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【2WAYショート】コイン:裏

※下記のURLより表面をご覧いただいてからだと、より一層お楽しみいただけます。

https://note.com/whitebear_6/n/neae2c5cd4f5b


借金100万円。彼女と2人暮らし。仕事はファミレスのバイト。ちなみに27歳。

「結局は行動がモノを言うんですよ。いくら中身のある言葉を使っても、行動に

移せない人間では何の意味もない」

テレビのコメンテーターが司会者にそう語りかける。

こいつは確か、高卒から努力して実業家に成り上がった努力家で有名だ。

俺とは対照的な奴だな。俺はスマホのバイト検索アプリを指ではじきながら、

毒づく。

俺はもうすぐ彼女と結婚する。デキ婚で。

借金があるのは誰にも言っていない。結婚式代だ。見栄を張って「金はある」と

彼女に言った手前、借金してまで工面したとは誰にも言えなくなってしまった。

最悪、正社員の彼女に頼ればいいや、と心のどこかで思っている自分がいる。

「産婦人科に通うお金、折半だよね?」と彼女が身支度しながら聞いてくる。

「もちろん。俺も一緒に行くよ」と答える。

どうしよう。でも、金を作る方法なんて思いつかない。

バイトの掛け持ちも検討してみてはいるが、何だか億劫だし、新しい人間関係も

面倒だ。俺はスマホのバイト検索アプリを閉じた。ついでに

口喧しいコメンテーターも耳障りなのでテレビを消す。スマホゲームでもやろう。

「準備できたよ、病院行こう」と彼女が声をかけてきた。


病院の帰り、彼女が切り出した。

「あのね・・・実家に帰ろうと思う。結婚式が終わったら」

俺は目の前で手をパン! と鳴らされた小学生みたいに、一瞬固まった。

「えっ? なんで? 急に」

「だって、お金ないでしょ。さっきも、給料が入ったら払うからって

私が建て替えたけど・・・私も、もうそんなに預金ないもん。

結婚式にいっぱい使うし。今のアパート、引き払って実家に帰りたい」

「じゃあ、結婚すんのにバラバラで暮らすってこと?」

彼女は答えずに、俯いていた。それが答えだ。

なんで。俺の借金もバレているのか? 

どちらにせよ彼女の言っていることは正しい。俺は視界がぐるぐるしてきた。

彼女と離れて暮らすのは嫌だ。でも、金は実際にない、どうしようもない。


その時、頭の中で声がした。


”あぁ、もしも、過去に戻ってやり直せるなら。

あの時、無我夢中で掛け持ちでも何でもして、頑張ればよかった。

何で頑張らなかったんだろう。

「今が楽できればいいや」なんて、怠惰な感情に身を任せた結果がこれだ。

なんてバカだったんだろう。先のことに想像力を働かせればよかった。”


なんだ、今のは・・・。俺の声だった・・・。

俺は固まっていたようで、彼女が「大丈夫?」と問いかけていた。

ハッと我に返った俺は、1つの選択をする。

「待ってくれないか。俺、仕事増やすよ」

「え?」彼女はキョトンとした顔で聞き返す。

「ごめん。正直に話すと、結婚式代、借金して用意したんだ。

何とかしなきゃって思ってたけど・・・今までたいした解決策も

取らなくてごめん。このままファミレスバイトしてるだけじゃダメだよな。

仕事、まずは掛け持ちして収入増やす。あと、ファミレスは今後も続けて

正社員採用されないか掛け合ってもらう」

彼女はポカンと口を開けて聞いている。間抜け面が何だか可愛らしかった。


その日のうちにバイトアプリを再起動して、俺は片っ端から面接を受けた。


それから3年ほどは、経済的にも肉体的にも、キツい日々が続いた。

ファミレスバイト以外の時間を掛け持ちのバイトに費やし、できる限り

妻の病院にも付き添った。もちろん、そう多くは付き添えなかったが、

「一緒にいようと努力してくれてるの伝わってくるし、それだけでも嬉しい」

と彼女は笑った。

結婚式も無事に挙げた。ファミレスも、バイトから正社員に無事昇格し、

先日やっと掛け持ちのバイトを辞めることができた。これからは少し

体が楽になるといいが。

ベランダでワインを1杯だけ嗜む。お酒の中でも体にいいと聞いた。

体力が物を言うので、体にも気を遣うようになった。

そういえばあの時・・・彼女が実家に帰ると言ったあの時。

頭の中に響いた”声”は一体、何だったのだろう。

もしかしたら、もう1人の、違う結末をたどった俺だろうか。

いや、テレビの見過ぎか。そんなわけない。

背中から「パパ」と声がかかる。

妻になった彼女が、仕事から帰ってきたようだ。

私も職場復帰する、と彼女は出産後、自分から早々に切り出してくれた。

我が子は俺の腕の中ですやすや眠っている。今日は俺が早番だったので、

保育園に迎えに行った。俺たちは家事も育児も、二人三脚で何とかこなしている。

俺は妻に「おかえり」と優しく微笑んだ。

妻と我が子と仰いだ空には、綺麗な月が浮かんでいた。

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