら、今動いてる! そこ!!」

思わず俺もCも、Aの指差す先を見た。


確かに、カマキリっぽい形をした何かがいた。

大きさも、Aの言う通り、子供の指先から肘くらいまである。


「うわっ!!」「何あれ! すごくね?」「だから言ったろ? すげぇよな!」

俺たちはどうしても捕まえたくなった。この大きさであれば、学校に持っていけば相当な話題になりそうだ。

「ピンポン押して、捕まえさせてもらおうぜ」

「どうせ缶取りに行かなきゃだもんな」「ピンポン押すよ俺」

その家は、空き家が多い住宅街の中でもまだ人が住んでいる気配のある家だった。

造りは古かったが、庭に止めてある車がまだまだ現役っぽい。空き家になった家にある車ってのは大体、錆っぽかったり蔦だらけだったりするが、ここの車は使われている気配があって、むしろ異様だった。

Aがチャイムを鳴らす。しかし反応はなかった。

「留守かな?」「勝手に入るのはダメだし・・・どうする」

「あっ」Aがまた声をあげる。

「窓のとこ、人が立ってるぞ」

「居留守か」

「インターホン、聞こえないんじゃね? 高齢者なら耳が悪いとか」

「もっとでかい声で呼ぼう」

3人で声を張り上げ、「すいませーん!!!」と叫ぶ。

少しして、2階の窓が開いた。俺たちと同い年くらいの少年が俺たちを見下ろしている。

ヨボヨボの爺さんかなんかが住んでると思っていた俺は少々面食らったが、なおもでかい声で話しかける。

「すみません。缶蹴りで、お宅の庭に缶を飛ばしてしまいました。缶を拾っていいですか」

少年は見下ろしたままの視線を動かさない。

「あと、でかいカマキリも見つけたので採ってもいいですか」

Aがすかさず付け加える。

少年は一向に動かない。じっと俺たちを見下ろしたままだ。

少年の様子が何だか不気味で、俺は気味が悪くなってきた。が、AもCもカマキリで頭がいっぱいのようだ。

「ちょっとお邪魔しますね」なんて言って、ズケズケと庭に侵入している。

「お、おい、返事もらってないけど平気かよ」俺は不安になって確認する。

「平気だろ、見てて何も言ってこないってことは」Aが答える。

俺はオドオドしながら、2人のあとに続いた。缶はCが見つけてポケットにしまう。3人でカマキリを探しつつ、俺はチラチラと少年の様子を伺う。


少年は、相変わらず2階の窓から俺たちを見下ろしたままだ。

俺は何だか違和感を覚えた。おかしい。2階の窓。俺たちくらいの背格好の少年。


あれ?

なんで俺たちくらいの身長なのに、あんな天井近くに顔があるんだ?


その時、「捕まえた!!!」というCの声が庭中に響いた。

俺はハッとして振り返った。AとCが歓声をあげて、捕まえたカマキリを観察している。

カマキリは本当にでかかった。これは確かにちょっとした話題になる。しかし俺の頭の中には、そんなこと一切入ってこなかった。明らかに異常なこの状況。第六感とでも言うべき何かが、警鐘を慣らしている。

もう一度2階の窓に目をやる。少年を観察する。角度を変えて少年の体全体が見える位置に移動する。


あぁ、やっぱり。


少年の足は、宙に浮いている。少年は首を吊っていた。


その時、後頭部に衝撃が走った。俺は声をあげる間もなくその場に倒れる。

その時初めて、俺はこの家が空き家だと気づいた。

家の外壁なんかぼろぼろで、蔦だらけだ。窓から見える室内も、ホラー映画に出てくるような廃墟同然だった。使われている雰囲気があると思ったのは車だけで、それ以外のものは全て澱んだ空気を醸し出している。使われている様子の車があるから、てっきり人のいる家だと油断した。カマキリのことで頭がいっぱいだったのも失敗だった。もっと早く、気づくべきだった。


横たわった視界には、AとCの姿も確認できた。2人とも、俺と同様に殴られたようで、うつ伏せに倒れている。赤黒い血が流れているのが見えた。



---今日のニュースです。空き家が問題視されているXX市の住宅街ですが、この空き家を利用した事件が起きました。犯人の男は違法薬物で動物を異常に成長させ、子供の関心を引き、自宅に誘き寄せ殺害する手口で逮捕されました。現場の家には子供の遺体が首吊り状態でぶら下げられており、非常に残忍な・・・」










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