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【2WAYショート】コイン:表

借金100万円。彼女と2人暮らし。仕事はファミレスのバイト。ちなみに27歳。

「結局は行動がモノを言うんですよ。いくら中身のある言葉を使っても、行動に

移せない人間では何の意味もない」

テレビのコメンテーターが司会者にそう語りかける。

こいつは確か、高卒から努力して実業家に成り上がった努力家で有名だ。

俺とは対照的な奴だな。

「30歳までには家買って、子供も広い家で過ごさせてやりたい」なんて

缶チューハイ片手に語る俺は、もうすぐ彼女と結婚する。デキ婚で。

借金があるのは誰にも言っていない。結婚式代だ。見栄を張って「金はある」と

彼女に言った手前、借金してまで工面したとは誰にも言えなくなってしまった。

最悪、正社員の彼女に頼ればいいや、と心のどこかで思っている自分がいる。


「産婦人科に通うお金、折半だよね?」と彼女が身支度しながら聞いてくる。

「もちろん。俺も一緒に行くよ」と答える。

どうしよう。でも、金を作る方法なんて思いつかない。

何度かバイトの掛け持ちも検討したが、何だか億劫だし、新しい人間関係も

面倒だ。そんなこと言っている場合じゃないけど、でも俺が掛け持ちしなくても

彼女も俺も生まれてくる子供も、野垂れ死ぬことはないだろう。

なんせここは最低限度の生活が保証された日本だ。大丈夫。


そう言い聞かせて、俺はスマホのバイト検索アプリを閉じた。ついでに

口喧しいコメンテーターも耳障りなのでテレビを消す。スマホゲームでもやろう。

「準備できたよ、病院行こう」と彼女が声をかけてきた。


病院の帰り、彼女が切り出した。

「あのね・・・実家に帰ろうと思う。結婚式が終わったら」

俺は目の前で手をパン! と鳴らされた小学生みたいに、一瞬固まった。

「えっ? なんで? 急に」

「だって、お金ないでしょ。さっきも、給料が入ったら払うからって

私が建て替えたけど・・・私も、もうそんなに預金ないもん。

結婚式にいっぱい使うし。今のアパート、引き払って実家に帰りたい」

「じゃあ、結婚すんのにバラバラで暮らすってこと?」

彼女は答えずに、俯いていた。それが答えだ。

なんで。俺の借金もバレているのか? 

どちらにせよ彼女の言っていることは正しい。俺は視界がぐるぐるしてきた。

彼女と離れて暮らすのは嫌だ。でも、金は実際にない、どうしようもない。


ここで、俺が選んだ選択肢は1つ。彼女の言い分を受け入れた。

俺も実家に帰り、彼女も挙式後、すぐ実家に帰り子供を産んだ。

俺は相変わらずバイトで食い繋ぎながら、妻になった彼女と子供に

会いに行っている。しかし向こうの両親も、きっと俺のことを快くは

思っていないだろう。心なしか冷たい態度・・・そりゃそうだ。

俺はこれから、どうなるのだろう。どうすれば良いのだろう。

解決策もわからず、かと言って何もせず、ただ毎日が過ぎていく。


1年ほど経ったある日、妻から離婚届を手渡された。

「産休から復帰したらね、意外なことに、

職場のみんながすごく暖かく迎えてくれて。仕事と育児、今の職場でなら両立の

目処が立ちそうなんだ。職場の理解も得られたし、今後は私たちで育てたいの」

申し訳なさそうに、でも決意のこもった目で俺を真っ直ぐ見つめて言った。

妻の言う「私たち」の中に、俺はいなかった。

妻は悪くない。こんな事態にまで悪化させたのは、他の誰でもない俺だ。

俺は我が子を抱き抱えながら去る妻の後ろ姿を見送りながら、空を仰いだ。


あぁ、もしも、過去に戻ってやり直せるなら。


あの時、無我夢中で掛け持ちでも何でもして、頑張ればよかった。

何で頑張らなかったんだろう。

「今が楽できればいいや」なんて、怠惰な感情に身を任せた結果がこれだ。

なんてバカだったんだろう。先のことに想像力を働かせればよかった。


仰いだ空には、灰色の月が浮かんでいた。

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